2017年2月6日、日本マクドナルドは、1月の月次売上を発表した。既存店の売上高は前年同月比12.3%増、客数は11%増、客単価は1.2%増だった。客数の増加は13カ月連続。また、単価は14カ月連続で増えており、ファミリー層の回復や、ドライブスルーの増加が下支えしている。

 2月9日に発表予定の日本マクドナルドホールディングスの2016年12月期の業績は、売上高2250億円、営業利益50億円と3期ぶりの黒字を見込む。

 2016年には、「名前募集バーガー」や限定のトッピングによる「マックの裏メニュー」、森永ミルクキャラメルのシェイクなど、従来にないような商品が相次いで発売され、マーケティングの効果が目立った。ポケモンGOのコラボレーションも話題をさらい、消費者の目には明らかにマクドナルドの露出が増えたように映ったに違いない。

 記者はマクドナルドのマーケティング戦略について、同社のマーケティング責任者である足立光氏に取材する機会を得た。その際のコメントを基に、マクドナルドの施策について振り返る。

 足立氏がマクドナルドに入社したのは、2015年10月だ。当時は、前年の鶏肉の使用期限切れ問題や年初の異物混入騒動の影響で売り上げの減少が続き、2期連続の赤字を見込んでいた。足立氏の目には、当時のマクドナルドはどう映ったのか。

日本マクドナルド上席執行役員でマーケティング本部長を務める足立光氏。一橋大学商学部卒業後に、P&Gジャパン、ブーズ・アレン・ハミルトン、ローランドベルガーを経て、ドイツのヘンケルグループに属するシュワルツコフヘンケルで社長を務める。2007年よりヘンケルジャパン取締役 シュワルツコフ プロフェッショナル事業本部長を兼務し、2011年からはヘンケルのコスメティック事業の北東・東南アジア全体を統括。その後、ワールド執行役員国際本部本部長を経て、2015年10月より現職(写真:陶山勉)
日本マクドナルド上席執行役員でマーケティング本部長を務める足立光氏。一橋大学商学部卒業後に、P&Gジャパン、ブーズ・アレン・ハミルトン、ローランドベルガーを経て、ドイツのヘンケルグループに属するシュワルツコフヘンケルで社長を務める。2007年よりヘンケルジャパン取締役 シュワルツコフ プロフェッショナル事業本部長を兼務し、2011年からはヘンケルのコスメティック事業の北東・東南アジア全体を統括。その後、ワールド執行役員国際本部本部長を経て、2015年10月より現職(写真:陶山勉)

 「チャンスを十分に生かしてないなと思いました。というのも、どんなに事件があって大変だとは言っても、それでも100万人、200万人のお客様が毎日来ているわけです。アプリも2000万近いダウンロードがあります。『Twitter』や『Facebook』のフォロワー数もすごい数があって、知名度も抜群だし消費者にはマクドナルドについて何かしらの思い出があるんです。そんな資産があるわりには、あまり使っていない印象でした」

 「単一ブランドで、必ずお店がある。そうすると店舗体験がブランドの基礎です。そこに、お客様を呼んでくるための何か楽しい仕掛けが必要なわけです。私が入社した時、既に数百店舗の改装が済んでいたので、お客様に来ていただければ、『変わったな』と思ってくれるはずだと。何か変えたというよりも、昔に戻ったという方がおそらく正しいでしょう。そこで、楽しくてわくわく感のあるようなものをばんばんやっています」

 たしかに、2016年は名前募集バーガーやトッピングによる「裏メニュー」などは、顧客参加型の商品でわくわく感を掻き立てるものだった。足立氏は商品の力だけでなく、その「伝え方」に力を注いだという。

 「2015年まで、ツイッターやフェイスブックはすべて一方向からで、プロモーションの発信だけでした。それを今は双方向にして、マクドナルドの公式アカウントがお客さんのツイートにリツイートするようになりました。『ラブ・オーバー・ヘイト』という言葉があります。世の中にいい情報が増えると、ヘイトはなくなる。今はお客さんがメディア化しているので、お客さん自体に広告してもらおうということです」

 「名前募集バーガーには、2週間で500万の応募があったので本当に驚いて、ファンがいっぱいいることがよく分かりました。そこでお客様に必ず話題にしてもらおうと、一生懸命でした」

 ただ、様々なプロモーションの中で、予想通りの成果が上がらなかったものもあった。その差はなんなのか。足立氏が強調するのは「おいしさの発信」だ。

 「2月に出した『てりたま』シリーズで、コマーシャルはぺことりゅうちぇるさんが歌ったんですが、おいしさに直接つながる内容ではなかった。商品のおいしさやマクドナルド自体の楽しさにつながらないと、あまり意味がないと分かりました。そこで、それ以降のキャンペーンはおいしさにつながるメッセージを込めています」

 「てりたま、月見バーガー、グラコロ、チキンタツタなど定番の期間限定商品の開発が一番難しい。変えるとそのファンが離れてしまう。しかし我々は、売り上げを高くする必要があり、普通のことをやっても新しい人が来てくれないわけです。そこで2つの施策を考えました。まず、強い期間限定商品を一緒に出す。例えば月見バーガーの時に『満月チーズ月見』を出しました。もう一つが、全体をグレードアップするという対策です。グラコロはおいしさを残したままもっとおいしくなりました、と。これはマーケティング的には特殊なことではないんですけど」

おいしさをきちんと伝える

 2016年のマクドナルドでは「BurgerLove」という標語で、ハンバーガーの魅力を伝えるプロモーションを展開していた。この根底にあるのもおいしさだ。足立氏はそれについて、当たり前のことができていなかったという反省を語る。

 「我々はハンバーガー屋にもかかわらず、『うちのハンバーガーはおいしいんです』というアピールがあまりなかった。そこで『BurgerLove』という名の下に、どんどん発信するようにしました。例えば、『dancyu』『食べログ』とか、おいしいものを探す方が見る媒体に結構出るようになりました。新製品はどういう背景で生まれたのか、自社のサイトでもきちんと発信するようになりました。おいしさを売る商売なので、そのためにはおいしいことをちゃんと継続的に語ろうと」

 マクドナルドは、マーケティング力の強い企業で知られる。かつて社長兼CEO(最高経営責任者)を務めた原田泳幸氏は、マーケティングの手腕に定評があった。だが、ここ数年は抜かりのない戦略で進んできたわけではなかったようだ。

 「私は10年間で9人目のマーケティング担当のはずです。それでは一貫した施策はできませんよね。あと、この数年は会社は受け身だったかもしれません。ビジネスが落ちていくとき、問題を修正しようとするけれど、おいしさとか基本的な話は聞かれなくなる。そういう部分で手を抜いていたかもしれないですね。この数年、楽しいニュースは圧倒的に少なかったと思います」

 「お客様に来ていただいても、店舗がきれいじゃなかったら全然意味がありません。ですが今は、顧客に対する調査でもスコアが上がっていて、店舗でよい体験をされた方がまた来ていただけるというサイクルになっています。我々は『Fun place to go』(マクドナルドに行けば何か楽しいことがある)を大事にしています。Fun placeだと思ってもらうのがマーケティングで、来てもらって体験するのが店舗なんですね。なのでマーケティングと店舗体験の両方が大切だと思います」

 マクドナルドのマーケティング施策として印象的だったのは、2016年7月に始めた携帯ゲームアプリ「ポケモンGO」とのコラボレーションだ。配信と同時のコラボは世界初で話題を集めた。

 「手掛けられたのは、偶然の重なりでした。もともとポケモンさんとは『ハッピーセット』でお付き合いがあり、3月に挨拶にいったのです。そこで『こんなのがあります』とポケモンGOを教えていただき、すぐにやりたいと思いました。私は、ポケモンGOと同じように位置情報システムを活用しているゲーム『イングレス』のユーザーで、あの世界観や日本での成功を知っていました。それにポケモンなら多くの人で説明もいらずに遊べると。あと、開発責任者がかつての部下なんです」

 「最初は社内の理解を得られませんでしたが、お願いしてやらせてもらいました。ふたを開けたらコラボの相手は世界中で我々だけだったので、ラッキーでした。確かにゲームが分からなかったら、最初にコラボしようとは思わなかったかもしれません」

店舗の変化との相乗効果が生まれた

 マクドナルドの商品やプロモーションは、世界的な標準のもとで展開されている。国や地域ごとの施策は認められているが、完全に自由ではなく受け身になる部分は否めない。そうした環境の中で、足立氏は最近の変化を感じている。

 「商品のパッケージなど、いわゆるマクドナルドの基準から外れていても認めてもらえる風土があって、思ったよりもアクレッシブにチャレンジする会社であるという発見がありました」

 「この数年、社内はみな『安全なことをやろう』と思っていたでしょう。新しいことや面白いことに対して『うーん』という感じがあったと思います。しかし1~2月に展開したポテトにチョコレートをかけた商品や名前募集バーガーなどがうまくいって、発想の幅が広がったのでしょう。ここまでやってもいいんだと」

 店舗では好循環が生まれ、さらに、下平篤雄副社長兼COO(最高執行責任者)のもとで進められてきた改革と重なって、客数の増加につながるようになった。

 「お店はとてもいい雰囲気だと認識しています。店内も明るくなり、サービスレベルも上がってきて、うまく回りつつあります。我々がどんなに楽しいと言っても、大事なのはお店での実体験です。顧客への調査で、鶏肉事件の前後でお客様からクルーへの尊敬や好感度は変わりませんでした。つまり、彼らがお客様を何とかつなぎ止めてくれたという感じが僕の中にあります」

 「多くの社員は私よりも長い間会社にいて、思い入れを持って働いている人が多い。そういう方々が本当にブランドのベースになっていると思います。ちなみに社員満足度調査で、『この会社で働くことに誇りを持っていますか』という質問に社員の9割以上が『はい』と答えているんです。私はそんな会社は見たことがありません」

もっと他の企業とコラボしたい

 2017年に入り、マクドナルドは新年度を迎えた。既にコーヒーの豆の改良や、定番商品の人気投票などを行っている。今年はどのような施策を繰り出す予定なのだろうか。外食業界は低価格志向が鮮明になり、マクドナルドをはじめとするファストフードが堅調だ。だが、コンビニエンスストアとの競争はまずます激化している。

 「やりたいことは3つぐらいあります。まずプロモーションは、話題も含めてまだまだ面白くできると思っています。2つ目は、メニュー。2016年にレギュラーメニューはあまりいじらなかったんです。おいしさと言っていたわりには期間限定品で訴求していたので、もっとレギュラーメニュー自体をおいしくしたいと思っています」

 「私は、みながマクドナルドに持つ感情って1つだと思っています。それは一種の“背徳感”です。要は夜中のラーメンと一緒で、おいしさがないと“背徳”の意味がない。おいしいから食べちゃったという。そのためにはおいしさなんです。おいしくなくてカロリーが低いものとか出しても、興味を持たれないでしょう」

 「3つ目は、2016年にコラボの威力がよく分かったのでもっと進めていきたいと思っています。JAFさんとか、エクソンモービルさんともいろいろやっています。コラボ先からも発信していただけるので、普段我々がリーチしていない人たちにも情報が届きます。森永製菓さんなど、しっかりした会社と組むと我々の信頼も上がります。ですから一石三鳥のイメージを持っています」

 「森永ミルクキャラメルとのコラボのシェイクでは、コマーシャルがかなり思い切った内容でしたが、大丈夫でした。マクドナルドは『Fun place to go』なので、いたずらっ子のような…、ちょっと面白いという、それがあるとマクドナルドらしいと思うんですよね」

 「外食業界を語れるほど、僕は業界を知らないんです。ただ、外食の敵はやっぱり自炊。そういう意味では外食同士がもうちょっと色々一緒にやった方がいいかなと思っています。もしかしたら2017年、うちも含む外食同士のコラボがあるかもしれません」

 外食同士のコラボレーション──。これまで「モスバーガー」と「ミスタードーナツ」がコラボ商品や併設店舗を出店するといった動きはあったが、外食企業は互いにライバル。限られた顧客を奪い合うため、どこもコーヒーを強化したり、「ちょい飲み」でアルコール需要を取り込んだりと、業態の垣根を越えてサービスや商品を展開してきた。そんな中で、マクドナルドがどのようなコラボをするのか。それこそ、外食業界の歴史に残るものになるかもしれない。個人的には同じファストフード同士のコラボを見てみたい。

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