前回の記事で述べたように、持ち家か賃貸かという議論は、世の中の人々の大多数が年齢を重ねるに従って持ち家を選んでいることから、結論は出ている。持ち家とは、自分自身を顧客にした極めて確実性の高い賃貸事業といってもよい。しかし実際には、40~50歳代で見た持ち家率はここ20年間で7.3~9ポイント低下している。今回はその背景を考えてみたい。

(写真:PIXTA)
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 2018年の住宅・土地統計調査(以下「住調」という)によれば、持ち家率は全年齢対象で61%。20歳代:6.4%、30歳代:35.7%、40歳代:57.6%、50歳代:67.6%、60歳以上:79.8%となっており、年齢の上昇とともに持ち家率は上がっていく。ただし年齢による持ち家率の上昇幅は、20年前よりも緩やかになっている。また、40歳代に限れば持ち家率は1998年の66.6%から2018年には57.6%と9ポイント低下し、50歳代では同様に74.9%から67.6%と7.3ポイントも低下しているのだ。ここまでは前回の記事で紹介した。

 なぜ持ち家が有利であるにもかかわらず、選ばれなくなっているのか。一つ考えられるのは、「家を買えない人々が増えているのではないか」ということだ。進学や就職といった機会に一人暮らしを始める場合は、ほとんどの場合、賃貸住宅で新しい生活が始まる。その後、結婚や子どもの誕生をきっかけに住宅を購入する人が多い。しかし、どんなに持ち家のほうが経済的に有利で、老後の安心感をもたらすとしても、住宅購入の頭金を用意するだけの経済的余裕がない、住宅ローンの審査を通過できないなどの理由を抱えていることもある。

 老後の生活水準を判断することができる指標として生活保護受給の状況を見ると、高齢賃貸住宅居住世帯の受給率が非常に高くなっていることが分かる。厚生労働省の被保護者調査によれば、20年11月時点で被保護実人員は約205万人、被保護世帯数は約164万世帯となっている。08年のリーマン・ショックの時は生活保護受給世帯が急増したが、現在のコロナ禍では、雇用調整助成金や生活福祉資金の特例貸し付け、従前からの住宅確保給付金などといった政策対応により、最初の緊急事態宣言が出された20年4月よりも人員数は微減、世帯数は微増にとどまっている。

 生活保護受給世帯のうち65歳以上の世帯が約90万世帯と半数弱を占めているが、18年住調によれば65歳以上の高齢者世帯は約1300万世帯で持ち家率は約77%であり、賃貸に住む高齢者世帯数は約300万世帯である。持ち家世帯は原則として生活保護受給の対象とならないことから、賃貸住宅に住む高齢者世帯の実に約3割が生活保護を受給していることになる。

 そして、現状の国民年金制度は事実上、一生現役の自営業か持ち家を前提としていることや、インフレになれば持ち家の資産価値上昇と住宅ローン負担の実質的な減少が同時に起きる一方で、年金はマクロ経済スライドによって実質的な減額が起きることにも留意しておく必要がある。

未婚率の上昇で、持ち家を買うきっかけを失う?

 未婚率の上昇と持ち家率の低下の相関関係も指摘できよう。国立社会保障・人口問題研究所の人口統計資料によれば、1995年の生涯未婚率(50歳時の未婚割合)は男性:8.99%、女性:5.1%だったが、2015年には男性:23.37%(プラス14.38ポイント)、女性:14.06%(プラス8.96ポイント)と大きく上昇している。もちろん、未婚者であっても住宅を購入する人はいるだろうが、結婚や子どもの誕生という住宅を購入するきっかけがない人が増えていることが、持ち家率の低下に影響していると容易に想像できる。

 筆者も関与した一般社団法人不動産流通経営協会の「『ひとり住まい』の持ち家ニーズ調査(首都圏・関西圏・中部圏)」の結果を見ると、住宅購入検討理由の1位は「家賃がもったいない:40.8%」、2位は「老後の安心のため:34.2%」(いずれも複数回答)となっている。日本人の平均寿命が延び続けていることも背景にあるだろう。例えば男性35歳、女性30歳の夫婦が家を購入した場合、35年ローンの終了時には男性は70歳、女性は65歳になっている。65歳からの女性の平均余命は現時点でも約24年あり、これからさらに延び続けるだろう。世の中の多くの人は持ち家を選び、無事完済して老後を迎え、長い老後を自分の家という大きな安心感とともに暮らす、という選択をしているわけだが、生涯を単身で暮らすとしたら、異なる選択が生まれるのかもしれない。

積極的に賃貸を選ぶ理由はあるのか

 話を逆から見て、「積極的に賃貸を選ぶ人が増えているから、持ち家率が低下している」という仮説を立ててみよう。

 経済合理性では持ち家が勝るものの、「賃貸で暮らすことが人生の自由度を高める」といった主張も確かに見られる。しかしそれは、賃貸住宅市場の限られた側面しか見ていないように私は思う。

 賃貸住宅市場は大きく分類すると、一般賃貸住宅市場、公的賃貸住宅市場、そして高級賃貸住宅市場の3つに分かれる。「賃貸で暮らすことが人生の自由度を高める」といった意見を述べる人でよく見かけるのは、講演を行っている人や、メディアの取材をよく受けるような人、テレビに出るような大学教員であり、家賃を経費で落としていることも多いと思われる。そして、社会に意見を発信できる社会的地位を持つ人々が住む賃貸住宅は、高級賃貸住宅市場に属する物件である可能性が高く、場合によっては賃貸で暮らしつつ、別に持ち家もあるケースや、そもそも持ち家に住んでいるケースもあるようだ。

 筆者の論文「富裕層および団地の集積が家賃に与える影響」では、全国主要都市の平均家賃を集計している。東京23区では平均家賃は約9.7万円、標準偏差は約3.5万円となっている。統計分析では、平均に標準偏差の2倍を加えると偏差値70相当となり、上位約2.2%に属する。東京23区の場合、その家賃は16.7万円となる。十分な収入と資産があれば、20万円程度の家賃は自由の対価として容認できる人たちがいるかもしれない。しかし、社会全体の感覚からは大きく乖離(かいり)している可能性が高い。

 多くの普通の人々にとっては、首都圏でもファミリータイプで15万円くらいが許容できる上限であり、地方では10万円の家賃を高いと感じる人も多い。そうした人々を対象としているのが一般賃貸住宅市場であり、年齢が上昇するに従って持ち家率が高まることから、その多くは単身者向けとなっている。この市場は、若年層の実家世帯からの独立に対応し、持ち家までをつなぐのが主な役割であり、社会の流動性を支える基盤として重要な機能を担ってきた。ただ、中山間地域や人口が大きく減少している地域では、こうした一般賃貸住宅市場そのものが消滅しつつある場合も多いことを指摘しておきたい。

 高級賃貸住宅市場、一般賃貸住宅市場とは異なるポジションにあるのが、公営住宅や独立行政法人都市再生機構(UR都市機構)が中心になる公的賃貸住宅市場で、民間とは別の入居審査基準になっている。その意味では旧雇用促進住宅といった一部の民間賃貸住宅もこの市場に属している。新築着工件数が減少し、賃貸住宅の老朽化が進みつつある現在では、このセグメントの市場が、持ち家率の低下や賃貸住宅に住む高齢者世帯の増加もあって構造的に拡大していくことになるのだろう。

 このように見ていくと、世帯数がまだ増加しているなか持ち家率が低下していることで、実は相対的には賃貸住宅市場が拡大し、社会的な役割が増大しているとも言えるのである。

 ただ、持ち家か賃貸かという住まいの選択は、経済面では重要な選択ではあるものの、人生を大きく左右させるほどの事象ではないことも筆者の研究から見えてきている。18年の論文「住まいが主観的幸福度に与える影響」では、建物への満足度は持ち家のほうが賃貸よりも高くなっているが、主観的幸福度に対する持ち家か賃貸かの影響はほぼなく、幸福度には個人の性格や家族関係、住む場所といったことの影響が大きいことが分かった。

 そして、「賃貸で暮らすことが人生の自由度を高め、幸福度が高まる」という分析結果は得られなかった。だとすれば、やはり買えるのであれば家を持つほうが、長い人生を考えるとリスクは小さいだろう。

参考文献
宗健・新井優太(2018)「住まいが主観的幸福度に与える影響」都市住宅学会2018年学術講演
宗健・新井優太(2018)「富裕層および団地の集積が家賃に与える影響」都市住宅学会2018年学術講演会
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