70歳まで雇用を延長する努力義務が今年4月から企業に課せられる。国は社会保障制度を維持する観点から「人生100年時代」をうたうが、一方で、働く意欲をそぎかねない制度も残されている。前回までは主に企業の取り組みから雇用延長の課題を論じてきたが、今回は「働くと年金が減りかねない」という制度上の課題を整理する。

定年退職後に働くと年金が減る?(写真:PIXTA)
定年退職後に働くと年金が減る?(写真:PIXTA)

 労働力不足を解消すると同時に、社会保障の支え手を増やす。そんな一挙両得の解決策とばかりに、政府は「人生100年時代」をうたって、高齢者の就労促進の旗を振る。しかし、一方では働く意欲をそぐような制度がいまだに残されている。

 その代表例が一定以上の収入がある高齢者の厚生年金の一部、または全部の支給を停止する「在職老齢年金」だ。働いて収入を得るほど受け取る年金が減額されるので、高齢者の就労促進の妨げになっているとして、批判の対象になってきた。

 在職老齢年金の減額の基本的な仕組みはこうだ。

 給与と年金の合計額が60~64歳なら月28万円、65歳以上なら月47万円を超えると、超過分の半額を厚生年金から差し引く。年金や給与が高額な場合には別の計算式が用いられ、年金がゼロになる場合もある。

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働いている間は年金を受け取らない方が得か?

 ここでは年金が月10万円で、月給は18万円、ボーナスを年に48万円もらう64歳を例にとってみよう。ボーナスを1カ月当たりに計算し直すと4万円なので、年金と給与の合計月額は32万円。基準額(28万円)を超えた4万円の半額の2万円が引かれ、年金の支給額は月8万円になる。

 減額の判定基準となる収入はあくまで給与がベースで、不動産や株取引などは対象にならない。給与水準などで額が決まる「報酬比例分」の範囲内で差し引かれ、基礎年金部分は対象外だ。

 政府にも制度に対する問題意識がないわけではない。高齢者の就労を促そうと、2019年夏に閣議決定した「骨太の方針」で、在職老齢年金の将来的な廃止に言及。20年の法改正では、減額が始まる基準額の大幅引き上げを狙ったが、与野党から上がった「高所得者優遇」との批判に阻まれた。

 厚生労働省は当初、減額基準を月62万円超に引き上げる案をまとめていたものの、結局、65歳以上は月47万円超で据え置き。60~64歳を同じ47万円超に22年4月から引き上げるという中途半端な決着となった。

 どうせ年金が減ってしまうぐらいなら、働いている間は年金を受け取らないで「繰り下げ受給」をすればいい――。

 こう考える人も多いだろう。受給開始年齢を原則の65歳より遅らせる繰り下げ受給は、年金財政の持続性の観点から、政府もインセンティブを用意して推奨している。

繰り下げで年金は増えるが…

 このインセンティブは、受給開始年齢を66歳以降に遅らせた場合、1カ月繰り下げるごとに、年金額が月0.7%ずつ増えるというもの。増えた額は一生涯続く。受け取り始めるのが70歳からだと、原則の65歳と比べて年金月額は42%増える。

 だが、ここにも落とし穴がある。

 70歳まで働くことが可能になるなら、年金も同様に70歳からの繰り下げ受給にしてしまえば、在職老齢年金の負の影響を免れることができそう――。

 こんな期待も湧くが、そうはいかない。

 在職老齢年金で減額された部分は繰り下げによる増額計算の対象にはならないからだ。繰り下げをすれば、年金額は確かに増えるが、増え方は限定的なものにとどまる。

 繰り下げで年金額が増えれば、税や社会保険料の負担が増えるという点も合わせて留意しておかなければならない。実際の手取り額は額面ほどには増えないのだ。

 このように高齢者の就労にブレーキをかける制度は残ったままで、仕組みも複雑で非常に分かりにくい。希望する人が70歳まで働けるよう、企業に努力義務を課す以上、政府にはより踏み込んだ制度改正が求められる。さもなければ、一部の経営者が漏らす「政府の社会保障改革の踏み込み不足のツケを企業に押し付けている」という不満が更なる盛り上がりを見せかねない。

 次回は、生産年齢人口が急速に減少していく現実を踏まえ、取るべき方策と日本の進路を考える。お見逃しのないよう、シリーズを「WATCH」してください。

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