ユーカリが丘ニュータウンは都心から38キロの千葉県佐倉市西部にある。1971年から開発が始まり、その面積は245ヘクタールに及ぶ。「8400戸・3万人」の街づくりを計画し、2020年9月末現在で7687世帯、人口は1万8753人に達した。

(写真:菊池一郎)
(写真:菊池一郎)

 ここに国内外の不動産会社、自治体などがこぞって視察に訪れる。開発したのは大手デベロッパーでなく、社員数120人の山万。本社は東京都中央区にあるが、事業拠点は、ここユーカリが丘だ。

 分譲が始まった79年に同社が作ったパンフレットには、完成予想図として、ユーカリが丘の街を14分でぐるりと巡るゴムタイヤで静音の新交通システムや超高層タワーマンションが描かれている。

 この予想図はすべて具現化した。住民がまだほとんどいないにもかかわらず、民間としては戦後初の鉄道事業許可を受け、82年に「山万ユーカリが丘線」を開通させた。運転士を含め、自社の社員で運営している。90年には千葉県初の29階建て超高層マンション「スカイプラザ」を建設した。

 山万ユーカリが丘線を運行させたのは、どの住宅からも徒歩10分以内で電車を利用できるようにするためだ。また宅地分譲は年間200戸までと上限を決め、どんなに求められてもそれ以上は売らない。さらに24時間、警備員が街を巡回し、駅前には自前の"交番"まで設置している。

 異色の不動産会社は、嶋田哲夫社長の強い信念の下、そこで暮らす人が長期的に住み続けられる「成長管理型」の経営を追求している。それは、住宅を販売したら次の分譲地に移動する「分譲撤退型」への強烈なアンチテーゼである。目先の利益や効率を追わず、常に第一義は住民の幸福。

 一昔前なら「非効率」と切り捨てられた経営かもしれないが、ユーカリが丘に移り住む人の勢いは衰えない。新型コロナをきっかけに、会社のあり方、人々の暮らし方が変わる中、顧客の幸福を追求するビジネスモデルは、あらゆる業界の貴重なサンプルになる。

 山万の3つの戦略と、現場を率いる林新二郎副社長へのインタビューを通し、これからの企業経営のあり方を考える。

<特集全体の目次>
・異色の不動産業・山万、成長し続けるニュータウンをつくる理由
・1周14分の鉄道も運営、異色の不動産業の「顧客幸福型」街づくり
・戸別訪問で潜在ニーズを先取り、不動産業の常識破る山万の戦略(12月10日公開)
・「売り上げはずっと100億円でいい」山万に聞く街づくり哲学(12月11日公開)


 山万の本業は不動産だが、不動産業にとどまるつもりは全くない。不動産業にこだわっていては住民が住みよい街をつくれないからだ。顧客の潜在ニーズを探り、それに合うサービスを提供しながら、業容を広げてきた。顧客起点の柔軟性が山万の真骨頂である。

 開発当初に「山万ユーカリが丘線」という鉄道を敷設したことが、その一番の象徴だろう。全6駅を14分で回るというこぢんまりした路線だが、不動産会社が鉄道を走らせること自体、相当ぶっ飛んでいる。旧国鉄のOBなどを運転士に採用して始めたという。

 事業認可を得た1970年代は大気汚染などの公害問題が騒がれていた頃。電気で走り、ゴムタイヤなので騒音もない。すべての住宅を、山万ユーカリが丘線の駅から徒歩10分圏内に建てた。目先の経営効率を考えれば、鉄道事業を始めようとは誰も思わない。

山万ユーカリが丘線が街中を走る。ゴムタイヤで静かなので周辺住民も安心(写真:菊池一郎)
山万ユーカリが丘線が街中を走る。ゴムタイヤで静かなので周辺住民も安心(写真:菊池一郎)

顔認証乗車の実験も

 そして、今年11月からはコミュニティーバスの運行も始めた。分譲の初期から住む高齢の住民の間で、小回りの利く交通手段が欲しいという声が上がり始めたからだ。エンジンはCO2の排出量が少ないクリーンディーゼル式。来年2月には顔認証の実証実験も予定し、財布なしの快適乗車を目指す。

 バスの運行で、住民がより短い時間で交通機関にアクセスできるようになった。バスは、鉄道の運転士が大型二種免許を取得するなどして運行しているという。社員120人の山万が30人程度を割いて鉄道やバスを走らせる。しかも、環境に配慮した先端技術を採用したり、宅地からの距離を綿密に計算してバス停を決めたりと、一般の公共交通の域を超えている。

 防犯対策も街の重要な機能という考えの下、充実したセキュリティーサービスも提供している。駅前に交番がなかったために、自前で「防犯・防災パトロールセンター」を開設し、警備員を常駐。また24時間365日、専用パトロールカーが街中を巡回し、学校の下校時には通学路に立つ。

 警備事業は別会社で運営しているが、事務所は山万本体と同じフロアにあるので、実質的には一体経営をしている。こうしたグループ会社が計5社ある。京成電鉄のユーカリが丘駅に直結した「ウィシュトンホテル」もその1つだ。

 開業は1998年。「特急も停まらない駅にホテルを作ってどうするのか」と首をかしげる声もあったというが、ここでも山万が見ていたのは、あくまで住民だ。

 「核家族化により、親御さんを呼んで何かをするという場面はどんどん増えるはずと考えた。冠婚葬祭に限らず、七五三や敬老の日などいろいろな機会に、親御さんの宿泊場所に使ってもらえる。いわば街の応接間だ」(企画・ビル事業部の久須見裕文次長)。

 主にビジネス客や観光客を取り込む周辺ホテルの中には集客に苦しむところも出ているが、山万のホテルは堅調だという。

 ほかの街であれば、行政が手がけることが多い子育て支援事業も、山万は自前で取り組む。保育園や学童保育所のほか、「ユー! キッズ」という子育て支援センターも運営している。このセンターでは、子供だけを預かることは基本的にしない。子供と親が一緒の時間を過ごしたり、親同士の交流を図ったりするための場所だ。

 子育てのしやすさが評判を呼んだ結果か、2010〜19年の10年間で9歳までの子供が、それまでの約50%増加した。

山万の事業はこんなに広い
<span class="fontSizeL">山万の事業はこんなに広い</span>

人間主体の高齢者施設

学童保育を併設する「ユーカリ優都ぴあ」(写真:菊池一郎)
学童保育を併設する「ユーカリ優都ぴあ」(写真:菊池一郎)

 山万は、02年に「福祉の街」構想を掲げ、約15ヘクタールの敷地に高齢者施設やクリニックなどの建設整備を進めている。住民ではなく、住民の親が高齢化し、引き取るための施設が必要だというニーズが見えてきたからだ。

 住民の暮らしを重視し、経営効率を後回しにするのは、高齢者施設でも同じ。07年には認知症対応のグループホームに学童保育を併設した、幼老一体型施設を全国に先駆けて開所した。この「ユーカリ優都ぴあ」の学童保育所管理者の高橋治美さんは言う。

街で学童保育を担当する高橋さん。ユーカリが丘の住民でもある(写真:菊池一郎)
街で学童保育を担当する高橋さん。ユーカリが丘の住民でもある(写真:菊池一郎)

 「この町の中では、人の一生のすべてが循環している。高齢者の方もいれば、小さな子供たちもいる。子供たちに無理に認知症の勉強をさせるつもりはないけれど、自分と少し違う感覚の人と接することで学べることは多いはず」

 住民のニーズを一つ一つ先取りして応えてきた山万は、グループ全体では1000人以上の従業員を抱えるまでになった。学童担当の高橋さんもユーカリが丘の住民。住民はサービスを享受するだけでなく、提供側としても街づくりに積極的に関わっている。

(この記事は、「日経トップリーダー」2020年12月号の記事を基に構成しました)

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