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【新】旅先で日本人だけが知らない「教養」としての新・宗教戦争
NewsPicks編集部
日高 弘喜鹿児島大学
宗教とはなんのために存在しているのか。 それは人生を幸せに生きるための行動基準や価値観を示すためでないだろうか。生きているうちには、様々な不安、苦労色々な負の感情が生まれるわけで、そんな中で何か考える基準を持たないと生きにくいからその基準として生まれたのが宗教かな? そう過程するのであれば、宗教とは日本で言う「道徳」のようなものと近くて、宗教という言葉の枠を超えた、自分の中の考えそのものになっている可能性が高い。 日本は、道徳という言葉で何かのコミュニティを持つことはないが、例えば「〜高校」みたいなコミュニティの中にある伝統的な考え方が、他の高校とぶつかって学校同士の争いになるみたいな事は見受けられる(ヤンキー漫画かよ)。多分一個人としての価値観だけでは、そう簡単に大きな争いに発展しないが、コミュニティが大きければ大きいほど争いの規模も大きくなるんじゃないかな。日本にはそのような価値観コミュニティが大きく存在していないから、大きな闘争が表面化しにくい。逆に、海外ではそのような闘争が出てくるのではないかと思う。 ただ、私自身には、価値観の違いからテロや殺人にまで及ぶ事がなかなか理解できない。宗教の根本って、人が幸せに生きる事を願っているように思えるから、それが達成出来ていない現状はとても悲しくなってしまう。 だが、日本の日常でさえ、殺人事件は当たり前のように起きている。宗教という大きな枠組みも、1つの価値観を持つ人だと考えてみると、テロが起きてもおかしくはないなぁと思ってしまう部分もある。
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