真正面から取り組んだバイク
ノスタルジックなスタイリングをまとった、20世紀末の日本におけるベーシック・バイクともいうべきヤマハ「SR400」が、登場から43年を経てついに今年、その歴史に終止符を打つ。
それと入れ替わるように、SRと同様、空冷・単気筒・アンダー400cc・ネイキッドというキーワードを揃えた「GB350」がホンダから発売された。
登場前からそのニュースを先行して報道するメディアは「SRの再来か!」と騒ぎたてた。販売終了のうわさからちょっとしたブームをよび、昨年の251〜400ccクラスで販売台数2位となったSRの「市場をホンダが奪いにきた」という見方すらあった。
しかし、GB350の実車を見て、走らせて感じたのは、ホンダが“2020年代の日本”におけるベーシック・バイクをつくる、という目標に、真正面から取り組んでいることだった。
低価格を実現出来たワケ
SR400のクラシカルさの再現を願ってGB350に出会ったひとは、もしかしたら「期待はずれかも……」と、思うかもしれない。エンジン本体、鋼管製フレームの構造や溶接、あるいはヘッドライトやステップのステーを含むさまざまな鋳物のつくりなど、あらゆる部分において、よく見るとGBは2020年代的で、1970年代の名残があるSRとは異なるからだ。
細部をみれば現代的で合理的なわりに、クロームメッキがほどこされた部品が多く、タンクやサイドカバー、シートのデザインなどは微妙にレトロ風だ。そのまま飾って眺めたいような美しさは持ち合わせていない。ホンダとしては「オーナーの好みに応じていかようにもカスタマイズしてくれればいい」と、考えているそうだ。
環境性能や安全対応上の理由から引退を余儀なくされたSRに対し、GBの単気筒エンジンは完全に新設計されたもので、41km/リッターという低燃費を示す。トラクション・コントロール・システムやABS(アンチロック・ブレーキ・システム)が搭載され、エンジン始動もキック式のSRとは違って、セルフスターターが担う。
そうした充実装備でも55万円〜という低価格を実現できたのは、インドでもほぼおなじ仕様でつくるグローバルな量産体制に負うところが大きい。日本向けはインドと日本で調達した部品を、熊本工場で生産したフレームに搭載する。
5段マニュアル・トランスミッションには、昔懐かしいシーソー式のペダルが装着されている。前を踏めばダウン、後ろを踏めばアップという方式だ。いわゆるスポーツバイクでは、左足のつま先の上下で操るリターン式シフトが常識であるが、「スーツに革靴でも気にせず乗れるように」と、そもそもインド向けとして設計した仕様を日本向けにもあえて残したのだという。
ほのぼのとしたバイク
これらの装備からもわかるように、ホンダがGBで目標としたのは、誰でもどんな状況でも安心して走らせられる手軽さである。
エンジンの最高出力は20psにすぎないから、手首を握りかえて目一杯スロットルをひねっても、目覚ましいほどのパワーは得られない。ただし、3000rpmで29Nmを発生する低回転重視の設計ゆえ、20psという数字から想像するほど遅くない。
6000rpmのトップエンドまで、爆発が定期的に繰り返されていることを感じさせる単気筒らしいパルスが続くことは、ホンダの技術陣がこだわったポイントだという。このために、超ロングストローク型のシリンダー設計や、そのデメリットを補うための密閉式クランクケースおよびオフセットシリンダーの採用により摩擦ロスの低減が図られた。
ハンドリングは650や1100といったCB一族と共通の、体重の移動に応じて素直に曲がる特性だ。タイヤもリアは丸みを帯びたスポーツ系のものが装着されているものの、ワインディングロードで格闘するほどのスピードはなかなか出ない。
撮影を終えて田舎道をしばらくさまよううち、GBと筆者は海岸線へ出た。細い農道から急に視界が開けて、水平線と青空の美しさに目を奪われる。
そんなのんびりしたシーンで、小気味よく脈動する空冷単気筒エンジンのパルスと、多少よそ見をして他のことを考えていたとしてもエンジンストールの心配がないボトムエンド・トルク、そして、適度にゆったりして快適さと路面情報の把握を両立したサスペンションといった美点が、一気にシンクロして輝きだした。
クラッチはとても軽く、ハンドルの切れ角は大きくて小まわりがきき、車両重量は180kgと軽い。燃料タンク容量もこのクラスとしては大きな15リッターにおよぶため航続距離が長い。大きなバイクだと気を遣って旅先への往復だけでくたびれてしまうこともあるが、GB350なら気楽に寄り道を楽しめそうだ。
こんなにほのぼのとした気軽なバイクのあるライフスタイルって、実はなかなかいいんじゃないか? と、思った。
これまで、単気筒エンジン車は高回転域で手が痺れるから、ツーリングに向いていない、と、思っていたが、GB350ではバランスシャフトをふたつ配置することにより、単気筒エンジン車につきものの振動が封じ込めてられていることも記しておきたい。
空冷シングルのベーシック・バイクを新規投入することで、ホンダの根幹を支えるモーターサイクルの需要を少しでも拡大したいという意欲が、GB350の随所にあらわれている。
文・田中誠司 写真・安井宏充(Weekend.)