社外人材によるオンライン1on1(1対1での面談)サービスを提供しているエール(東京・品川)取締役の篠田真貴子氏と、経営にまつわる様々な疑問を議論していくシリーズ。
外資系コンサルティング企業やメーカー、「ほぼ日」など様々な組織で働いてきた篠田氏。その中で「組織によって自分の引き出される面や、発揮できる力がずいぶん違ってくる」という実感があったのだという。また2人の子育てでは、キャリアと子育ての間で悩みを抱えた経験もあり、「組織と人の関係」に関心を持ってきた。
「なぜ組織には女性活躍が必要なのか」「組織の多様性は事業にどのような強みをもたらすのか」。そんな素朴な疑問を改めて考えようと、今回は「ダイバーシティー&インクルージョン宣言」を2014年に打ち出したスリーエム(3M)ジャパン(東京・品川)の昆政彦社長を招いた。
対談内容は前編・後編に分けて公開する。公開した前編に続く、後編のテーマは「ダイバーシティー」と「インクルージョン」。昆社長自身の経験を踏まえながら、ダイバーシティーとインクルージョン、2つの要素と関係性について解説してもらう。
(前編から読む)
篠田真貴子・エール取締役(以下、篠田氏):イノベーションから少し話題を変え、「ダイバーシティー」や「インクルージョン」についておうかがいします。「ダイバーシティー」や「インクルージョン」というキーワードが広がっていますが、実のところ具体的に何を意味していて、なぜ経営に重要なのか、いまひとつピンときていないビジネスパーソンも多いと思います。
まず、昆社長は、「ダイバーシティー」と「インクルージョン」をどのようなものとして定義していて、なぜ経営上大事だと考えているか、教えていただけますか。
数値だけの「ダイバーシティー」では十分でない
昆政彦・スリーエム ジャパン社長(以下、昆氏):まずダイバーシティーとインクルージョンを、それぞれ2つに分けて説明しますね。
まず、ダイバーシティーというのは、数値的に把握可能な見える部分です。例えば、役員における女性比率や、社員における日本人以外の人の割合など、「%」で示せるものです。その%が50を超えればマジョリティー(多数派)になるわけです。
マジョリティーとマイノリティー(少数派)がそれぞれ何%だったとしても、その数値だけでは意味がありません。それぞれが互いに刺激を受けながら成長する、もしくはイノベーションを起こすという関係にはならないからです。
例えば、役員の2割が女性だったとして、女性は女性だけ、男性は男性だけで議論して、最後に多数決でマジョリティーである男性の意見が通るのであれば、意味がありませんよね。
ではどういう状態になっていないといけないかというと、2割の女性と8割の男性がお互いに刺激し合っている関係にならないといけません。
それが、インクルージョンという考え方です。つまり、お互いに相手の価値観を認めるということです。そのためにはまず、お互いに価値観や考え方が違うということを理解しなければいけません。
それができないと、異質なものが入ってきたときに、その考えを積極的に取り入れることはできません。異質な考えを受け入れるということは、その考えを全面的に認めるということではありません。考えが違うことを前提に、その考えをスッと自分の中に入れるということです。そういう状態をつくることが、インクルージョンです。
篠田氏:前回の話にあった、イノベーターが異質な分野の考えを取り入れることと同じような構造ですね。
「理解する」のは相手の考えに染まることではない
昆氏:同じです。
さらに、経営の観点から見ると、経営にも新しい考え方が必要になります。経営者の脳にも、いろいろな考え方や価値観が入っていることが大事なのです。
一昔前、組織には階層があって、経営者が偉くて、上意下達のヒエラルキーで動いていくのが効率的だとされることもありました。しかし、これからは違いますよね。各階層にいる人たちが、自分とは違う階層には考え方の異なる人たちがいることを理解しなければなりません。
例えば、中間管理職の人たちであれば、経営者が考えていることも理解するし、現場の若い人たちのことも理解する必要があります。繰り返しますが、「理解する」ということは相手の考えに染まるのでなくて、自分でそしゃくし、自分なりの考え方を持って、必要な発信をするということです。
新入社員に対しても社長に対しても、中間管理職の人たちは萎縮せず、事業の話を自分自身の言葉でしてほしいですね。誰もが言いたいことを言える環境であることが欠かせません。そういう状態ができてはじめて、ダイバーシティーとインクルージョンが意味を持ってくるのです。
篠田氏:制度というより、カルチャー、文化の話ですね。
昆氏:文化は、制度や言葉を作るだけではできあがりません。社長が実践していかないと、文化にはならないのです。
がんを患ってインクルージョンについての理解が深まった
篠田氏:本当にそうですね。結局、社員は経営者がしっかりと言葉通りの行動をしているのかどうかを見ているんですよね。
ダイバーシティーというとき、性別や国籍、人種の多様性という文脈で語られることが多いですが、確かに階層間の多様性は、組織の中では大切なのにあまり語られてこなかった重要な指摘だと思います。
自分がヒエラルキーの下の層にいると、少しすねているような状況にもなりがちだと思います。上の人が何か言っても「どうせ……」というふうにまっすぐに意を受け止めないような。それはダイバーシティーとインクルージョンの観点では間違っていますよね。上の階層の人たちはその立場で見えている景色があって、下の階層の人たちは自分が見ている景色と比べてみて、上の階層の人たちが見ている景色を理解する必要があるのですね。
また、つい思い込みで「社長だから常に正しい」と考えてしまうことも多いと思います。しかし、社長も1人の人間なので失敗もあるわけです。現実離れした高い期待値を持って社長を見てしまうが故に、失敗を目にすると「社長なのに……」と勝手に落胆し、建設的なコミュニケーションを自分から阻害してしまうこともある気がします。
さて、もう1つ、是非お聞きしたいことがあります。それは、昆社長が、ご自身の病気をきっかけにインクルージョンについての理解を深めたとお話しになっていることです。病気になったことで、具体的にはどのような気づきがあったのでしょうか。
昆氏:私はがんを患ったのですが、どちらかというと、インクルージョンについての「考えが浅かった」と感じました。今まで私は、だいたいはマジョリティーと言われる立場でキャリアを積んできました。その上で、マイノリティーという立場の方々にどうやって活躍してもらおうかという視点で考えていました。
ただ、自分ががんになって、それまでの考え方が間違っていたということに気がつきました。がんになったちょうどその頃、会社の組織変更があり、私のポジションが少なくとも日本からなくなることになりました。新しいポジションを社内で探さないといけないと思っていたときに、がんであることが分かったのです。
抗がん剤治療を受けていると、つらいし、日本から出ることもできません。「もうエキサイティングな仕事はこないよね」と、もう自分はがん患者なのだから、あえてチャレンジなんてしなくてもいいと、考えるようになっていったのです。
友人には、仕事を辞めたら「こんな趣味をしたい」「世界を1人で周ろうか」などと話すようになりました。世の中を見ると、がん患者の多くが仕事をなくしたり給料が下がったり、といった報道が出ていました。そういうものを見るたびに、趣味を生きがいにするのも仕方がないことだなと。
それなのに、日本法人の社長に指名されてしまったのです。それは、ものすごい驚きと感動がありました。
マイノリティーになり、自分で勝手にキャリアを止めてしまっていた
ふと振り返ると、私は社内にがんであることをある程度公表していたのですが、3Mではそのことで一度も差別のような扱いを受けたことがありませんでした。むしろサポートしてあげると言われていました。それなのに、自分の中で勝手に「この先のキャリアはもうない」と決めつけていたのです。
つまり、これまでマジョリティーの中でキャリアを積んできた自分が突然、マイノリティーになったことで、誰にも言われていないにもかかわらず、自分で自分のキャリアを止めてしまっていたのです。もし、「将来のキャリアどう考えていますか」と言われたら、「もう仕事はいいです」と答えていたと思います。
よくある話ですが、女性社員を「このポジションに推そう」という話になったときに、その社員の上司から「そうしない方がいいかもしれない」という言葉が返ってくることが多いのですね。なぜかと聞くと、「本人が望んでいない」と言うんです。病気になる前は、「本人が望んでいないのなら、(ポジションに推すのは)やめた方がいいね」という考えでいました。
今思えば、女性が上のキャリアを目指さなくなってしまっているのも、周りの雰囲気がそうさせてしまっているのではないかと思うのです。「昇進なんてありえないし、したとしてもつらい」という印象ばかりを与えてしまっていたのではないかと。
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