但木一真|KAZUMA TADAKI

ゲーム業界のアナリスト・プロデューサー。著書に『eスポーツ産業における調査研究報告書』(総務省発行)、『1億3000万人のためのeスポーツ入門』〈NTT出版〉 がある。「WIRED.jp」にて、ゲームビジネスとカルチャーを読み解く「ゲーム・ビジネス・バトルロイヤル」連載中。

国際的なプロeスポーツリーグである「オーバーウォッチリーグ(OWL)」が初めて「ホームスタンド(チームの本拠地がホストする)」での試合を開催したのは、2019年4月のことだった。

リーグを主催するブリザード・エンターテイメントは、それまで全参加チームをカリフォルニア州にあるブリザードアリーナに集めて試合を開催してきた。しかし、この年は初めての試みとして、参加チームであるダラス・フューエルの本拠地であるテキサス州のアレンイヴェントセンターで試合が実施されたのだ。同じ年、ブリザード・エンターテイメントは各チームの本拠地スタジアムが試合をホストする「ホーム・アンド・アウェー」構想の下、実験的にダラスやアトランタ、ロサンジェルスのスタジアムで試合を開催した。

米国から遠く離れた日本でSNSや動画配信サーヴィスを通じてリーグ動向を追っていた筆者はブリザードの構想にわくわくしていたし、ダラスでの試合の熱狂に驚いた。チーム本拠地戦の応援はこれほどまでに熱を帯びるのかと試合中に轟く歓声の大きさで知った。

eスポーツという産業の拡大は野球やサッカーのように地域に根付いたオフラインイヴェントの巨大化によってなされると当時多くの関係者が思っていた。オーバーウォッチリーグの全参加チームを対象としたホーム・アンド・アウェーの導入は2020年から予定されていた。構想の実現まであと一歩だったのだ。

しかし、2020年のコロナ禍の到来によってすべてのホームスタンド試合は中止になり、オーバーウォッチリーグはオンラインイヴェントに移行した。2020年3月時点でブリザードは「安全かつロジスティクスの観点から可能と判断されればホームスタンド試合を再開する」と宣言していたが、2020年に基準が満たされることはなかった。

eスポーツだけではなく、あらゆる興行が困難に直面した。「無観客」の言葉が躍った。観客を会場に集めずに、映像だけを配信するというものだ。オンラインで行なうイヴェントが新しい生活様式の新しいイヴェント形態だと急速に認知されていった。

しかし、ゲーム業界に限って言えばオフラインからオンラインへの移行は後戻りだった。オンラインでも対戦できるゲームの試合を“あえて”オフラインで行なうからこそ、スポンサーを引き付け、チケットやグッズを販売し、新しいビジネスモデルを生み出せるというもくろみだった。

そのモデルを2021年以降もしばらくは採用できそうにないとなれば、eスポーツ興行はどうやって前に進めばいいのだろう。

オンラインでもチケットが売れる

新しい生活様式がもたらした意識変化のなかで、興行の関係者にとって最大の恩恵は「オンラインのイヴェントでも金を払う」というものかもれしない。インターネットを介して動画を閲覧するためにチケットを購入する人が現れたのだ。YouTubeもニコニコ動画もTikTokも「動画は無料が当たり前」の時代に、「イヴェントを応援したい」という人たちが金を払って動画を観てくれるようになった。以前では考えられないことだ。

オンラインのチケットを販売できるようになると興行のモデルは一変する。会場の借用と運営スタッフの雇用の予算を抑えられる一方で、物理的距離を度外視してあらゆる人にチケットを販売する機会が得られる。「イヴェントはもうからない。チケット代は箱代で相殺されて、利益はグッズ収入から」という定石が覆されるのだ。理論的には。

オンラインでチケットが販売できるということを前提に置けば、予算と想像力をそちらにすべて割り充てることができる。スマートフォンで視聴するのに最適な演出はどのようなものか。オンラインで応援するためのグッズを販売できないか。SNSのハッシュタグや動画内のコメントといった参加体験をどこまで高度化できるか。

オンラインでつながることが当たり前になった世界は、2020年に極端になった。オンラインでの経済活動がオフラインでの経済活動を上書きし、スマートフォンひとつで完結する体験がさらに求められる。eスポーツの未来はこの小さなデヴァイスのなかにあったのだ。

勃興するモバイルeスポーツ

世界で最も普及しているゲーム機はスマートフォンである。そして、5Gという新しい技術がこの流れを一層加速する。高速・大容量回線によっていつでもどこでも大量のデータをやり取りできるようなれば、高い通信スペックが要求されるゲームを誰しもがプレイできるようになる。例えばeスポーツに使用される対戦型のゲームでも、だ。

ゲームは5Gのパフォーマンスを最大限に発揮する領域のひとつであり、世界中の通信会社がゲームとその競技シーンに注目している。新規契約数を増やすためには、若者に自社ブランドをアピールする必要があるが、その広告媒体としてゲームはおあつらえ向きだ。

2020年11月に発表されたNTTドコモによるeスポーツ事業参入は2021年以降の日本のeスポーツ産業の方向性を決定づけたと言える。100人が同時に対戦できるバトルロイヤルシューター『PUBG MOBILE』を用いて行なう賞金総額3億円のリーグ戦に加えて、『League of Legends: Wild Rift』の大会も開催予定だという。ゲームとも興行制作とも関連のない企業がこれほど大規模なeスポーツの大会を主催するというのは、世界を見わたしても例を見ない。NTTドコモは日本の興行にくさびを打ち込んだ。

通信企業と5G関連の企業がeスポーツ産業の巨大なパトロンになろうとしている。ベライゾンはライアットゲームズが主催する『League of Legends』北米リーグとパートナーシップを締結し、AT&Tは興行制作企業のESLと共に5G技術を用いた動画配信技術を研究し、ドイツテレコムはゲーミングチームSK Gamingの25%の株式を保有している。

対戦型ゲームの大容量化に伴って通信インフラはますます重要になる。より高解像度で、複雑で、高いレスポンスが要求されるゲーム。デヴァイスの性能が向上し、またはエッジコンピューティングによって膨大な処理が行なわれるゲームが、5Gというインフラの恩恵を受けて、繁栄の道をたどる。

…という未来が見えてくるのだろうか? しかし実際には線形回帰的な技術偏重の話は2021年以降のeスポーツひいてはゲーム産業に適用できないというのが本稿最後のテーマである。

ゲームはシンプルでも面白い

2020年のゲーム業界にちょっとした衝撃を与えた存在と言えば、『Among Us』だ。2018年にリリースされたゲームにもかかわらず、その2年後に突如として人気が爆発し、世界で最もプレイされているゲームに仲間入りをした。2020年10月のアクティヴユーザー数は2億9,500万人に達している

『Among Us』を開発したゲーム開発スタジオInnerSlothのコアメンバーはたったの4人だ。ゲームのグラフィックは2Dでレトロな雰囲気を漂わせる。宇宙船の中で人狼ゲームをおこなうというデザインで、(大手企業が大規模な予算をつけて開発する、いわゆるAAAタイトルに比べれば)驚異的にシンプルなつくりである。

巨額の予算を投じて開発し、マーケティングをおこない、リリース後も大量の人員を割いてアップデートを重ねたにもかかわらず、プレイヤーが集まらずに消滅していったゲームは枚挙にいとまがない。巨額の予算を投じたゲームが企業の経営を傾けることさえある。UBIソフトは『ゴーストリコンブレイクポイント』のリリースに失敗したことで、2019〜2020年の半期決算で営業利益が90%以上落ち込んだ

ゲーム企業はデヴァイスやネットワークの高度化に伴ってゲームが大容量化し、製作費が高騰する、というサイクルに苦しんでいる。次世代ゲーム機や5Gといった技術水準に合わせたゲームとは、どれほど手間暇がかかったゲームなのだろうか。そして、そういったゲームは本当にプレイヤーに求められているのだろうか。

『Among Us』の成功はそんな雰囲気が漂う産業に吹いた清々しい風のようだった。対戦型のゲームにおいて壮麗なグラフィックのキャラクター、マップの多さ、自由なカスタマイズ性といった要素は副次的なものだ。ゲームデザインが優れていれば、プレイヤーが遊び方を見つけてくれる。

2021年以降のeスポーツは『Among Us』のようなシンプルなゲームが注目を浴びるかもしれないと筆者は考えている。例えば将棋やポーカーのように、見た目はシンプルでも深い戦略性によって多くのプレイヤーを引き付け、競技シーンが生まれていく、というのは充分にありえるのだ。

eスポーツや5Gといったバズワードの「最先端っぽさ」に踊らされる人たちよりも、実際にゲームをプレイしている人たちは地に足がついている。ゲームは面白ければいい。

そして、ただ面白いゲームがわずかな期間に何億人というプレイヤーを獲得するのが2021年現在のゲーム産業の流通構造なのである。