“友達に話す”ように世界の出来事を発信する:Z世代向けニュースレター「The Cramm」を創設した16歳の頭のなか

Z世代によるZ世代のためのニュースレター「The Cramm」。ひとりの少女が2016年の米大統領選をきっかけに始めたこのメディアは、いまや500人超からなるチームによって運営され、世界100カ国以上の読者に愛読されるようになった。既存メディアとは違うThe Crammの魅力は何か。それを探るべく、創設者のオリヴィア・セルツァーに話を訊いた。
“友達に話す”ように世界の出来事を発信する:Z世代向けニュースレター「The Cramm」を創設した16歳の頭のなか
『The Cramm』の創設者、オリヴィア・セルツァー。カリフォルニア在住の16歳だ。PHOTOGRAPH BY THE CRAMM

毎朝5時。16歳のオリヴィア・セルツァーは、パソコンに向かってメールを書き始める。タイトルは「The Cramm」。Z世代によるZ世代に向けたニュースレターである。

「Giving you the cheatsheet to the world」(世界へのチートシートをあなたに)というタグラインにふさわしく、このニュースレターではThe Crammが世界中からピックアップした注目のニュースが端的にわかりやすく解説されている(それゆえ、日々のニュースを追えていなかった40代、50代にも愛読者がいる)。取り上げられる話題も、新型コロナウイルス感染症からTikTokの安全問題、ボリビアの不正選挙問題と多様だ。

今年で設立4年目を迎えるThe Crammだが、その成長は著しい。日々のニュースレターに、Instagramやウェブサイト、ポッドキャストなどを合わせると、月間PVは250万にのぼり、ニュースレターの読者は世界103カ国に広がっている。

2016年の大統領選が生んだ転換

The Cramm創設のきっかけは、2016年の大統領選挙で政治が身近な話題となったことだった。

もともと家族で夕食を囲みながら、その日のニュースについて議論することが多かったが、同級生たちと政治について話すことはなかったとセルツァーは話す。だが、トランプ現大統領が選挙キャンペーンの柱として滞在許可証をもたない移民の強制送還を掲げると、それが変わった。

「わたしが通う中学には、親が滞在許可証をもっていない生徒も多く、みんな自分の親が強制送還されてしまったらどうしようと話していました。突然、遠い世界の出来事が日常に変わったんです」と、セルツァーは話す。

首都ワシントンD.C.で白人男性たちが議論していることは、自分たちの人生に直接影響することなのだ。そう気づいた生徒たちが、再び政治に無関心になることはなかったという。それ以来セルツァーと友人たちは、トランプが掲げる公約のみならず、広く政治に関する会話をするようになったという。「大統領選挙は、多くの人にとってポリティカル・アウェアネス(政治への気付き)の瞬間でした」と、セルツァーは振り返る。

問題は、議論のためにニュースを読もうと思っても、Z世代のセルツァーたちが魅力的と感じられるニュースメディアがないことだった。既存のニュースサイトは上の世代向けのものだったり、そもそも前提知識があることを想定して書かれていたりと、文脈上の障壁があったという。

そこで、当時13歳だったセルツァーは、自分と同じ世代の人々に向けて自らニュースレターを書いて発信し始めた。これがThe Crammの始まりである。

「アクティヴィズム重視」なZ世代

セルツァーがたったひとりで始めたThe Crammも、いまでは世界各国にいる500人のスタッフによって支えられている。「The Crammers」と呼ばれるこのボランティアスタッフたちは、それぞれの得意分野に応じて4つのグループに分かれ、The Crammを多角的に運営する。その全員がZ世代だ。

なかでも、40人ほどのメンバーからなるエディトリアルチームは、自分がその日に注目したニュースをセルツァーに送るという重要な役割を担う。これが、The Crammに多様なトピックが登場する理由である。

「わたし個人の意見や信条だけを発信するニュースレターにはしたくないんです。カリフォルニア在住の白人の女の子を代表するニュースレターではなく、あらゆるバックグラウンドをもつ世界中のZ世代が、それぞれ大切だと思うことを発信できるものであってほしいんです」

とはいえ、どれを掲載するかの最終判断を下すのはセルツァーひとりだ。彼女は毎日送られてくる数十の見出しに目を通し、どのニュースを伝えるかを決定する。

そのとき大切にしている基準がふたつあると、彼女は教えてくれた。ひとつめは、Z世代がほかの世代との会話にもついていけるよう、従来のメディアでトップニュースになるような話題は外さないこと。ふたつめは、従来のメディアが大々的に報道することはないが、Z世代が注目しているニュースはきちんと取り上げることだ。

ニュースレターの原稿を書く際も、セルツァーは同世代の目線を忘れない。例えば、前提知識をもたないZ世代の読者にも正確に情報が伝わるよう、いま起きている出来事だけでなく、その背景となる以前の出来事についても触れるといった気遣いもそのひとつだ。

だからといって、いわゆる「子ども向け」に記事を書くようなことはしない。「Z世代も、ほかの世代と同じようなトーンと深さのある記事を求めているんです。The Crammでは友人に話すような書き方を心がけています」と、セルツァーは言う。

Z世代とほかの世代では、ニュースの見方も違うのだろうか? そう尋ねると、セルツァーは「これは私の意見ですし、ほかの世代のことはわかりませんが」と慎重に前置きしたうえで、Z世代は特に「アクティヴィズム重視」なのではないかと答えた。

「Z世代はニュースを読み聞きしたり、世界の状況について考える時、『何が起きていて、どこに問題があって、どうすればそれを解決できるのか』に注目している気がします。もしかしたら、気候変動の問題に長く触れてきた世代だからかもしれません。既存のシステムに問題があるなら根本から変えるべきだという、アナリティカルな見方で物事を捉えているように思います」

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2020年の大統領選挙に際して、The Crammは米国のファッションブランド「Hollister Co.」とのコラボレーションのもと、選挙に関する情報をニュースレターやウェブサイト、ソーシャルメディアで発信している。

アクティヴィズムの入り口として

昔から、思いついたらすぐに行動に移せるタイプの人間だったとセルツァーは言う。5歳のときには地元のファーマーズマーケットで募金活動をし、小学5年生のときには400ページの物語も書き上げた。

同じく小学5年生のときには「世界中の子どもをつなげたい」という願いから、友人と一緒に「Donate a Story」という団体を立ち上げ、小学生たちから募ったオリジナルの物語や絵を本にして自費出版している。本はウガンダの孤児院にも寄付されたという。「『大人になったらこれをしたい、なんて待っていてはいけない』と親に言われて育ちました。The Crammもそういう活動の延長線上にあるんです」

The Crammを始めてからの数年で、間違いなく変化は起きているとセルツァーは話す。The Cramm創設の翌年に米国で盛んになった銃規制を求めるデモや、気候変動への対策を求める「未来のための金曜日(Friday for Future)」といった数々のアクティヴィズムを通じて、多くの人が政治に興味をもち始めたからだ。そして、セルツァーが「The Crammはニュースやアクティヴィズムの入り口になっています」と話すとおり、このニュースレターはそんなポリティカル・アウェアネスの時代にこそ求められるメディアだと言える。

2020年、米国は4年前にThe Cramm創設のきっかけとなった大統領選挙を再び控えている。この重要な局面に際し、The Crammは米国のファッションブランド「Hollister Co.」とのコラボレーションのもと、州別の投票方法選挙用語辞典といったコンテンツを展開し、Z世代たちに選挙へ行こうと呼びかけている。こうしたコンテンツを通じ、この数年でさらに高まったZ世代たちの政治や世界の出来事への関心は、行動へとつながっていくのだろう。

現在、Z世代向けにここ100年の間で起きた重大な出来事を解説する本を執筆中だというセルツァー。これからのThe Crammの目標を尋ねると、「将来的には、24時間ニュースを発信するニュースサイトをつくりたい」と答えた。「動画をもっと取り入れたニュースサイトです。それでも、世界中のZ世代によるZ世代向けたメディアという点は変わりません」


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TEXT BY ASUKA KAWANABE