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日本人は「世間の目」を、なぜこんな強烈に怖がるのか?
現代ビジネス[講談社] | 最新記事
大場 紀章エネルギーアナリスト/JDSC フェロー
人間関係が固定化している綴じたコミュニティでは、相手を裏切っても付き合いを続けて行かざるを得ないので、そのままでは裏切りが最適な生き方になる。従って、そのコミュニティで秩序を保つには、裏切りを許さないルールが必要になり、その典型が村八分になる。 逆に、開いたコミュニティでは人間関係が流動的なので、流動的であるがゆえに裏切り行為が発覚すると評判が広まって誰も相手をしてくれなくなるので、最低限のお行儀の良さが最適解になる。都会の方が見かけ上の行儀が良いのはそのためだ。 ただし、普段は信頼されるように振る舞っておいて、いざという時に裏切り、そして別のコミュニティに移転するという流浪の詐欺師のような生き方を防ぐことはできない。 この様に、「世間の目」というコミュニティの自浄作用ツールは、人間関係の流動性やコミュニティの開放性と関係があって、一概にいうことはできない。 カルチャーは歴史的に構築されるが、地理も影響する。 日本は近代までの世界文明の中で、唯一馬車の文化が存在しなかった文明。従って、長距離のまとまった量の人と物の移動に制約があった。 馬車がなかった理由には諸説あるが、山と川が多いこと、川にかける橋が木造だったことで、馬車の往来に橋が耐えきれなかったためだったという説が私には最もしっくり来ている。 その様に、ある程度人と物の動きが寸断されていると、より世間体を重視するカルチャーが育ちやすい。しかし、現代ではかなり人の移動・移住も増えてきたし、東京に住んでいればそんな感覚はなくなって来るので、違和感を感じるということは、むしろ自然な感覚といえるだろう。
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大場 紀章エネルギーアナリスト/JDSC フェロー
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