<span class="fontBold">西村誠司(にしむら・せいじ)</span><br />1970年愛知県生まれ。名古屋市立大学卒業。93年アンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)入社。95年インターコミュニケーションズ(現エクスコムグローバル)を設立、社長に就任。97年海外用レンタル携帯電話事業をスタート。その後の成長の足がかりに。2012年海外用WiFiレンタルサービス「イモトのWiFi」ブランドの提供を始める。19年メディカル事業をスタート、「にしたんクリニック」の立ち上げを支援。20年にはわずか数カ月でPCR検査サービスを実現。従業員313人(20年12月末現在)(写真/鈴木愛子)
西村誠司(にしむら・せいじ)
1970年愛知県生まれ。名古屋市立大学卒業。93年アンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)入社。95年インターコミュニケーションズ(現エクスコムグローバル)を設立、社長に就任。97年海外用レンタル携帯電話事業をスタート。その後の成長の足がかりに。2012年海外用WiFiレンタルサービス「イモトのWiFi」ブランドの提供を始める。19年メディカル事業をスタート、「にしたんクリニック」の立ち上げを支援。20年にはわずか数カ月でPCR検査サービスを実現。従業員313人(20年12月末現在)(写真/鈴木愛子)

Q. コロナ禍で、海外用WiFiレンタル事業は売り上げ98%減。存亡の危機をいかに乗り越えたか。

A. ハードルの高さを承知で、PCR検査事業に挑んだ

<span class="fontBold">「イモトのWiFi」という大胆なネーミングで認知度が向上、飛躍を果たす</span>
「イモトのWiFi」という大胆なネーミングで認知度が向上、飛躍を果たす

 エクスコムグローバルは、海外用WiFiルーターなどのレンタルサービスを手がけています。ポケットサイズのWiFiルーターがあれば、海外でも簡単にスマートフォンやパソコンがインターネットにつながります。

 空港内に設置した専用のサービスカウンターで借りられますし、事前に申し込めば自宅に宅配もできます。2019年8月期の売上高は87億円で、年間利用者数は100万人以上。近年の業績は絶好調でした。

売り上げ98%減に震えた

 しかし、新型コロナウイルスが猛威を振るい始めたことで、20年3月の売り上げは前年同月比で半減、海外渡航がほぼゼロになった4月の緊急事態宣言以後に至っては98%減まで落ち込みました。当社顧客の大半が海外渡航者ですから当然の成り行きとはいえ、恐怖で体が震えました。

 日ごろから業績をこまめに報告するなど、銀行と良好な関係を築いていたおかげで、4月に30億円を調達できました。ただ依然として大出血は続き、一息つくこともできません。

 緊急事態宣言中の一斉休校の際、各地自治体の教育委員会などから「家庭にWiFi環境のない生徒への貸し出し用に」と、WiFiルーターのレンタル需要が一時的に高まりましたが、学校の再開と共に動きも止まりました。

「梅雨明けして夏が来ればコロナも沈静化して、お客様が戻ってくるのでは」という淡い期待も第2波の到来で吹っ飛びました。このとき、もはやWiFi事業の回復を指をくわえて待っている場合ではないと分かったのです。

 今の事業の延長線上ではないことに舵を切らなければ埒が明かない。WiFi事業にとってコロナが向かい風なら、逆に追い風になること、社会に役立つことをやろうと考えました。そのとき頭に浮かんだのがPCR検査でした。

 きっかけは、知り合いの経営者数人から「社員にPCR検査を受けさせたいが、どこか病院を知らないか」と聞かれたこと。たまたま19年から、全く畑違いではあるものの、「規制産業にこそチャンスがある」と考え、東京都内にある美容中心の「にしたんクリニック」の運営に関わっていたのです。

 とはいえ、PCRの検査機器をそろえるだけで1億円近くかかります。多額の資金を投じたところでうまくいく保証はない。それでも海外渡航者数がいつ戻るかも分からない状況では、リスクを取るしかないと覚悟を決めました。

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必死に難題をクリア

<span class="fontBold">PCR検査の広告には、タレントの照英さんを起用</span>
PCR検査の広告には、タレントの照英さんを起用

 事業を思いついたのが7月20日、PCR検査サービスを始めたのは8月24日です。この1カ月間は毎日のように、新しい壁が目の前に立ちはだかりました。

 まず検査センターを置く場所を確保できない。どこも物件を貸してくれないのです。PCR検査機器も手に入らない。検査をする人もいない。ないない尽くしです。

 正直に言って、正攻法では超えられないことも多かった。例えば、検査機器の納品は、当初4カ月後だと言われました。「前金かつ現金で支払う」といった条件を出して、やっとの思いで入手したのです。

 保健所や医師会との対立もありました。検査を実施するには管轄の保健所に申請し、登録をしなければならないのですが、通してもらえない。

 自分たちの仕事が増えるのが嫌だったのかもしれません。求められた対応はすべて完了したはずなのに、「この資料を出せ」「あれを用意しろ」と、私たちからすると恣意的に思える妨害をされました。

 医師会からは保健所に「どうしてあのクリニックにPCR検査をやらせるのか」と多数のクレームが入ったといいます。

 現在、数カ所ある検査センターには臨床検査技師が常駐しています。彼らをサポートする検査スタッフとして働くのは全員、WiFiレンタル事業にいたプロパーの社員です。検査をするのは「臨床検査技師でなければならない」という法律はないからです。

 もちろん社員に無理強いはしていません。実際、最初は誰も手を挙げませんでした。みんな怖いから、やりたくないのです。しかし、数週間後「やります」という社員が1人現れると、次第に続く人が増えていきました。

 必死で駆けずり回る私の姿に、ほだされてくれたのかもしれません。検査スタッフ確保の問題はこうして解消されました。

 にしたんクリニックのPCR検査は来院の必要がなく、自宅で唾液を採取して送る仕組みです。いわば扱うものがWiFiルーターから検体に変わっただけなので、WiFiレンタル事業のコールセンターも物流も、PCR検査サービスに転用しています。

 これ以外にもたくさんのハードルがあるので、誰もがおいそれとはPCR検査に手を出さなかったのでしょう。

動かないと始まらない

 PCR検査サービスが軌道に乗ってきたのは11月の頭ぐらい、第3波が訪れた頃です。今年1月27日時点で累計検査件数は50万件を超え、今では毎日1億円ほどの売り上げになっています。

 ただ、PCR検査サービスはピークを越えたと思っています。この事業が廃れても、WiFi事業が再浮上するでしょうし、既に新事業の準備にも入っています。

 最悪の状態からここまで回復できたのは、人のせいにせず、自分を信じてリスクを取ったからだと思います。今はどんな壁でも超えられる自信がつきました。

最悪の状況から1年足らずでV字回復
WiFi事業大打撃からPCR検査事業立ち上げまで
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(この記事は、「日経トップリーダー」2021年3月号の記事を基に構成しました)

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