もう何年も続いているインターネット証券会社の株式売買手数料の引き下げ競争が新たな局面を迎えそうだ。

 SBI証券は4月20日から、25歳以下の顧客に対して1日当たりの取引金額にかかわらず国内株式の売買手数料を撤廃した。同社が手数料を変更するのは昨年10月以来だ。これまでは1日の売買代金を対象とするプランで、現物株、制度信用取引、一般信用取引がそれぞれ100万円まで無料だった。

 今後は顧客が25歳以下の場合、国内現物株の手数料を全額キャッシュバックすることで事実上無料にする。手数料が無料となる顧客の対象を段階的に広げる予定で、22年までに手数料の完全無料化を目指す。

(写真:PIXTA)
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 昨年10月にSBIが手数料無料範囲の拡大に踏み切った際は、楽天証券やマネックス証券も手数料について無料範囲を拡大したり、引き下げたりする動きを見せた。今回もSBIの発表後に松井証券と岡三オンライン証券が25歳以下を対象に国内現物株の売買手数料を撤廃することを発表。早くも動きが出始めている。もっとも、手数料無料に伴う収益減を他の事業で補える見込みがないと、競争に参戦しても経営体力を消耗するだけになってしまう。

 すでに手数料無料化で先行している米国オンライン証券では、顧客から手数料を取らない代わりに「ペイメント・フォー・オーダー・フロー(PFOF)」と呼ばれる手法で顧客の注文を超高速取引業者(HFT)に回し、リベートを受け取っている。日本のネット証券にはこうした代替収入源がない。「米国とはビジネスモデルが違うだけに、簡単に手数料は無料にならない」(ネット証券幹部)と、手数料無料化の実現性を疑う声も強い。

 だが、SBIは手数料無料化に向けて着々と準備を進めてきた。SBIグループの21年1月の第3四半期決算説明会では、SBI証券の営業収益(売上高)の17.7%を占める国内株式委託手数料の割合を5%以下にする方針を示している。足元の17.7%という値が他のオンライン証券の20~40%と比べてすでに低いことからも分かるように、同社は株式の売買手数料に依存しないビジネスモデルを早くから模索していた。

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地銀との連携でストック収入増やす

 手数料収入に頼らないためには、自己資金を使ったトレーディングによる収益や、信用取引を行う投資家に貸し付ける金銭や株券に対する金利収入を増やしていく必要がある。またSBI証券の場合、近年IPOを中心とした引受業務にも注力しているため、引き受けに応じた収入も期待できる。だがこれらの収益は相場環境に左右されやすい上、伸びしろが限られている。信用取引を頻繁にするアクティブトレーダーが今後大きく増える可能性はあまり考えられないだろう。

 今後意識していかなければならないのが、顧客の預かり資産に応じて徴収する信託報酬等のストック収入を増やすことだ。一定の預かり資産があれば、株式売買手数料のように相場環境に振り回されることなく、継続的な収入が確保できる。とりわけ証券各社が投資信託残高を伸ばすことに注力しているのはこうした理由からだ。

 SBI証券等の2020年末の預かり資産残高は約17.6兆円。ネット証券2位の楽天証券の約10兆円を大きく引き離している。SBIは預かり資産をさらに積み上げるための方策もある。SBIが推進する「第4のメガバンク構想」では、島根銀行や福島銀行、筑邦銀行、清水銀行などの地方銀行に出資し、資産運用分野での提携が進んでいる。こうした提携先の資産を取り込むことができれば、規模はさらに拡大する。

 「株式市場が活況なうちに顧客を囲い込んでおきたいとする思惑があるのでは」。SBIの無料化宣言に対し、ある証券関係者はこうつぶやく。料金以外でのサービスの差別化が難しいネット証券では、より手数料が安い方に顧客が流れやすい。SBIが周到な準備のもとに実現しようとしている手数料無料化で「優勝劣敗」がさらに鮮明になれば、業界再編につながる可能性もあるだけに、他社は危機感を募らせている。

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