「無意識の偏見」が結末を左右する? AIが視聴者を“監視”し、物語を導く究極のインタラクティヴ動画

AIで検知する視聴者の表情に応じて異なる結末を示し、視聴者の「無意識の偏見」を明らかにするインタラクティヴな映像作品『Perception iO』。AIの民主化に向けて制作された本作は、人種や性別などへの偏見を可視化するだけでなく、急増する没入型エンターテインメントの未来を示唆するものでもある。
「無意識の偏見」が結末を左右する? AIが視聴者を“監視”し、物語を導く究極のインタラクティヴ動画
PHOTOGRAPH BY HANNAH STARKEY

ロンドン在住のアーティスト、カレン・パーマーは、究極のインタラクティヴ映像を制作している。「未来からのストーリーテラー」と名乗る彼女の作品では、視聴者の感情によって物語が変化する。これは、「パーソナライズされた視聴体験」に向けた最新の取り組みだといえる。

音楽動画やテレビ広告のディレクターとしてキャリアをスタートさせたパーマーは、10年ほど前から、没入型の映画制作に興味を抱くようになった。未来のエンターテインメントや物語は、受動的に眺めるようなものにはならないと彼女は考えている。「将来、そうした作品はテクノロジーを巻き込むものになるでしょう。人々は眺めるだけの存在から、ストーリーテリングの参加者へと移行するはずです」

視聴者の「感情」が結末を決める

パーマーの最新作『Perception iO』は、人工知能AI)と「無意識の偏見」の未来をテーマにしている。ロンドンのブルネル大学のコンピューター科学者、ニューヨーク大学の社会心理学者、そしてクリエイティヴ・リサーチラボの「ソートワークス・アーツ(ThoughtWorks Arts)」とチームを組んで、パーマーは表情を検知し、4つの感情(怒り、恐れ、驚き、平静)を見分けられる機械学習ツールをつくり上げた。

『Perception iO』の視聴者は、一触即発の状況に置かれた警察官の視点をもつことになる。この作品はトレーニング用のシミュレーターのような役割を果たすが、スクリーン上のカメラが視聴者の表情と目の動きを追跡するという仕掛けがある。視線の行き先や特定のシーンに対する反応が、登場人物たちに影響を与えるのだ。

物語に登場する白人と黒人の俳優たちが犯罪者を演じるか、精神面で問題を抱える人物を演じるかはランダムに選択される。登場人物との対立が続く状況下で平静を保ち続けるか、あるいは恐れや怒りを感じるかといった視聴者の感情的な反応によって、警察官(=視聴者)が支援を要請するのか、登場人物を逮捕するのか、または射殺するのかが決まる。

『Perception iO』の視聴者はディスプレイの上にあるカメラで表情が撮影されており、サンプル画像のデータセットと比較される。そして機械学習が特定した感情に基づいて物語が変化してゆく。この映画は、視聴者の現実認識と潜在意識による挙動を探ることで、視聴者自身に潜む人種や性別に関する偏見を確かめることができるのだ。

AIの民主化を目指して

この映画を支えている表情検知技術は、アマゾンやマイクロソフトが実験を重ね、警察や企業にサーヴィスとして販売しているものとそれほど変わらない。米国の薬局チェーンであるウォルグリーンでは、すでに実店舗で視線追跡技術をテスト中だ。表情や視線の分析は国境警備の未来にもなりうる。欧州連合が資金提供する「iBorderCtrl」と呼ばれるシステムには、入国審査で嘘をついているかどうか検知するための技術が含まれている。

営利目的の企業は通常、顔認識や感情検知に利用するアルゴリズムやデータセットを公表していない。しかしパーマーはアーティストとして、AIを民主化するためにプライヴァシーや人権に関する懸念点に気付いてもらい、これらの技術を人々の手に委ねることを望んでいる。

そのために彼女のチームは、作成した感情検知ツールキット「EmoPy」のソースコードを、誰もが自由に使えるようにしたのだ。「わたしたちにとって今回は、(顔検知技術を)試し、公開する機会になりました」と、ソートワークス・アーツのディレクターを務めるアンドルー・マクウィリアムズは語る(パーマーは2017年にソートワークス・アーツのレジデントアーティストとなっている)。

パーマーのミッションは、ここで終わらない。例えば音声検知には、参加者の声の可聴周波数とピッチに基づいて感情を認識できる可能性がある。またパーマーは、マルチプレイヤー型のVRゲームにもインスパイアされて、さらに没入感のある体験を実現しようとしている。

没入型エンターテインメントのゆくえ

現在、ニューヨークのクーパー・ヒューイット・スミソニアン・デザインミュージアムで展示されている『Perception iO』は、パーマーが次回作に向けて計画していることの実験場でもある。

「人々がAIに反対するデモに向かいながら『これは人権の問題だ』と主張している環境に、視聴者を置くつもりです」と彼女は言う。そして、AI開発が非常に速いペースで進むなか、何らかのガヴァナンスや規制を設け、利用されるデータの透明性を高めることが急務になるだろうと付け加えた。

AIの民主化を目指すパーマーのプロジェクトの最終的な取り組みとなる『Consensus Gentium』(「人民の合意」を意味するラテン語で「誰もが信じるならばそれは真実に違いない」という意味)は、19年中に発表されることになっていた。この作品では、機動隊員と衝突する抗議者たちが描かれ、パーマーのチームが実験を続けてきたあらゆる検知技術が組み込まれている。

「視線の行き先が、その人が状況をどのように認識しているか明らかにしていると思います」とパーマーは語る。この映画は、単にAIのガヴァナンスや人権問題だけを扱う作品ではなく、視聴者がこの先、没入型エンターテインメントをいかに体験するかを探求するものにもなるだろう。

とはいえ、没入型のストーリーテリングが将来的にどうなろうとも、テクノロジーはあくまで二次的なものであり続けるだろうとパーマーは信じている。「すべては、ストーリーが存在することから始まるのです」

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TEXT BY SABRINA WEISS

TRANSLATION BY MAYUMI HIRAI/GALILEO