医療用AIによる“診断”が加速する? 米国での保険適用決定が意味すること

医師の代わりに“診断”を下すふたつの医療用AIが、米国で保険適用となることが決まった。この動きによって、医療分野におけるよりAIの幅広い活用にはずみがつく可能性が出てきた。
医療用AIによる“診断”が加速する? 米国での保険適用決定が意味すること
DEM10/GETTY IMAGES

人工知能AI)の画期的な進歩は、ときにコンピューターサイエンスの研究室や、人間対コンピューターのボードゲーム対戦のライヴ中継で起きたりする。これに対して医療用AIの進化を加速させる根本的な要因は、少し魅力に欠けるものだ。それは米連邦政府の官僚主義の深いところに潜んでいるのである。

米国の公的医療保険を運営するメディケア・メディケイド・サーヴィスセンター(CMS)が、ふたつの医療用AIシステムを保険の対象とする計画をこのほど発表した。ひとつは失明につながる糖尿病の合併症を診断するAI、もうひとつは脳のCT画像から卒中を発症した疑いを判断して知らせるAIだ。

今回の決定は、メディケア(米国の高齢者向け公的医療保険制度)やメディケイド(低所得者や身体障害者向け医療保険制度)の利用者以外にとっても注目に値する。この動きによって、医療分野におけるより幅広いAIの活用にはずみがつく可能性があるからだ。

どちらのソフトウェアもすでに米食品医薬品局(FDA)の承認を取得済みで、使用を始めている施設もある。だが一般的には、連邦政府がメディケアとメディケイドの利用者に対する負担を決定して初めて、新しい機器や治療法が広く本格的に導入されるようになる。民間の保険会社では、適用対象にするかどうかの判断をCMSの決定にならうケースが多い。ただし、通常は民間のほうが償還率が高くなる。

画期的な通過点

CMSは今年10月、新たな技術の採用を促進するプログラムの一環として、AIソフトウェア「ContaCT」の使用を保険償還の対象とする運用を始めた。ContaCTはサンフランシスコのスタートアップViz.aiが開発したAIで、病院の救急部門で導入される。CTスキャンによって脳に血栓の痕跡があるとアルゴリズムが判断すると、医師に知らせる機能を備えている。脳卒中は診断と治療を素早く始めれば、数分の差であっても後遺症の発生率を劇的に下げ、回復までの時間も短縮できる。

CMSは、もうひとつのソフトウェア「IDx-DR」への保険適用も近く開始することを明らかにしている。IDx-DRはアイオワ州オークデールにあるDigital Diagnosticsの製品で、網膜の画像を分析し、糖尿病の合併症で失明の原因にもなる糖尿網膜症を診断できる。これについては8月に発表していた。

開発元であるViz.aiとDigital Diagnosticsは、いずれも2018年に各ソフトの承認をFDAから取得している。AIが健康状態の向上に寄与することを規制当局に認めさせた点でパイオニアとなった企業だ。

IDxは疾病を診断するAI製品として初の承認事例となる。それまで診断という臨床上の判断は、人間の医師に限られていた。医療用AIに税金を投入すべきとの決定をCMSから引き出したことも、同様に画期的な通過点と受け止められるかもしれない。

「これはAIにかかわるすべての人にとって大きな意義があります」と、眼科医でDigital Diagnosticsの最高経営責任者(CEO)であるマイケル・エイブラモフは言う。IDxを保険適用とする計画では、同じく糖尿網膜症を診断できるほかのAIツールも対象となる見込みだ。

哲学的な側面を含む疑問

AIツールの運用を政府が金銭面で後押しする動きは、医療分野向けAI製品の開発に取り組むほかの企業にとっても朗報になる。調査会社CB Insightsの報告によると、医療用AIを開発するスタートアップへの投資額は19年で40億ドル(約4,200億円)に達している。前年は約27億ドルだった。

両ツールはそれぞれ脳と眼の画像を診断に使用するが、これに対するCMSの評価にはかなり違いが出た。米国の医療事情の複雑さと、新しいAI技術への挑戦がいかに難しいのかを浮き彫りにしたといえる。

そしてどちらのツールを評価する際にも、哲学的な側面を含む疑問が立ちはだかった。通常なら高度な専門技術をもつ人間が手がける仕事を人の代わりに担うようにつくられたソフトの仕事を、どう評価するのか、という問題である。結果としてCMSが両ツールについて出した答えには、大きな差が出ることになった。

Viz.aiのContaCTについては、脳卒中の治療成果を確実に向上させているとのエヴィデンスに言及し、一定の条件下での患者への使用に対し最高1,040ドル(約10万9,000円)を医療機関に支払うと定めている。ただし、通常は人間が手がける仕事を素早くこなすにすぎないAIソフトを、新技術に特化したプログラムにふさわしい新規性があるとみなすのか──。CMSは次のように説明した上で検討を重ねた。「人間の知性や人間による手順は、FDAが承認したり認可したりした技術ではない」

保険償還の金額に差

Viz.aiの創業者でCEOのクリス・マンシは、CMSの決定を受けてContaCTの購入を決めた医療機関はすでに増えてきていると語る。それ以前から導入していた主な病院は約500施設を数えるという。

これらの事例は、政府からの保険償還が望めなくても、脳卒中の患者を早い段階で特定することによって、収益性が上がると同時に早期対応が重要になる手術の件数を増やせるという判断から、先行導入したケースである。「恩恵を受けられたのは中核になる施設でした。今後はより多くの病院で使えるようになり、使えば保険の償還を受けられることになります」と、マンシは言う。

一方、網膜を診断するソフトのIDxでは、CMSが提示した額はずっと低い。Digital Diagnosticsのエイブラモフによると、地域やその他の要因によっても異なるが、一般的に20ドル(約2,100円)未満になるとみられている。

米国放射線学会の経済コミッション議長であるグレゴリー・ニコラは、網膜の画像診断に対する償還のほうが、AIを使用した画像アプリケーションの評価がまだ早期段階にある現実を象徴することになるだろうとみる。今回ContaCTを適用対象としたプログラムのほうが償還価格は大きい傾向にあるものの、こちらは3年の期限つきだ。

額は初年度を踏まえて見直されるが、概して下げられることが多い。画像から疾患の痕跡を見つけ出すアプリケーションは有用だが、患者を治療するという人間中心の仕事を劇的に変えるわけではないと、ニコラは言う。「現時点で市場に出てきているAIは、目的がかなり限定されたものが多いのです」

求められる導入のインセンティヴ

こうした状況を受けて、エイブラモフのほか米国眼科学会や競合のスタートアップAEYE Healthを含むグループは、AIを使った網膜症診断の償還価格を引き上げるようCMSに要請した。IDxの使用を経済的にも魅力あるものにするには、支払われる額を上げる必要があるとの主張だ。業界団体The Connected Health Initiativeは55ドル(約5,700円)に設定するよう提言している。CMSは審議中の件についてはコメントを避けると回答した。

ニューヨーク大学ランゴーン医療センターの医師で網膜を専門にするラヴィ・パリクは7月に発表した論文で、CMSの償還率が現在提案されている程度にとどまるのであれば、医療施設としてはIDxを導入しても採算がとれないとの試算を示している。

CMSが償還価格を引き上げれば、糖尿病患者にとっても医療分野におけるAI活用の展望にとってもプラスになる、とパリクは指摘する。「導入を進めるためにもインセンティヴをつけて奨励すべきです」

CareportMDのCEOのアショク・スブラマニアンも、患者の診断にIDxを導入している。同社はデラウェア州とペンシルヴェニア州で、スーパーマーケット「アルバートソンズ」店内にある医療施設で5台を稼働させており、糖尿病健診の日にはほかの施設にも融通して運用している。

これまでCareportMDはAIによる眼の診断については、医師による網膜画像診断を対象にした既存の区分で保険会社などに請求してきた。一連の検査の一部として、経済的にはこれで成り立つという。ただし、償還価格が引き上げられなければ、単に検査をするだけでは財政面では意味がないとも打ち明ける。

「糖尿病は多くの人がかかっていますし、糖尿網膜症は失明の主な原因のひとつです。新しい保険償還のモデルができて、この技術がもっと早く普及してほしいと願っています」

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TEXT BY TOM SIMONITE

TRANSLATION BY NORIKO ISHIGAKI