シマオ:連載「佐藤優のお悩み哲学相談」、今週もリスナーの皆さんからのお悩みにお答えしていきたいと思います。と、その前にお知らせしたいことがありまして。
佐藤さん:何でしょうか?
シマオ:第1回の放送で相談のお便りをくださったYukaさん、覚えてらっしゃいますか?
佐藤さん:もちろんです。パニック障害についてのご相談をくださった方ですね。
シマオ:実は、記事掲載後にまたお便りをいただいたんです。佐藤さんのアドバイスを受けて、実際に精神科病院に通われ始めたとのことです。
佐藤さん:そうでしたか。少しでもお役に立てたなら幸いです。快方に向かうことをお祈り申し上げます。
シマオ:そうですね。お便りありがとうございました! さて、今回のお悩みですが、30代後半の女性会社員の方からいただきました。
会議などで新しいアイデアが発案されたとき、周りが「やろうやろう」と盛り上がっているのに慎重論を言うと、流れに水を差すようで躊躇してしまいます。ネガティブシンカーというレッテルを貼られそうなのも嫌で黙っていることが多いのですが、結果として微妙なものがリリースされていくことにもモヤモヤしてしまいます。職業人として、ちゃんと反対意見も言うべきなのでしょうか?
(テキン 35-39歳 女性 会社員)
日本企業の体質は旧軍時代から変わらない?
シマオ:テキンさん、ありがとうございます。たしかに、会議で反対意見って出しづらいですよね。先輩の提案とかだと特に……。あとで、その人に恨まれてもイヤですし。佐藤さんは、そんなこと気にせずご自身の意見をズバッと言われるんでしょうね。
佐藤さん:そのように思われがちですが、私からのアドバイスは次のようになります。テキンさんが懸念されているように、もし部署の空気を悪くして浮いてしまう危険性があるなら、それは絶対に避けるべきでしょう。
シマオ:え、そうなんですか? 意外です。
佐藤さん:日本の組織文化は、昔から声の大きい者が勝つ。「やっちゃえ」とけしかける人たちの意見が通って、それが失敗しても誰も責任を取らない。そして少数の反対派は政治的に排除される。このことは、先の戦争におけるあり方を見れば分かります。
シマオ:なるほど。でも、さすがに太平洋戦争の頃と今では違うんじゃないでしょうか?
佐藤さん:基本的には変わっていないというのが、私の認識です。もちろん、時代の変化もありますし、軍隊と企業ではやり方そのものは違います。しかし、その根本にある組織文化は、戦時中の軍隊と今の日本企業でなんら変わっていません。もっといえば、ITのベンチャー企業だって同じなんです。
シマオ:えっ。ベンチャー企業は、風通しがよさそうな気がしますけど。
佐藤さん:むしろ、ベンチャーこそ推進力が命ですから、余計に水を差すようなことは言いにくいはずです。人が少ないからこそ、「なんで私の意見にケチをつけるのか?」となりがちなんです。
シマオ:浮いてしまうくらいなら、黙っていたほうがいい、と。すると、テキンさんのモヤモヤは解消できないということになるんでしょうか?
キーパーソンとの信頼関係構築がキモ
佐藤さん:反対意見を言っても孤立しないために、一つよいやり方があります。
シマオ:何でしょう?
佐藤さん:その部署やチームのキーパーソンと信頼関係を構築できている場合は、その人に直接伝えるのです。
シマオ:キーパーソンとは具体的には誰でしょうか?
佐藤さん:チームリーダーや「長」のつく人、つまり意思決定者です。ただし、安易に会議の場などで伝えることは避けるべきです。
シマオ:では、どうすれば?
佐藤さん:キーパーソンと「サシ」つまり1対1で話すことです。例えば「会議の時は水を差すようで黙っていたんですけど、この案件にはこういったリスクがあるように思えます。それをどのように考えていますか?」などと指摘する。
シマオ:ふむふむ。
佐藤さん:そうすれば、チームリーダーなら、その意見を会議でも発言してみてくれと言うかもしれませんし、自分で提案者に直接確認するかもしれません。要は、公の場で反対意見を出すというよりは、コンサル的な立ち位置につくのです。その上で、リーダーがやると判断したなら、組織である以上、仕方ありません。企画を実現するために全力を尽くします。
シマオ:なるほど。そうすれば、案を出した人から個人的にうらまれる可能性も低くなりますね。でも、そういうキーパーソンとの関係がない場合は、どうしたらいいんでしょうか?
佐藤さん:その場合は、テキンさんには組織の意思決定に関わるだけの立場や力がまだない、ということになりますね。テキンさんはこのような相談をするということは、やる気にあふれる方でしょう。もしそう感じているなら、まずはキーパーソンとの関係構築に努めることをおすすめします。
シマオ:ちなみに、関係構築って、どのようにしたらいいんでしょう……?
佐藤さん:それは、そのリーダーが何を求めているかによります。リーダーは上の地位に行きたいのか、自分の成果を上げて起業でもしたいと思っているのか、あるいはひたすら「いいもの」を作りたい職人肌なのか……。性格によって、対応も変わってきます。
シマオ:それを感じ取ることが大事なんですね。
佐藤さん:上に行きたいリーダーなら、「あなたに上の地位に行ってもらいたいから、指摘しているんです。上に行ったあかつきには、私も引き上げてくださいね」と。
シマオ:お主もワルよのう……(笑)
佐藤さん:その意味では、職人肌の人がいちばん関係を築くのは難しいかもしれません。とはいえ、いちばん多いのはやはり上に行きたい人でしょうね。そのリーダーの志向とずれないように相談すれば、上の人というのは喜ぶものですよ。
「火中の栗」と「やきもち」に注意
シマオ:ちなみに、意見が対立してしまった相手が、そのリーダーだった場合はどうしましょう?
佐藤さん:それは対抗しても仕方がないです。どうしても嫌なら、チームを変えるしかありません。
シマオ:やっぱりそうなんですか……。
佐藤さん:「登竜門」という言葉は、急流の滝を登り切った鯉は龍になれるという故事からできたものですが、現実に龍は存在しない。なぜなら、鯉は滝を登れないからです。組織の中で上司に逆らうのは、不可能だと割り切っておくことが大切です。
シマオ:テキンさんの会社では、「結果として微妙なものがリリース」されてしまっているようですが、そういった自分がダメだと思っているプロジェクトの責任者を任されてしまった場合は、どうすればよいのでしょうか。いわば「火中の栗」を拾わなければいけないときです。
佐藤さん:火中の栗であっても、爆発しなければいい訳です。そもそも、ビジネスはある程度、火中の栗を拾うリスクを負わなければ勝てない場面があるものです。その上で、栗が今どの状態にあるかを見極めることが大切です。
シマオ:焼けた栗がおいしい場合だってありますものね!
佐藤さん:一方で、失敗リスクが高い場合は思い切って声を上げることも大切ですが、これは非常に難しい。なぜなら、これまでの投資が「埋没(サンク)コスト」になるからです。
シマオ:埋没コスト?
佐藤さん:例えば、あるプロジェクトの準備に莫大なお金を使っているとします。すると、そのプロジェクトが失敗する可能性が高く、失敗すればもっとたくさんの損を出すと分かっていても「ここまでやったんだから」とやめられなくなる。それは、途中でやめたとしても、これまでのコストは返ってこないからです。
シマオ:なんだか、今の日本のさまざまなことが当てはまるような……。
佐藤さん:一つ、テキンさんのような方には注意してほしいことがあります。それは、自分が良くないと思っている感情が、嫉妬からくるものではないかどうかということです。
シマオ:どういうことですか?
佐藤さん:人間はやきもちを焼くものです。デキる人が会議でいい案を出したり、プレゼンをしたりするのを見て嫉妬してしまい、それを否定したくなることがある。
シマオ:たしかに、出世競争などで焦るとそういう気分になってしまいそうです。
佐藤さん:もちろん、テキンさんはそうではないと思いますが、一般論として常に反省してみることが大切です。嫉妬から出た反対意見をリーダーに伝えれば、それは陰口にすぎません。
シマオ:最後に、テキンさんのような方におすすめの本などはありますでしょうか?
佐藤さん:日本の組織文化を知るのにおすすめしたいのが、先日亡くなった半藤一利さんが編者の『なぜ必敗の戦争を始めたのか 陸軍エリート将校反省会議』という本です。
シマオ:いまスマホでググってみたら、元陸軍将校の人たちの座談会を収録したものだと書いてありますね。
佐藤さん:これを読むと、当時の陸軍の中でも勇ましい、声の大きい人物の意見が通ったり、上の人との意思疎通がうまくいかなかったりすることで、いつの間にか「開戦」以外に選択肢がなくなってしまった経緯が理解できます。
シマオ:大きな組織の中で、正しい意思決定をするのは難しいんですね。
佐藤さん:軍事の話とビジネスの話は非常に親和性が高いです。どちらも、組織を動かして「勝つ」ということが至上命題ですからね。
シマオ:たしかに。
佐藤さん:慶應義塾大学商学部教授である菊澤研宗さんの『組織の不条理』もおすすめです。旧日本軍の失敗を「取引コスト理論」や「エージェンシー理論」など現代の経済学・経営学の分析手法を使って読み解いていますので、仕事をする上で参考になるのではないでしょうか。
シマオ:佐藤さん、2冊のご紹介もありがとうございます。という訳でテキンさん、モヤモヤを解消できそうでしょうか?
「佐藤優のお悩み哲学相談」、そろそろお別れのお時間です。引き続き皆さんからのお悩みを募集していますので、こちらのページからどしどしお寄せください! 私生活のお悩み、仕事のお悩み、何でも構いません。それではまた!
※この記事は2021年4月23日初出です。
佐藤優:1960年東京都生まれ。作家、元外務省主任分析官。85年、同志社大学大学院神学研究科修了。外務省に入省し、在ロシア連邦日本国大使館に勤務。その後、本省国際情報局分析第一課で、主任分析官として対ロシア外交の最前線で活躍。2002年、背任と偽計業務妨害容疑で逮捕、起訴され、09年6月有罪確定。2013年6月に執行猶予期間を満了し、刑の言い渡しが効力を失った。現在は執筆や講演、寄稿などを通して積極的な言論活動を展開している。