ビジネスも大学の“知”も国境を越えるのが当たり前の時代にあって、世界で生き抜く人材の「あるべき姿」とは──。日本を代表する世界的な小売業「ユニクロ」の創業者と、 霊長類学者の京都大学総長が次代を担う若者の課題と希望について熱く語り合った。

(写真=大槻 純一)
(写真=大槻 純一)

山極 人材育成とは直接つながらない話かもしれないけど、柳井さんに会ったらぜひ聞きたいと思っていたことがあります。柳井さんは、ファッションって何だと思いますか。私は自己主張だと思うんです。

 人間が生きていく上で必要不可欠な衣食住のうち、「食」と「住」は1人では手に入れにくいものです。しかし「衣」だけは自分で選ぶことができる。自分で選んだものを自分で身に着けることができるわけだから、自己主張につながる。どうでしょう。

柳井 なるほど。確かに社会生活を営む上で、自分はこういう人間だということを表すという意思が衣服にはあると思います。軍服や宗教服は、その最たるものです。欧州の社交場におけるドレスやスーツも同じです。

 その一方で米国では、ジーンズやスポーツウエアといったカジュアルウエアが発達してきた。2つの大きな流れが今のファッションにはありますね。

山極 自分の属するグループによって服を変えることはよくあります。服にこだわるのは、年齢や階層を大事にする人間の文化の表れです。

 でも、最近の研究者の集会とか学会を見ていると、非常にカジュアルな服装が当たり前になっています。昔はスーツにネクタイが主流だったのですが。

柳井 多分それは、研究する人たちが大学の今までの官僚制みたいなものから研究者主体のフラットな社会に移行してきているからじゃないですか。

 先生がおっしゃる通り、確かに服装はその人の属するグループを示すものでした。でも今の人が大事にしているのは、「俺はおまえより上だ」と言った格式とかステータスの表示ではありません。着心地や活動のしやすさ、自分らしさです。社会の変化が服装の変化に表れている。

 米国のシリコンバレーで働く人はほとんどジーンズにTシャツですよ。固定化された社会の中で生きるのではなく、ネットワーク型のフラットな組織で生きている彼らの職業観をとてもよく表していると思います。

 シリコンバレーには、インド人や中国人といった移民が多い。様々な人種が集まる場では、階層がかえって邪魔になるのです。今、世界を動かしているのはそういう人たちです。

山極 面白いですね。グローバルに通用する人材を育む土壌が、服装からも表れているなんて。

 階層がなくなることで、新しいものが生まれると考える文化は京都大学にもあります。最たるものが、学生が教員を「先生」と呼ばない風土。特に理学部と文学部はこの傾向が強いですね。学生は皆、私のことを「山極さん」と呼びます。研究の現場では、教員と学生の関係は対等でありたいという考えの表れでしょう。

柳井 だからノーベル賞受賞者を多数輩出しているのではないですか。先生と呼ぶと、どうしてもコミュニケーションが一方的になりがちで、新しいものが生まれてこないと思います。

山極 生意気な学生もいますけどね。

柳井 進歩するのは若い人ですよ。ピラミッド型の組織、秩序ではなかなか新しいものは生まれないでしょう。

 東京の場合、どうしても政府とか官僚がいるので、そういう雰囲気が生まれにくい。京都の方がシリコンバレーに近い自由さがあります。

山極 それでも私は、だいぶベンチャー精神がなくなってきていると思っています。私の先輩で堀場製作所を起業した堀場雅夫氏は、京大理学部在学中に会社を立ち上げました。もっとそういう人が出ないといけないという危機感を持っています。

 そのためには、失敗しても次のチャンスを与えてくれる仕組みを世の中が作らないと。企業にもそういう仕組みを作ってもらいたいと思っています。それでないと人が育たない。

柳井 新しいことをやろうと思ったらほとんどが失敗ですよ。起業も研究と一緒です。あきらめないで失敗から学習し、将来に生かす。これを繰り返すから成功につながる。

(写真=大槻 純一)
(写真=大槻 純一)

山極 ところが面白いことに、生物の進化の観点からすると、この人間の「あきらめない」という特性はやっかいなのです。私の専門である、ゴリラの生態研究からも明らかになっているのですが、ゴリラやチンパンジーは、うまくいかないことがあるとすぐにあきらめますね。現実を受け入れ、あるがままに生きている。あきらめた方が無駄がないから、本来は効率的です。

柳井 でも進歩できないですよね。

山極 だから人間は動物と違って進歩したのです。時代の流れ、動きというものはなかなか読み取れるものではありません。ばかな試行錯誤が、時代がガラリと変わった途端に、すごく受けてしまったりする。そういう予想できないことが起こるから、人間は進歩できたわけです。

柳井 今の世界、まさにそうですよね。インターネットを通じて、新しい技術が瞬く間に世界に伝わり、それまでの常識が180度変わることが当たり前になってきている。すごいことです。

<b>山極教授は霊長類、特にゴリラやチンパンジーの生態や社会から、人間家族の由来や人間に独特なコミュニケーションの起源などを考察してきた</b>
山極教授は霊長類、特にゴリラやチンパンジーの生態や社会から、人間家族の由来や人間に独特なコミュニケーションの起源などを考察してきた

山極 つい2~3分前にやったことが「YouTube」で皆の目の前にさらされる時代になりましたからね。

柳井 スマートフォンからインターネットを通じてビッグデータにもアクセスできる時代です。個人が、手のひらに収まる端末であらゆる情報を入手し、操作できるようになった。

山極 こうなると、先進国とか途上国とか、関係なくなります。ちょっと前までは、技術的な差があまりにも開きすぎていて、途上国には先進国並みの技術を取り入れたり、産業育成することはできないと言われていました。でも今となっては、日本企業もどんどん国際化して、途上国に支店を作ったり、現地の人々を雇ったりしている。これからの時代、世界中で企業経営しながら、差別なく人を雇用するという方針に転換していかないとやっていけないのではないでしょうか。

柳井 おっしゃる通りです。米国はその点、強いですよね。シリコンバレーでは、経営のトップに多くの中国人やインド人がいます。

山極 確かに。米国人が移民を上手に採用しながら国力を高めていったことは歴史を見ても明らかです。アポロ計画や核兵器の開発も、第2次世界大戦の敗戦国だったドイツの科学者たちを呼んできたわけですから。

文化がぶつかり合い新発想

柳井 アップルの創業者、スティーブ・ジョブズ氏だってもともとはシリア系の人間だし、グーグルの創業者の一人、セルゲイ・ブリン氏だってロシア系の移民です。世界中の英知が集まり、文化と文化がぶつかり合うことで新しい発想が生まれてくるんじゃないかな。

山極 直接は関係ないようなアイデアから、色々なイノベーションが起こってくることはよくあります。iPS細胞も、発生学と医学という、もともとはあまり関係のなかった分野がつながることで生まれたものです。異分野の人たち同士の接触が、イノベーションの大きな原動力なのかもしれません。

(写真=大槻 純一)
(写真=大槻 純一)

柳井 最近私がすごく心配しているのは「日本人が人に使われる人になってしまうのではないか」。ということです。日本人が海外に行くということは、管理職で行くんですよね。異文化の地で人を使う人にならないといけないので、コミュニケーションはもちろん、リーダーシップとか、業務の効率化とかについてよく分かっている人でなければならない。

 ところが、今の若い人はコミュニケーション能力にたけていない人が多いような気がするのです。

<b>ファーストリテイリングは世界の難民に向けて衣類を提供する支援活動をしている。衣類を自ら選ぶ行為自体が自分らしさの回復につながるという</b>
ファーストリテイリングは世界の難民に向けて衣類を提供する支援活動をしている。衣類を自ら選ぶ行為自体が自分らしさの回復につながるという

山極 成長の過程で、チームで遊んだり、仲間と上手に関係を築いたりする経験を育んでこなかったからだと思います。突き詰めると、集団で育児をする習慣が以前に比べて薄れてきたことに由来しているのかもしれません。

 人間はもともと、集団保育をする生き物でした。なぜなら多産だったからです。ゴリラはだいたい4年に1度、チンパンジーは6年に1度しか子供を産みません。生涯に産む子供の数は4頭から6頭が標準です。それが人間の場合、昔は生涯に10~20人も子供を産んでいましたから。

 なぜ多産になったか。安全で豊かな熱帯雨林から人間の祖先が離れたからです。熱帯雨林には高い木があるから夜も安心して寝られます。でも熱帯雨林を離れ、草原で生活するようになると、敵から身を守るためには、限られた安全な場所で皆が集団になって固まって寝るしかなかった。家族だけでは限界なので集団になったのです。

 それでもやっぱり子供は弱いですから敵に食べられてしまいます。高い幼児死亡率に対応すべく、多産になったのだと考えられています。

 一方で、人間の子供は他の哺乳類と比べても成長速度が遅い。なかなか成長しない子供をお父さんお母さんだけで育てるのは限界です。だから集団で子供を育てるようになりました。

柳井 ところが今は少子化だから、集団保育の習慣がなくなってしまったと。

山極 なくなったんです。母親は自分の子供を20歳、30歳まで手元に置いて育てるようになってしまいました。子供は集団、共同体の財産ではなく、自分のものになってしまったわけです。

柳井 大学の入学式や卒業式のみならず、会社の入社式にまで親が来る時代ですからね。子離れできない親が多い。一つの家族だけで子供を育てると、いびつな子供になってしまうのかもしれない。

山極 そうです。外に向かって世界が開かれていないわけですから。親以外の人と接することが少なくなったことで、内向きな人間が増えてしまったのも事実です。インターネットの中のバーチャル空間に向かって行く子供が増えてしまったり。

 人間はもともと、熱帯雨林に住んでいた生き物ですから、突然起こる出来事にも臨機応変に対処できる五感があるはずでした。遠くを見渡せる砂漠とか、草原とかと違って熱帯雨林という空間は全てが隠されていますからね。しかし、生の環境で鍛えた感覚がないと、うまく関係性を構築できない。

「勝つのが面倒くさい」人も

柳井 ある環境の中にいる一人の人間として、自分と他人との距離感をどう作っていけばいいのか考える力がかなり薄れているんじゃないかな。

山極 私たち大人が、競争をうまく演出してやっていないことにも問題があると思っています。勝ちなさい、勝ちなさいと尻をひっぱたいているだけだから、勝ったことによって一体自分がどうなるのか、周囲の喜びをどう引き付けられるのか自覚できない人が多くなっている。結果、「勝つのが面倒くさい」と考える人が出てきてしまったりしています。

 勝ち組ばっかり作っていたら、チームワークはできませんし、リーダーも育ちません。調整役として、自分で少し力を抑えながら、人々にも勝利のチャンスを与えて、チーム全体で勝っていくということを演出できる人が必要です。これをやり遂げるには、いろんな現場を知っていて、かつ交渉力がないとできません。

柳井 チームワークできない人、若い人に多いですよね。自分に与えられた仕事はすごく忠実にこなすのに、周囲の人と一緒に働くことに慣れていない。

 自分のことしか考えていないから、最終的に何を実現するのか目的を持たずに仕事していることになる。これでは作業になってしまっていて、頭を使っていないことになる。

山極 そうですね。マニュアル化しちゃっているんですね。

柳井 「このことはマニュアルに書いていません」と、マニュアルを見て行動する人、うちの会社にも本当に多くて困ってしまいます。マニュアルには最低限のことしか書いていません。そこから自分の五感を使って、その中で解を見つけなきゃいけないのに。何でもマニュアルにしようとしたら、なんぼ書いても書ききれないでしょう。あと、仕事は上司がくれるものだと思っている人が非常に多い。自分で問題や課題を発見し、解決に向けて動くことが苦手なのです。

山極 それは、研究の世界でも同じことがあります。研究室に来た学生が「ところで先生、一体僕に何をやらせてくれるんですか」と言うやつがいる。

柳井 面白いですね。大学の研究室でもそんなのがいるのですか。

賢いだけでなくタフに

(写真=大槻 純一)
(写真=大槻 純一)

山極 世界に通用できる人材はどう育てるべきか考える面白いヒントがあります。学生にアンケート調査をしてみたら、多くの学生が、知識とか技能を身に付けられる場は大学にあると考えている一方、コミュニケーション力、交渉力は大学の外で覚えるものだと捉えていることが明らかになりました。全くその通りだと思います。だから私は京都全体をキャンパス化してしまう「京都・大学キャンパス計画」を進めています。学生はもっと外に出て、いろいろな人たちと会うべきです。企業の皆様に対しても、学生が企業経験や異文化体験を積めるよう、長期のインターンシップをやってもらうようお願いしています。知識や技能を身に付けると同時に、実践力を身に付けないと、社会に出てからつまずいてしまう。学生は賢いだけじゃだめ。タフでないと。

柳井 あと、ナイーブというのは日本ではすごくいい意味で捉えるんですけど、海外だとナイーブでは生きていけないよね。反対に、相手の気持ちが分からない研究者やビジネスマンもだめです。だからそのバランス感覚を経験や交渉によって培っていかないといけない。

 そうやって相手の懐に入り込むと同時に、自分は何が一番強いのか、何に貢献できるのかを考えることができる人が、真のグローバル人材なのではないでしょうか。

山極 私が常日ごろ言っているのは、同じ能力を高めても仕方ないと。それはお互い競い合うだけだから。でもそれぞれが自分の個性を理解し、強みを発揮すればもっと素晴らしいものが生まれてきます。そういうことを理解できる人材を、大学も企業も育てていかなければならないと思っています。

[やまぎわ・じゅいち]1952年東京都生まれ。75年京都大学理学部卒業。80年京都大学大学院理学研究科博士後期課程研究指導認定、退学。京都大学理学博士。(財)日本モンキーセンターリサーチフェロー、京都大学霊長類研究所助手などを経て、2002年京都大学大学院理学研究科教授。2014年10月より現職。
[やない・ただし]1949年山口県生まれ。71年早稲田大学政治経済学部卒業。ジャスコ(現イオン)を経て、72年父の経営する小郡商事(現ファーストリテイリング)に入社。84年にカジュアル衣料品店「ユニクロ」1号店を広島市内に出店する。その後ユニクロは世界17の国と地域に展開、ファーストリテイリングはグローバル企業となった。

(構成=武田 安恵)

(日経ビジネス2016年4月25日号より転載)

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