本稿という貴重な機会を頂くにあたり、多くの会社がまだ上手く取り入れられていない、ビジネスを伸ばす『新兵器』の存在、そしてその威力と可能性について、皆様の理解が深まることを願って書かせていただきたい。

 かつての戦国時代、1543年の種子島にポルトガルから伝わった鉄砲は、その新兵器としての価値をいち早く理解して取り込んだ勢力と、従来の考え方や戦法にこだわってしまった守旧勢力との命運を残酷に分けてしまった。そしてその差は時間と共に大きくなり、ついには天下をも左右する決定的な格差となった。高価で調達数が限られること、天候によって信頼性が変わること、運用ノウハウがよくわからないこと、これまでの成功体験を伴った従来のやり方への組織内の強いこだわり…。“新兵器”を取り入れない理由には、当時から事欠かなかったはずだ。そう、いつの時代でも新しいことを“やらない理由”は、誰もが簡単に挙げられるのだ。

 しかし、同じ時代に鉄砲の拡充に必死に取り組む決断ができた組織もあった。現状維持バイアスの重力圏を振り切って、より強くなるために進化することを選択できたのである。新兵器の「本質的価値(弓矢とは隔世的な遠距離と威力で敵を斃せる)」を理解し、今やらない理由を挙げることよりも、自分たちがもっと強くなるためにこの新兵器を「どうすれば活かせるか?」と、創意工夫することに主眼を置いた。

 いつの時代も変わらないが、未知のノウハウに絶えずアンテナを張って貪欲に取り入れる『進取の精神』が、次代に生き残るための組織の必須条件の1つであり、内部に必ずいる反対勢力を押し切って組織を進化させる決断ができることは、“大将”としての極めて重要な素養といえるだろう。そして私は、現代の企業競争において刮目(かつもく)すべき新兵器こそが、“本物の”マーケティングだと確信している。

 “本物の”マーケティングと私が申し上げているのは、広告宣伝活動をどうやるかという1部署のテクニックの話でも、1人のマーケターを雇えば解決するような個人技レベルの話でもない。それら”狭義の“マーケティングではなく、どうすれば社員一人一人が「ブランド」の完成形を意識して、個人や部門などの部分最適を超越した全社連動によってより大きな価値を生み出すのか?という、企業全体の能力の話だ。マーケティングは、マーケティング部だけでやるものでも、できるものでもない。マーケティング部だけがマーケティングをやっている会社は、実は脆弱である。

 今、多くの会社が、『本物のマーケティング』ができておらず、全社連動できずに本来の力を発揮できていない。運動会の綱引きで、個々人がどれだけ一生懸命に綱を引いても、自分の手元ばかり見つめてバラバラに引いていては勝てないのと同じだ。部分最適を考える人ばかりが1000人いても、全体最適を考える人の割合が少なければ戦いには勝てない。本物のマーケティングとは、その1000人全員に全体最適である1つのブランドの完成形を意識させて、全社の全集中によって成果を導くためのノウハウとも言える。

 ではその、会社として川上から川下まで連動して「組織的に機能するマーケティング」とは何なのか?さらにその核心にある『ブランドの設計』とは何なのか?本稿ではその辺りから始めて、企業や社会が抱えるどのような課題をマーケティングで解決できるのか?私自身の考える日本社会によくみられる喫緊のビジネス課題を挙げながら、私なりの視点を提供させて頂きたい。5回に分けて連載させて頂くので、最後までお付き合いいただければありがたい。

 本稿にふれたことで、読者の皆様が直面している多くの課題に通底する解決策として、何らかの気づきが生まれることを願っている。本物のマーケティングが1人でも多くの人、1つでも多くの企業に浸透することが、今後の日本経済の興隆に間違いなく寄与すると私は確信している。

新兵器で武装せよ

 私は、ユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ)での経営再建の使命を果たした6年間を含んで、戦略家・マーケターとしてのキャリアを20年以上続けた後、「マーケティングとエンターテイメントで日本を元気にする!」という創業理念を掲げる株式会社刀(かたな)を2017年に起業し、48歳となった現在もその代表をしている。信頼する50有余名の仲間たちと、この日本社会にマーケティングという強力な武器を広める挑戦を続けている。

 刀のメンバーは実務者の集まりで、自分をコンサルタントだと思って仕事をしていない。実績抜群のマーケティング実務経験者を主力に集めた我々は、理論だけでなく現場のエクセキューションに泥臭くこだわり、結果を出すことに徹底的にこだわる。したがって、多くの戦略コンサルとは違って、刀は戦略部分だけを売るということはしない。刀は、“戦略部分”と“実行部分”の両方をセットで、一緒に汗をかかせて頂く。

 なぜならば、外部に戦略を求める状況下にある企業は、その新たな戦略を実行するためのノウハウや組織能力も不足していることがほとんどだからだ。一見すると「売りやすくて、買いやすい」戦略部分ではあるが、コンサルがそれだけを売っても、相手先企業がそれを実行することが難しく結局は結果が出せなければ意味がない。戦略は、立てることよりも実行することの方がずっと難しいのだ。

(写真:菅野 勝男)
(写真:菅野 勝男)

 さらに、もう1つ理由がある。実行するフェイズも密に一緒にやることによって、マーケティングのノウハウを座学と実戦を通じて、相手企業に移管することが初めて可能になるからだ。理論を頭に入れるだけではノウハウの継承は難しい。同じ課題に対して机を並べて一緒に考えながら取り組むことで、初めて相手先企業の人々に刀のマーケティングを使えるようになってもらえる。魚が欲しいときに、魚を持ってくるだけでは不十分だ。魚だけでなく、釣竿(ツール)と釣り方(ノウハウ)も渡して、自分で欲しい魚を釣れるようにしてこそ一流だと我々は考えている。

 そうやって、数年の間に相手先企業にマーケティングのノウハウを移管することで、日本に1つでも多くのマーケティングができる会社を増やすことが我々の使命である。

 結果にこだわってきた刀は、創業からわずか数年の間にも、公表している実績だけでも幾つもの顕著な結果をおかげさまで一貫して出せたことで、マーケティングという武器の威力を世の中に示すことができた。今まで我々が関わって世に出したプロジェクトで、顕著な結果を残せなかったものは1つもないことは、我々の中にある小さな誇りだ。我々と課題と成長のチャンスを共有してくださり、さまざまなチャレンジを一緒に乗り越えてくださった協業各社に深い感謝の意を表したい。

 最近の事例をいくつか紹介すると、マーケティングの導入が遅れていると指摘されてきた金融業界においても、農林中金グループのファンドマネージャー・奥野一成氏が率いる消費者向け投資信託『おおぶね』と協業し、わずか2年足らずでファンドを8倍まで伸ばし、金融商品においても消費者マーケティングの抜群の有効性を証明することができた。また、破綻した集客施設の事業再生プロジェクト、大自然の冒険テーマパーク『ネスタリゾート神戸』(兵庫県三木市:旧グリーンピア三木)の協業においては、コロナ禍による2020年春の緊急事態宣言で売上が蒸発した劣勢をも跳ね返し、最新鋭のマーケティングを駆使した新エリアを夏からオープンした反転攻勢によって、9月~12月を売上昨年対比1.7倍という驚異的な実績を上げることができた。

 このように、『本物のマーケティング』とは、消費者(顧客)の購買行動を決定的に変える力を持つ。それはプロクター・アンド・ギャンブル(P&G)時代での実績、一度は実質的に倒産したUSJの経営再建、そして刀によるいくつもの一貫した協業の実績を通じて、私自身で何度も実感してきた壮絶な威力をもつ。新たな成長を希求する企業のために、“本物のマーケティング”を新兵器として認識し、それを貪欲に外部から吸収する待ったなしの飢餓感に目覚め、新兵器導入の決断ができるリーダーが1人でも増えること、そして行動する企業が1つでも増えていくことを、漂流し続ける日本経済を再び興隆させるために私は願ってやまない。

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