「アニメ」の定義が変わる? ネット配信による世界的な盛り上がりは何をもたらすか

大手配信サーヴィスを中心に、アニメ分野を強化する動きが世界的に本格化している。いまやアニメは世界共通の文化として受け入れられており、これによって「アニメ」の定義すら変わってしまうかもしれない。
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2000年代の初頭の話だ。当時はアニメ専門チャンネルに「TOONAMI」という日本アニメを中心とした放送枠があり、ずっと『ドラゴンボールZ』をやっていたことがある。このときは毎朝9時から夕方の5時までコーンフレークの入ったボウルを抱えてソファーに転がり、悟空が絶叫しながらレヴェルアップしていく様子を眺めていたものだった。

本編だけでなく、同じくらいの量のCMも観ることになった覚えがある。1話20分の放送の間に5分間のCM枠が少なくとも4回はあり、その大半はペンキの缶でけがをした従業員のための保険詐欺の宣伝だった。

テレビでアニメを観たのはそれが最初で最後になり、以後は違法なネット配信に乗り換えてしまった。画質が悪く、サイトにはポルノの広告が散りばめられていたが、これは違法サイトであるが故の宿命だったのだろう。

いまではアニメを合法に鑑賞する方法は余りあるほど存在する。最近のアニメファンなら、違法サイトで鑑賞するような嘆かわしい経験とは無縁のはずだ。実際にネットフリックスのアニメ部門のチーフプロデューサーである櫻井大樹は、今年は人気ドラマ『ウィッチャー』や『バイオハザード』のアニメ版からオリジナル作品『エデン』まで、40本あまりの作品を投入していくと語っている。『エデン』はロボットの街に生まれた人間の少女を描くSFファンタジーだ。

Netflixのアニメのラインナップには、スタジオジブリのほぼ全作品が揃っている。さらに『カウボーイビバップ』『新世紀エヴァンゲリオン』『鋼の錬金術師 FULLMETAL ALCHEMIST』など、子ども時代に探し求めていたような過去の名作が並ぶ。

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Netflixだけではない。HuluやAmazonプライム・ビデオなどの競合もアニメ分野の強化に動いており、なかでもアニメ配信サーヴィスのFunimationを傘下にもつソニーは、AT&Tからアニメ配信会社の「Crunchyroll(クランチロール)」を12億ドル(約1,297億円)で買収することに合意している。ただし、この取引が独占禁止法に違反しないか、米司法省は調査を進めている。

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日本企業が気づいた重要なこと

こうした競争の激化によって、アニメ業界は大きく変わろうとしている。

もともと歴史的に、日本国外で放送されるアニメ番組はごくわずかだった。ファンは好きな作品が自国でも観られるようになるまで何年も待たなければならなかったし、通信販売でヴィデオを取り寄せたり、アニメイヴェントでテープを交換したりすることもよくあった。『新世紀エヴァンゲリオン』のような人気作品の場合、正規品のDVDに数百ポンド(数万円以上)を払うファンもいたのである。

それに違法コピーだけではない。ファンが勝手に作成した字幕(翻訳の背景などの解説が画面いっぱいに入って肝心の本編映像のじゃまになる)や不正確な吹き替えも普通だった。

特にひどいことで有名なのは、ファンの間では「Big Green」と呼ばれる『ドラゴンボールZ』の吹き替え版だろう。ニューカッスル大学講師の吉岡史朗によると、00年代のはじめに英国に来たばかりのころは、日本のアニメを合法に鑑賞できるのは70年代にテレビで放映していた番組の上映会くらいだったという。

だが、時代は変わった。かつての日本企業は「かなり年配の保守的な男性」が経営権を握っていることも多く、ネットの普及によって現れた新しいチャンスを活用することに積極的ではなかったと、アニメ史を専門とするヘレン・マッカーシーは説明する。

それがいまでは、米国の配信大手などが放送前のアニメを買い付け、違法ダウンロードなどの海賊版に対して先手を打てるようになった。マッカーシーは「海賊版と戦う唯一の方法は正確な翻訳を付けたものを配信することであると、ようやく日本企業も気づきました。そして欧米企業と提携をするようになったのです」と語る。

世界共通の文化が誕生

これは根本的な変化であり、アニメ産業の価値が急速に高まっている理由のひとつでもある。アニメ作品を合法かつ気軽に観られる環境ができて違法ダウンロードが消え、アニメ業界の収益性が高まった。それを受けてプラットフォームが投資を強化する、といった好循環である。

これまでも世界にアニメファンはたくさんいたが、お金を払っている人は少なかった。「アニメ好きな人は世界中にいましたが、誰もが合法ではない手段で作品を楽しんでいました」と、吉岡は指摘する。「ところが、Netflixやクランチロールのような“公認”の配信サーヴィスが出てきたことで、いまではきちんと稼げるようになっています。だからといって過去に需要がなかったわけではありません」

つまり、アニメを簡単に観られるようになったからこそ、人気が高まっている。ゲームと同じで、もはやアニメはニッチなオタク向けの趣味ではない。なにしろ90年代にアニメを観ていた世代は子どもをもつ年になっているのだ。

最近は俳優のマイケル・B・ジョーダンが『NARUTO ーナルトー』をモチーフにしたファッションアイテムを売り出したほか、歌手のメーガン・ザ・スタリオンは雑誌で『ぼくのヒーローアカデミア』の登場人物のコスプレをしている(これに触発されて、作品中にスタリオンのファッションにインスパイアされた服が登場したこともとある)。

こうしてアニメとそこで扱われるテーマ(恋愛、アクション、高校生活、巨大ロボット、食文化など)は、世界中で人気となっている。配信サーヴィスが普及したことで、世界共通の文化が誕生したのだ。

「オンラインでのコミュニケーションが拡大するにつれ、なかでも先進国では10代や20代の若年層が体験するものが均質化されてきています」と、マッカーシーは説明する。「英国や米国、フランス、ロシアのティーンエイジャーは日本の10代の若者たちと同じものを楽しんでいますが、これはごく普通のことなのです」

利益を生むようになったアニメ

ネットフリックスがアニメに注力する理由は極めて単純である。「それが利益を運んでくるからです」と、マッカーシーは言う。「『アニメ』というラベルは『漫画』と同じように人々を引きつけ、巨額の利益を生み出すことができます」

また、『君の名は。』のような作品は中国で数百万ドルもの興行成績を記録している。アニメは中国で市場シェアを拡大する上で重要な鍵になると考えられているのだ。

ネットフリックスの櫻井は、直近の数カ月に限れば2億人に上る世界のNetflix契約者の半分はアニメ作品を観ており、アニメの視聴者数は年間約50%のペースで拡大しているのだと、ブルームバーグの取材に語っている。『ゼウスの血』は米国で制作されたNetflixオリジナルのアニメだが、80カ国で人気作品のベスト10にランクインしているという。

配信プラットフォームが新たな視聴者を獲得しようとするにあたり、アニメには別の魅力もある。漫画やコミックと同じように、アニメには膨大な量のアーカイヴがあり、しかもその多くは複数のメディアにまたがっているのだ。これは人気作品からできるだけ多くの利益を搾り取るための“メディアミックス”の結果で、ひとつのアニメからテレビ番組やゲーム、実写版映画などがつくられるほか、キャラクターグッズなども販売される。

ネットフリックスがもたらす変化

ネット配信の普及は日本にも変化をもたらした。日本ではアニメが非常に人気で、『劇場版 鬼滅の刃 無限列車編』や『君の名は。』といった劇場版アニメは、アニメだけでなく一般作品も含めた映画全体の興行収入を塗り替えている。こうしたなか、配信大手はフジテレビジョンといった日本のテレビ局と競う必要がある。

グラスゴーに拠点を置くアニメ配給会社Anime Limitedの共同創業者で最高経営責任者(CEO)のアンドリュー・パートリッジによると、日本のアニメ業界では伝統的に出資者が「製作委員会」を設立し、この組織が国外でのマーケティングや版権管理も担うという。ところが、ネットフリックスによって状況は変わりつつある。

ネットフリックスは『シドニアの騎士』の配信したときのように世界全体の版権を丸ごと買い取って海外展開を管理したり、特定の層をターゲットにしたアニメを自ら制作したりするようになっている。例えば、『ブーンドックス』のラション・トーマスを起用した『YASUKE -ヤスケ-』は、欧米の視聴者を想定してつくられたNetflixオリジナルだ。

「ネットフリックスはオリジナル作品の制作に意欲的です」と、パートリッジは言う。「日本においても同じことを求めており、それが結果として非常に興味深い結果につながっているのです」

「アニメ」の定義を巡る論争も

日本のアニメは昔から米国のアニメーションよりも制作費が安く、自前で制作すればさらに安く上がる。「日本の作品に翻訳を付けて提供するというコストのかかるやり方をやめればいいのです。英語やフランス語のように世界の多くの地域で通じる言語で、日本語を母語としない世界の視聴者のために同じようなアニメをつくることができます」と、アニメ史家のマッカーシーは語る。

「何よりもいいことに、アニメにはあらゆる人のための作品があります」と、イースト・アングリア大学でアジアのメディア文化を教えるレイナ・デニソンは指摘する。「女性向け、歴史の好きな人向け、子ども向け、ティーンエイジャー向けなど、さまざまなジャンルがあるのです。ただ、これまではそのごく一部しか観ることができませんでした。配信サーヴィスはこれを変えたのです。アニメに対する理解を深める上で非常に役に立ち、素晴らしいことだと思います」

一方でアニメの価値が高まるにつれ、その定義を巡る論争も起きている。「アニメ」は一般的に日本のアニメーションを指す言葉だが、それなら米国で制作された『ゼウスの血』は「アニメ」と呼べるのだろうか?

この点についてマッカーシーは、『ゼウスの血』のような作品は「ラベルとしてのアニメ」であり、本質的にはマーケティングのための戦略にすぎないのだと指摘する。

「“米国製のアニメ”といった言葉を使うのは、お金が目当てのときだけです。買い手にそれが“アニメ”であると思わせないと、高値で売れないと考えているのです」と、マッカーシーは語る。「ネットグリックスがやろうとしていることは“アニメ”なのか、それとも“米国製のアニメ”なのか。それが重要になるでしょうね」