居酒屋ブランド「和民」を2021年3月までに全てなくし、その多くを焼き肉業態に転換することを発表したワタミ。コロナ禍で居酒屋業態が危機にひんする中で、祖業を「捨てる」事態となるほどビジネスモデルの抜本的な転換を迫られている。居酒屋チェーンから焼き肉チェーンへの転換でワタミはどこへ向かうのか。渡邉美樹会長に聞いた。

渡邉美樹・ワタミ会長
渡邉美樹・ワタミ会長

今回、新たな焼き肉業態「焼肉の和民」を立ち上げ、祖業でもある居酒屋ブランド「和民」を2021年3月までに全てなくすことを明らかにしました。

渡邉美樹氏:これまでの看板業態をなくすということですから、非常に感慨深いものがあります。思い入れも強かった。

 ただ、コロナ・ショックで社会に大きな変化が起きています。そして、2019年10月にワタミに会長として復帰して以来、自分自身の「後期経営者人生」はどこに軸を置くべきかを考えた結果、過去は振り返らないことを決断したのです。

 1店舗も残さないという決断は過去を引きずらないという意思の表れです。営業部の中枢人材も焼き肉事業に配置しました。これで仕切り直し。焼き肉でもう一度1000店舗を目指します。

 決して、居酒屋を捨てるわけではありませんが、成長のドライバーは焼き肉業態になる。それを周知徹底させるため、(焼肉店の)看板にも「和民」の名前を付けました。

「焼肉の和民」を発表する渡邉会長(2020年10月)
「焼肉の和民」を発表する渡邉会長(2020年10月)

600店舗まで10年もかからない

5年で400店舗とのことですが、どういった戦略で店舗展開を進めていくのでしょう。

渡邉氏:普段はオフィス街で、休日になれば地域住民が来るといった、例えば当社(東京都大田区羽田1丁目)の近辺のような立地で攻めていきたい。120店舗までは関東から関西の東海道のベルトラインで展開します。5年で400店舗、その後目指す先は600店舗ですね。10年もかからないと思いますよ。

 また、国内とは別に米国や中国でもそれぞれ1000億円の開拓を目指します。すでに米国のパートナー企業とは、「1店舗当たりの年間売上高4億円、250店舗くらいは郊外に出せる」というような話も進んでいます。

5月には国産牛やブランド和牛の「薩摩牛」A4ランク肉などをそろえた焼き肉業態「かみむら牧場」をオープンさせています。ここでの経験が「焼肉の和民」の開発にも役立ったということでしょうか。

渡邉氏:そうですね。かみむら牧場を経験したことで、他社との差別化ができることが分かりました。すでに大手食肉メーカーからのFC(加盟店)の申し込みもあります。プロ中のプロが認めるほどの肉の調達力は競合と比べても頭一つ抜けていると自信が持てました。焼き肉業態は私の後期経営者人生を懸けるに値する市場だと思います。

焼き肉業態に参入するのは初めてだったのですか。

渡邉氏:2000年代半ばに「炭団」という焼肉店を運営していた時期がありました。この頃は脂肪分が少なく赤身中心の肉質が特徴の「短角牛」という品種を育てて、店で出していました。当時ははやらなくて撤退しましたが。今は赤身がブームになっていますから、時代を先取りしすぎたのかもしれませんね(笑)。

ワタミに戻るなら自分の仕事だと思っていた

かみむら牧場はいつごろから構想していた業態なのですか

渡邉氏:参院議員時代(13~19年)にクールジャパン戦略推進特命委員を務めていた頃、世界で売れる日本のものは「和牛」だと考えていました。政治家になって、4~5年目くらいからずっと温めていた構想です。

 当時は政治家を続けるのか、ワタミに戻るのかをまだ決めていませんでしたから、続けていたならこのノウハウと発想は大株主としてワタミに託そうと考えていました。僕がワタミに戻るなら、やるのは自分の仕事だと思っていましたけどね。

焼き肉は素材の質が商品にそのまま表れますから、ある意味でうそがつけない、素材自体の勝負だと思います。勝算はどこにあると考えたのでしょう。

渡邉氏:原価勝負で勝てる自信が持てたからです。当社と畜産農家や商社との関係性の強さなどを考えて、原価勝負ができると踏みました。特に食肉加工大手のカミチクグループ(鹿児島市)と業務提携できたことが一番大きかった。これで良質な肉を確保できるようになりましたから。他店でも焼肉の和民と同じレベルの肉は出せるでしょうが、原価は上がってしまうと思いました。

 人件費も抑えられるように配膳ロボットや料理を無人で運ぶレーンも設けました。あと付け加えるとすれば、従業員のホスピタリティー。これらを駆使して闘うのがワタミらしい焼き肉業態の在り方ですね。

 焼肉店を見ていて感じることは客層の広さです。老若男女、サラリーマンも学生も子供も楽しんでいる。もともと「和民」もそうした広い客層を狙っていたのですが、業態の歴史とともに中心客層の年齢も上がって、普通の居酒屋と変わらなくなってしまいましたね。だから、焼き肉業態というのは和民の目指していた原点そのものなんですよ。

サラリーマン社長なら責任が取れない

話を居酒屋の和民に戻すと、この祖業である業態を「なくす」という決断ができるのは渡邉さんだけでしょうね。強いオーナーシップを感じます。

渡邉氏:僕だけでしょうね。他の人が言い出したら怒りますよ(笑)。加えて、これがサラリーマン社長なら責任が取れないでしょう。となると、焼き肉にしても唐揚げにしても、5店、10店と実験店舗をつくってから少しずつ増やしていくという形になってしまう。そのほうが株主も納得してくれますからね。

 これが一気に100店舗以上、いきなり展開するとなると株主に「失敗したらどうするんだ」と問い詰められますよ。そこまでやって、失敗すれば自分の首が飛んでしまうのだから、サラリーマン社長ではここまでのことはできないでしょうね。

2021年3月までにすべて姿を消す居酒屋「和民」
2021年3月までにすべて姿を消す居酒屋「和民」

30年近く続けてきた看板ブランドをやめるくらいですから、コロナ禍が外食業界に与えた影響は甚大ですね。

渡邉氏:これ以上の変化はないでしょう。アフターコロナでも居酒屋の需要は元に戻りませんよ。私の経営者人生で最大級の危機だと思います。かつて(FC店として運営していた)「つぼ八」を和民に転換した際に、毎月300万円の利益を上げていた店が一転して、300万円の赤字に陥ったことがありましたが、それ以来の窮地です。

 ただ、あの時に和民を生み出していなければ、ワタミもここまでの会社にはなっていなかったでしょう。そのまま、どこにでもある飲食店で終わっていたかもしれない。将来、「焼き肉への業態転換がその後のワタミを大きく変えるきっかけになった」と言われるようになる決断を今回下したのだと、考えています。

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