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【削除されました】養殖物2021年1月19日(火)
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Sano Wataru精神科往診+起業家 共同代表+ヨロズ相談
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【削除されました】養殖物2021年1月18日(月)
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Sano Wataru精神科往診+起業家 共同代表+ヨロズ相談
こんにちは。 Kitaiさんのお話、子供は家でのやり取りを外に出してしまう鏡・スピーカーのようであり、家庭でお前というやり取りがあると見ることも出来ます(極親しい間柄ではあり得るのであれば、家風によってあり得るのでしょうし、より暴力的な意味合いなのかも知れませんがよく分かりません)。最近だとアニメの影響も侮れません。鬼滅の刃はPGが付いていたと思いますが、小学校・幼稚園でも見ていますし、アニメでは様々な言葉遣いが出てきます。うちの娘はプリキュア観てニャを語尾に付けていたら友達に注意されて凹んでいました。 ここで言いたいのは、背景があるから注意しなくて良いのではなく、背景によって注意の仕方が異なるということです。何れにせよ、然程親しくもない人をお前呼ばわりすることは、意識しておらず意味が分からなくても、相手をどんな気持ちにさせるか?は教えて良いことに思えます。また、その気持ちがKitaiさん個人の気持ちであっても同じことですね。 ただ、その発生した感情に基づいて背景の有り様を狭める、決めつけるのは良手ではないかも知れません。親や家庭がどうであるのか?は、これだけでは判断出来ません。学童期になると、peerの影響も強くなるため、又聞き的影響であるかも含め、目の前に起きた事を教えてからの反応で決まることだと思います。 公立小学校などは、私立に比較して社会的経済的背景が多様です。その事とは関係なく子供は友人関係になるというのも確かですが、だから全てが放任であって良い訳でもないのでしょう。 しかし、目の前で起きた或る出来事に対する感情は、自分自身の直接的不愉快や危惧と同時に、そうした出来事の背景に対する可能性を塗りつぶすバイアスも同時に発生させます。 これを選分けても、お前と呼ばれる事に対して目の前のKitaiさんという大人が個人的に抱いた感情を伝えて見ることは可能です。但し、君の親はそんな乱暴に君に接しているのか?常識としておかしいと言うとしたら、自分の家のカルチャーしか知らない、或いは他の要因からの言葉遣いに対しての見解としては行き過ぎになる気はします。直感が正しいかは、抑制した注意をしてみて起こることで始めて事実になるものなんでしょうね。 また、自分自身のどんな態度が子供を外でどう振る舞わせているか?は、知らされるとすればどう知りたいかと思うと難しいですね。
【削除されました】養殖物2021年1月17日(日)
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Sano Wataru精神科往診+起業家 共同代表+ヨロズ相談
こんにちは。 磯崎智広さんの、 "ひとは現ポジションからしか主張することが出来ないので、それぞれが各ポジションから主張するべきだし、また、それを前提に会話を進めていくべきだということです。" 同感です。 他方で、ポジションの違いという前提を置いて会話することの難しさも感じます。 佐藤茜さんが以前に"想像力には限界があるのではないか?"という率直な感想を書いておられ、その通りだとも思います。 世の中の事を、より体系的にシステム的に学べば、ポジョションの差異を理解出来るのか?これはある種の「啓蒙」の視点でしょうが、頭で理解した事が現実の協働にどの程度影響するのか?は別問題だと言う気がします。 例えば、ユマニチュードは人を人として感じて接することの当然の反応の哲学であって、VRでの体験から想像する、中核症状を巡る脳科学的理解からケアを分析する事とは異なる事でありながら、結局人をケアすることの効果は、繋がりとそこでの協働における実践態度の中にしかありません。 そして、これは精神科医のポジショントークですね。 話は変わり、読書会テーマとなった人新世の資本論を読みました。資本主義の否定のために、労働と生産体制を民主的にコモンにし、しかしテクノロジーや科学技術は否定する必要はない。これも一つの現実逃避に見えます。 生産体制と文化の衰亡の関係は、ハリスの文化唯物論でも語られ、ある体制という暴力装置への抵抗に生産のコモン化の必要を酒井隆史は述べています。 ハリスは生産体制は歴史上、同じ文化の中ではテクノロジー変革によってしか変化していない事を論じ、例えばコモンという新たな文化形成もある既存文化の中で考える限りは自家撞着せざるを得ないという感じがします。その矛盾の解消手段は文化間交通としての情報のグローバリズムですが、それは国家と民主主義(コモン)を重視すればトリレンマとなり、何より大きなエネルギーを要する交流です。 気候正義であれ、物事は何かを目的として固定してしまうと、どうしても強権的で抑圧的になるものですね。 良い一日を。
【削除されました】養殖物2021年1月16日(土)
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Sano Wataru精神科往診+起業家 共同代表+ヨロズ相談
おはようございます。 三島さん、受験生の皆さん共通テスト頑張ってください。 世の中には様々なポジションがあります。 震災のような被害は、被災地域全ての人に目に見える形で表れます。目に見える周りと自分の被害状況は場所に縛られるので良く似ることになります。 他方、コロナの場合は目に見える周囲との被害状況が合致しません。震災においても被害の裏には各ポジションの差異はありますが、一旦の落ち着きまでの期間は限定され、周辺地域資源とは支援と受援の関係になるだけで、対立関係にはなりません。 コロナは長期に亘り、モザイク状に被害がある形になるために、ポジションの差異も入り組んで露わになることになります。 どちらも存在する事情・構造は変わらず、ポジションの差異や格差もあるのに、露わになるから対立するということでしょうか。 見えなければ良いという話でもないですが、どうしようもない部分までが、半端に見えてしまった途端にお互いに何とか出来るとはずという不安の転嫁対象になってしまうのは皮肉な話です。 勿論、短期と中長期、災害の質でそもそも変えるべきものは変わるというのも確かです。しかし、どのように変われるかは既存構造の全てを否定しては副作用が大きいですし、だからと言って変えられる所がない訳でもありません。変えたからと言って、あるポジションからは甚だ不十分な変化でしかない事はあるでしょうし、ではそのポジションが被害の最も大きな当事者になったら柔軟なのか?と言えば大抵は似たり寄ったりでしょう。それくらい世の中は繋がっているだけに均質です。 また、どのポジションにおいても、現実に不満があって、いつでも変えられるはずなのに、属人的な障壁が原因の全てと思っている人もいますし、構造を重く捉え過ぎる人もいます。現実は意外と複雑ですし単純ですが、バイアスが掛からない意見はありません。 その中で、他者の意見やものの見方を情報としてしっかりと検討し、差異からくる感情をコントロールしながら、概ねコモンとなった対策を緩める言い訳に他者を使わない。それは、かなり難しい課題であり、緩む人の背景にある教育や日頃の不満の格差も半端な見えの中では査定しにくいものです。 しんどい日常が続きますし、日常が壊れそうな人もいます。本当に目の前の人に役立つ情報とは何なのだろう?と考えつつ、日々を過ごしたいものです。
コロナ「5類」は「ありえない」 「新型インフルエンザ等感染症」分類検討の理由、厚労省に聞いた
J-CAST ニュース
Sano Wataru精神科往診+起業家 共同代表+ヨロズ相談
まあ、理屈的には純然たる5類にしたら、入院勧告以外にも感染者報告は半端なくバラつくのであり得ないことにはなるんでしょう。国際的には日本の感染状況は何の信頼も置かれなくなりそうです。 しかし、現況検査陽性率からして検査自体が回っておらず、どの道日本の感染数は海外から疑いの眼で見られているとも言えます。 法令が正確に遵守履行される限りにおいて適切である分類ですから、現場が崩壊し始めれば法令は機能していないので変える必要はあります。 しかし、"平時の"どれかに分類し直すのでは後の必要な強制力が効かないからということを厚労省はまわりくどく説明していることになります。しかし、緊急暫定的分類なのであれば直ぐに変えることを前提に検討をすっ飛ばして対処目標を決めてやれ!というのが国民の声であり、どうも論点が履き違えられている気がします。 何もやらずに検討してきて、"今は"新型インフルエンザに近くなった、という言い分に国民は不満なのであり、検討を飛ばしてこの一年に5類扱いが実行されての今、新型インフルエンザなどの実行力を政治行政が責任をもって示さないことが問題なのでしょう。
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脱炭素時代の新燃料 アンモニアの安定確保へUAEと連携
NHKニュース
Sano Wataru精神科往診+起業家 共同代表+ヨロズ相談
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【削除されました】養殖物2021年1月15日(金)
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Sano Wataru精神科往診+起業家 共同代表+ヨロズ相談
おはようございます。 巷で、ポスト鬼滅の刃と言われる呪術廻戦。 ダークファンタジーと括れば似ているのでしょうが、台詞一つとっても国民的アニメになることが想像しにくいですね。 「善人が安らかに 悪人が罰を受け死ぬことが正しいとしても、世の中の多くの人は善人でも悪人でもない」 祖父の「お前は強いから弱いものを守ってやれ」という遺言を守り、人はどの道全て死ぬとしても、どうせ死ぬなら正しい死を迎えてもらいたいという主人公。 その想いは、自分の力を零れ落ちて不条理に呪霊の犠牲になり、善悪の境界を越えてしまう弱いものの前に揺れます。そこに、指導役である呪術師七海の述懐。鬼滅の刃と違い、犠牲者は鬼とそうならなかったものではなく、不条理を前に揺れ動く善人でも悪人でもない人々です。 更に、敵呪霊真人は、人間そのものへの人間の畏れの産物だったりします。そして、真人との闘いのクライマックス、 「もう意味も理由もいらない」「この行いに意味が生まれるのは俺が死んで何百年も経った後なのかもしれない」「きっと俺は大きな、何かの歯車の一つにすぎないんだと思う」「錆び付くまで呪いを殺し続ける」「それがこの戦いの、俺の役割なんだ」 と振り切れる。人類が継いでいく想いが強調される鬼滅に比べ、生存するシステムとしての人類という感じですね。 斉藤環は鬼滅は妹を守るマシーンと化したサイコパス炭治郎と言いますが、身近な繋がり(特に"自分の子供"とその周縁)を守るマシーンという人間観は、実はサイコパス的でも何でもなく、最も感覚的なコモンな目的だと思います。 呪術廻戦のシステムの中での役割論の方が、何処とも繋がらない正しさの無根拠という意味ではサイコパス的ですね。仮に、前者の当たり前の感覚に根差した純粋さが鬼滅を国民的アニメに押し上げたとすれば、呪術廻戦はコアに語り継がれるアニメ側なんだろうなと思います。 ハンター×ハンターキメラアント編が興行収入300億円とかならなさそうだもんな。或いは、もう一つのポスト鬼滅、チェンソーマンはもっと無さそうです。 それでは、皆さま良い一日を。
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