2021年4月中には、全長約15mのこの自律航行は人間によるデジタル制御を脱し、水平線をレーダーで解析して、大西洋を横断するために西へ針路を取るだろう。1620年に大西洋を横断した初代メイフラワー号と違い、この「メイフラワー自律航行船」は、人間の船長の指揮を受けない。IBMのプログラマーが制作した「AI船長」に従うのだ。

メイフラワー自律航行船では、搭載された30のセンサーと6つのカメラから送られてきたデータをコンピューターシステムが解析する。そしてそれをもとにを航行し、(ほかの船舶と遭遇した場合などの行動を定めた)海上法に従い、エンジンや舵などの電気システムや機械システムを制御する。

問題が発生しても、船上は無人だが、英国にいる人間のオペレーターには、毎日報告が送信される。いまのところ、メイフラワー号はプリマス港周辺で遠隔操作されているにすぎない。4月までにこれを完全に自動運航する船舶に改造するのは、IBM UK & Irelandの最高技術責任者アンディ・スタンフォード=クラークにとって大きな挑戦だ。スタンフォード=クラークのチームはこの数年間AI船長を開発し、船、ブイ、そして崖や氷山などの自然物の100万点以上の画像を学習させてきた。航行に関する決定を下すアルゴリズムには、不確定要素も含まれるだろう、と彼は言う。

「予想外の行動パターンが現れるかどうか、わたしたちにもわかりません。これは科学実験なのです」と彼は話している。

相いれない要請が発生するケースも

スタンフォード=クラークは別に、船が制御を振り切って勝手にリオデジャネイロを目指すだろうと考えているわけではない。しかしもっと人間のように、あるいは少なくとも海洋生物学者のように振舞い始める可能性はある。

実際、メイフラワー自律航行船とそのシリコン製船長は、海洋のプランクトンとマイクロプラスティックのサンプルを採取することを予定している。これはプロジェクトのスポンサーのひとつであるプロメア(ProMare)のために実施する科学ミッションの一環なのだ。

米国に拠点を置く海洋調査NPOのプロメアは、IBMや英国の海洋技術のスタートアップ企業Marine AIと共に、150万ドル(約1億5600万円)規模のこのプロジェクトを主導している。そしてスタンフォード=クラークは、一連のコマンドをつくり、それぞれの実験を実行するソフトウェアがAI船長に船を迂回させるよう要求し、実験に求められることに対処できるようにしている。

「ふたつの実験が、互いに相いれない要請を送ってきたというような、興味深いケースを想像してみてください」と彼は言う。「どちらの実験のほうがある意味、より『重要』で優先されるか、競い合いが発生するかもしれませんね」

これこそが、スタンフォード=クラークが期待している予想外の行動パターンだ。メイフラワー自律航行船は現在、AI船長を船体、つまり軽量アルミニウムと複合材料でつくられた、波を切って走る三つ叉鉾のような形の三胴船(トライマラン)に装備するための実証実験を海上でおこなっている。

中央の船体には船のAI中枢(データ処理や意思決定に広帯域のネットワーク接続を必要としないエヌビディア(NVIDIA)製の複数の「Jetson AGコンピューター」)、重さ約680kgの実験装置を収納する貨物室、そしてエンジンやほかの電気システムの動力源であるリン酸鉄リチウムイオン電池を充電できる、甲板のソーラーパネルが装備される。

太陽が照らないときのバックアップ用として、ディーゼルエンジンも搭載されている。すべて順調にいけば、メイフラワー自律航行船は2021年初頭にアイルランドのダブリンからオランダのロッテルダムへテスト航行をおこない、それから2021年4月に大西洋横断に乗り出す予定だ。

いかに少人数で世界中に運搬するか

この自律航行船に乗客や貨物は積み込まれないものの、現在実験中の人工知能(AI)や高度な自律性は、すでに少しずつ商業船に取り入れられている。バルト海からシンガポールに至る各地の船会社は、ブリッジの人間を完全に機械に置き換えるか、あるいは船上に残したとしても彼/彼女らが航行しやすいように、AIを基盤とした新しい航行システムを採用している。