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「校則は時代にあわせて変えたっていい」伝統女子校の生徒と先生が1年間話し合い
Yahoo!ニュース 個人
一人じゃないのに「孤独」を感じる理由
「マイナビウーマン」
廣居 朋也株式会社Cogito 代表取締役
今の世の中で大切なキーワードが詰まった記事だと思い、とても共感しました。 まず、この記事のタイトルを見て、咄嗟に頭に浮かんだことは、東京建物のCMで流れる「一人になりたいけど、ひとりぼっちでいたくない」、あのフレーズです。登場人物が一人でコンサートに向かい、おそらく同じような境遇にいる知り合いではない人とアイコンタクトする情景が映し出されるCMです。 今回の記事の中にあることとこのCMが伝えているメタ情報の1つはここにあると思いました。 ”本当の「つながり」は、自分とつながること” まさにこれは今の時代のキーワードだと思います。私は、今回のコロナウィルスがわれわれに問いかけているメッセージはこれだと思っています。コロナ前も「つながり」が社会における大きなキーワードではあったものの、コロナにより強制的に「つながる」ことを物理的に遮断される環境が強いられています。 それにより苦しい立場、状況になっている方々もおられますが、その中で「今、何につながることが大切なのか?」を真剣に皆が向き合っています。 コロナが落ち着いた先に、我々の人としてのアップデートが図られていると信じていますし、この記事にある言葉は、そのために必要なことが散りばめられている、とそう感じました。
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「はんこレス 上司の仕事 吹き飛んだ」 サラリーマン川柳、優秀100句を発表
ITmedia ビジネスオンライン
廣居 朋也株式会社Cogito 代表取締役
毎年、この川柳を楽しみにしています。 「出社日は、次はいつなの?妻の圧」 これには激しく共感いたします。 私もオンラインメインの仕事環境に変わり、自宅で仕事をすることが多くなりました。幸いにも、自宅は家族が共有するスペースとプライベートスペースが分かれているので、私が自宅で仕事をしていても物理的には離れて過ごすことができています。 しかしながら、自宅という共通のスペースにいることには変わりなく、やはり妻や子供達には心理的な圧迫を強いているようで「外に部屋を借りたら?」と妻から提案がありました。これは、冒頭の川柳と同じ情景です。 以前、NewsPicksの動画で「リモートワークに満足している、していない層」をグラフ化した資料を見ました。その中で、圧倒的に不満足、ストレスを抱えているのは「子供いる家庭×物理的スペースが分かれていない」層でした。つまりこれは日本の一般的な家族層(イメージはマンションに住まれる家族層」だと言えます。 どう心理的ストレスを軽減するか、良い意味で、家族の関係性のアップデートが問われている、と私は肯定的に捉えるようにしています。そう考えると、家族と仕事のことや働き方のことをコミュニケーションする良い契機になりました。 ということもあり、川柳にとても共感いたしました。
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「職業」で人の明暗はなぜこんなに分かれるか
東洋経済オンライン
廣居 朋也株式会社Cogito 代表取締役
正直に言えば、こういった「煽るようなタイトル」には怒りを通り越して呆れすら感じてしまいます。もちろん見解は人それぞれですから否定はしませんが。 「職業」で人の明暗が分かれる、と書かれていますが、そもそも「人の明暗」の定義とは何を指しているのか、この筆者に問いたいです。 コピーライターの岩崎俊一氏の言葉に「幸福になること。人は、まちがいなく、その北極星をめざしている。」というものがあります。 本当にその通りだと思っています。この「幸福」の定義は人によりそれぞれ違うし、違って良い。ただし、世の中の一般論で言えば、この「幸福」の尺度が「物理的」なものから「精神的」なものへ移行していると言われています。これも一見解です。 そのように言語化されていないが、この記事にはこの「物理的」な幸福を前提においているような感覚を持ってしまいます。もちろん「物理的」な幸福は否定されるべきことではないし、私もそれを追い求めています。しかしながらそれだけではないということです。 強い表現になってしまいましたが、未来ある若者やこれからを考える方々が、よりしなやかに、軽やかに生きて言えるチャンスが多くある時代に突入した、と私はそう考えています。
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オンライン飲みの悩みの種、「退出」をスマートにする方法
Forbes JAPAN
廣居 朋也株式会社Cogito 代表取締役
オンラインとオフラインの主従関係が逆転する中、色々な意見が出て当然ですし、そういった意見から考えていければ良いのかな、と思い記事を見ました。 まず大前提として、「抜ける」こと自体、周囲の人はそこまで失礼などと考えてはいないと私は思い、以下記しています。 結論としては、ケースバイケースで唯一無二、万能な「スマートな退出法」など存在しないというのが私の意見です。身も蓋もないないかもしれませんが。(但し文末に唯一あるとすればということは記しました。) 私は人、組織を観る仕事をしていますので、何よりこの「飲み会」という場は、その組織の健康度合いを表す1つの指標として捉えています。 その観点から紐解くと、例えば、ある組織では「飲み会」が開催されるとなると、皆その日が来るのを楽しみにしている、つまり「イベント」として肯定的に捉えていました。とある組織では「飲み会」となると「儀式」といった言葉で参加する側がコミュニケーションしていることもありました。この場合は少し否定的な側面が前に出ています。加えて前者のような組織でも場合によって、例えば会の趣旨などによっては途端に「儀式」と化すこともあり「飲み会」というのは、本当にその組織の関係性という名の健康状態が現れる場でした。 こういった前提に立てば、その時々に応じて必要な退出の仕方があり、それを考えざる得ないのは、人との繋がりの中で生きる上である程度は必要なのではないだろうかと、そう思いました。もちろん、めんどくさいと思う自分もいますが。 但し、最低限、これはオンライン、オフラインかかわらずどのような「飲み会」でも共通して言えることは、もし途中退席をするのであれば「できるだけ事前に主催者(飲み会の幹事)には必ず伝えておく」ということなのではないでしょうか。それは幹事への礼儀でもあり、あと実利で言えばきちんと幹事へ伝えておけば、幹事から会に残る参加へ「○○さんは用事があって一足先に退出されたんですよ」といった情報流が生まれることはあります。 いずれにしても、参加される方々にとって楽しい「飲み会」になることが一番大切ですね。
100Picks
【仕事のリアル】データサイエンティストを目指す人に伝えたい「技術力より当事者意識」の大前提
JobPicks(ジョブピックス) | みんなでつくる仕事図鑑
廣居 朋也株式会社Cogito 代表取締役
「データサイエンティスト」という仕事、確かに一時期、色々なところで目にした記憶がありましたが、記事中にある、一次、二次と移り変わりがあったこと、そして私自身にはまったく無い能力を必要とされる仕事であるため、リスペクトの念を抱きながら改めて関心を持って読み進めました。 私自身が関心を持ったワードは「事業インパクトの創出こそ、本質」という点です。確かに企業活動においてはここに収歛されていくのだろうと思い読み進める中、この「事業インパクト」が何を指すのだろう?と思い止まるところがありました。それが、所謂企業が追い求める経営的な数値、端的に言えば「売上」「利益」といったものであるとするならばそこに「セクシー」を感じるのだろうか?という問いがありました。 少し青臭いかもしれませんが、今世の中で起きている大きなパラダイムシフトに対し、一石を投じる、例えば「データで世界で起きている分断に向き合う」といったようなテーマであるならば、これは「セクシー」以外の何者でもないな、と思います。 もちろん「事業継続」の上で必要なインパクトを求めることは不可避であることを大前提に「データが世界をより良くする」日がくることを期待する、そこに「21世紀で最もセクシーな仕事」になることを期待する自分を感じる記事でした。
251Picks
【高原豪久】人間の能力に差はない。誰でも成功できる
NewsPicks編集部
廣居 朋也株式会社Cogito 代表取締役
高原社長のシリーズ記事、いつも楽しみに拝見しています。 今回の記事には、ニューノーマルの時代を生きていくために、会社、組織、働く全ての人々に取って必要な「当たり前」のようで非常に芯をついた示唆が散りばめれていました。その中で特に印象強く感じたことは、 「異能を応援し、鍛え、育てる」 という言葉です。「異能」を高原社長は「杭」というメタファーを使い表現されています。これからは「出る杭」もっと言えば「出過ぎる杭」の芽を潰さず、組織の中に、その人の精神の中に、育てていけるかがニューノーマルの時代を生きる「鍵」となっていくと、私も強く思います。そこで大切になるのは、組織が「アップデート」していくことです。 「組織のアップデート」は、一言で言えば「同調意識からの脱却」です。組織では何か事を成す時に「承認」というプロセスを経ます。そしてそこには、同調、予定調和、忖度など「均衡」させようとする強烈な力学が発生することがあります。私が起業前に勤めていた企業もそうでした。もちろん、その力学が功を奏する場面もあります。しかしそれはオールドノーマル(物質、権威、量的主義)の時代は良いのですが、ニューノーマル(感性、コミュニティ、質主義)においては「新しいものが生み出されにくい」という点で弊害しかありません。 記事中にもあった「OODA-Loop」を組織で展開していく際にも、この組織の「壁」があったのではないでしょうか。この「壁」を同社の組織がどのようにブレイクしていったか、大変興味深いです。いわゆる、組織に深く根付いている価値観に向き合う勇気、努力が非常に重要だと感じました。 もちろん、一人一人「個人」も努力し、自分の個性を信じ、勇気を持って組織に向き合っていくことが必要であることは言うまでもありません。 しかしながら「環境が人を育てる」のは自明の利です。その「環境」を作っているのも「個人(人)」であるのですが、特に組織にいるリーダークラス、直接的に言ってしまえば、私含めた40歳後半以降の年代の方々の意識変容が重要な鍵を握っているとそう思います。もしその年代のリーダーたちがこれからのニューノーマルに必要な組織、個人の変容を阻害するようなことになるのであれば、厳しい言い方をすれば早晩淘汰されていくでしょう。 無論、自分自身、その年代であるため、強い自戒を込めて。
383Picks
「仕事のやる気が出ないとき」ランキング 3位「人間関係」、2位「忙しいとき」、1位は
ITmedia ビジネスオンライン
廣居 朋也株式会社Cogito 代表取締役
「やる気」或いは「モチベーション」という言葉は日頃よく聞く言葉であり、使う時に注意が必要だと常々感じています。 仕事柄、多くのビジネスパーソン、特に若い方々から「やる気が出ない」という悩みを伺うことがあります。 ここからの「やる気」は特に仕事においてと切り分けますが「やる気」はそもそも根源的には誰しもが仕事の場合には「ある」と思います。その「やる気」は内側からワクワクするような「やってみたい」という感覚もあれば、外側から「上司に言われたからやらねば」とか「お客様のために何がなんでも」という迫られるようなものもあります。いずれにしても「ある」と思います。 では「やる気が出ない」と言っている「やる気」、これは何かと言えば「気分」なのではないでしょうか。私は「やる気」と「気分」を分けて考えたほうが良い、と伝えるようにしています。 「気分」は日々、乱高下しますし、ゼロの時もあります。人間ですから仕方がないことです。これを「やる気」と置き換えてしまうと、非常に重要で大切なものが「出ない」「上がらない」という感覚に陥ってしまい、「この仕事でいいのか?」「私はダメなのでは?」といった深いところまで入り込んでしまう、そんな状況を良く目にします。 少し乱暴かもしれませんが「気分」と置き換えた方が、軽やかにしなやかに日々を過ごしていける、そう私は信じています。
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【高原豪久】人は育てられない。育つか育たないかは本人次第
NewsPicks編集部
廣居 朋也株式会社Cogito 代表取締役
このタイトルに、少なからずこの20年、人材育成に身を置いてきた自分の経験から思うことは、 「人は育てられない、ということはない」 ということです。記事を読めば額面通りの言葉ではないことはわかります。 「自ら成長しようと思わない人を育てることはできない」 ということですね。私自身、人は根源的に「自ら成長したい」という欲求があると信じています。その欲求をどのように駆り立てていくかが教育においては大切で、今までの時代はそれを外側から、例えば研修やOJT、あるいは制度を使い触発してきたように思います。 しかしながらこれからの時代は、それでは立ち行かないと思います。外側から物を見る(アプローチする)思考様式或いは価値観では時代に行き詰まり、内側から常に物事をみる時代こそがしなやかさや軽やかさを生んでいきます。「会社が決めたこと、お客様が決めたこと」ではなく「自分はどうしていきたいか」という内側からの想いやエネルギーが自分自身を鼓舞し、そして周囲を巻き込みリードしていく、そんな時代が今です。 例えば、非常に大きな例えになりますが、今のコロナ禍で過ごす我々の日々の生活もそうだと思います。政府や地方自治体の長が方向性を国民に伝えても、最後に自分自身の行動を決めるのは自分自身です。「自分自身がやりたいか、どうか」です。これからは多くのことを「本人次第=自分次第」という感覚で捉え行動していくのだと思います。 ですから「育つか育たないかは本人次第」ということは昔から言われてきた言葉ではありますが、まさに「本人次第」というキーワードに、今それを時代が要請し始めてきていると痛感させられる記事でした。
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【2030年】イーロン・マスクも注目する「教育の最前線」
NewsPicks編集部
廣居 朋也株式会社Cogito 代表取締役
非常に興味深い内容でした。教育格差において「無い」ところへのアプローチとして有意性を感じるとともに、「有る」ところへの示唆に富むものでした。 「無い」ところとは、今回の記事あったようなアフリカの子供たちへのアプローチです。「有る」ところとは既に教育のプラットフォームが確立されている地域、例えば我々が住む日本です。 日本の公の教育環境を見た時、記事中でいうところの「従順な工場労働者」を育てる環境を抜け出ていない、もちろん、教育現場の最善線の方々の日々の努力には最大の敬意を持ってはいますが、環境はそうなっていないと感じます。 また、日本の「教育」において、特に現場では「テクノロジー」に話が及ぶと、一定数「感情」「完成」「人間性」といった「情緒的側面」に光をあて反対意見が生まれることがあります。新旧価値観の入れ替わりというよりは融合が「教育」の世界では待ったなしであると。 私が思うには、学校における「教育」と家における「教育」の役割分担、そして相互のコラボレーションが重要な意味を持つ、特にテクノロジーの進化により、アプローチできることが多様になった今、そこが「未来の教育の最前線」において大切だと思います。「学校」でできることの限界が今、まさに訪れています。教育の基盤は「家庭」です。「教育」を学校に押し付けるのではなく、一人一人が子供の「教育」というものを当事者意識を持って考える時代なのでしょう。
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