マスクの次は? 欧州で広がる生活習慣の「アジア化」
欧州では厳しい冬が続いている。英政府は20日から、新型コロナウイルスの感染再拡大を受け、ロンドンなど英南東部に厳しい規制を導入した。同日から2週間はスーパーなどを除く店舗の営業を禁止し、人々の外出を制限する。クリスマス期間に予定していた一時的な規制緩和措置も取り下げた。
これらの地域では、新型コロナの変異種が広がっている。英国のジョンソン首相は記者会見で、「古い型よりも最大70%感染力が高いとみられる」と語った。変異種が死亡率を高めるという証拠はないという。
欧州では多くの国がロックダウン(都市封鎖)を導入し、感染拡大のピークを過ぎた国もあるが、1日当たりの新規感染者数が高止まりしている国もある。ドイツは16日から2021年1月10日までほとんどの商店を閉鎖し、イタリアは年末年始の外出を制限する。
新型コロナ対策が長期化する欧州では、自主的に生活習慣を見直す人が増えている。典型例がマスクの着用だ。これまで欧州の街中ではほとんど見かけなかったが、今や義務化されていない場所でもマスクを着用している人は多い。
他にも新型コロナの感染拡大を契機に、西欧で特徴的だった生活習慣が変わりつつある。異変は足元から起きていた。
「正直に言うと、コロナが怖かったからだ」――。ロンドン在住のローラ・ジョンソンさんは、新型コロナの感染拡大以降、家の中に入るときに靴を脱ぐようになった。その理由をこう語った。
それまでジョンソンさんは、外で履いていた靴のまま家の中に上がり、トイレに入った後もそのまま室内で生活していた。靴を脱ぐのは、寝室に入ってパジャマに着替えるとき。周囲の友人知人も同じようなライフスタイルで、以前は特に疑問を感じていなかったという。
だが、新型コロナの感染拡大が意識を大きく変えた。英国では3月以降に急速に感染が広がり、死者も増加。ジョンソンさんは、「感染リスクをできるだけ下げたい」と考え、生活習慣を見直した。もちろん手洗いやマスク着用は励行している。ただ、気になることがあった。外で履いていた靴は衛生的なのかという点だ。
いろいろなところを歩き回った後の靴は、新型コロナウイルスが付着しているかもしれないし、そもそも衛生的ではないのではないか。自ら長年の生活習慣に別れを告げ、春以降は家の中で靴を脱ぐようになった。
「靴を脱がないと家に入れないよ」
靴を履かない新しい生活は思いの外、快適だった。今はお気に入りのスリッパを履いて生活しているという。友人には「靴を脱がないと家に入れないよ」と伝えており、土足厳禁を徹底している。
英国で暮らしていると、靴を脱ぐ習慣がないことを思い知らされる場面が多い。来客があると、室内に入る前に必ず靴を脱ぐように促さなければならない。修理事業者の中には、「器具が落ちて足をけがする可能性がある」という理由で、靴を履いたまま家に入る人もいる。そもそも玄関がない家が多く、出入り口付近に脱いだ靴を置くスペースがない。
以前から英国でも土足厳禁とする家は増えていたが、新型コロナの流行でその傾向に拍車がかかっているようだ。英南西部の都市プリマス近郊在住のセーラ・スカーレットさんも、土足厳禁に切り替えた英国人の1人だ。
以前は寝室に入るまで靴を履いて生活していたが、新型コロナの感染拡大をきっかけに靴を脱ぐようになった。「靴を頻繁に脱いだり履いたりするのは面倒。でも、その方が衛生的だから生活習慣を切り替えた」と話す。
スカーレットさんは、「メディアや知人から家で靴を履いたまま生活するのは、コロナ感染リスクがあるという話を聞いた」という。確かに、そのような報道はあったが、科学的な検証はなされていないようだ。ただ、多くの人ができるだけ衛生的な生活を心がける中で、家では靴を脱いで生活するようになっている。
コロナ前から靴を脱いでいたというジェームズ・バランタインさんは、「家の中を土足厳禁にした人は絶対に増えた」と話す。アイルランド人のエマ・フーリハンさんは、「家の中で靴を脱ぐことがコロナ前はマナーだったが、コロナ後は責任になったと思う」と指摘する。
個人差はあるものの、一般的に英国やアイルランド、フランス、スペイン、イタリア、ベルギーなどでは家の中で靴を脱がない人が多いといわれている。寝室でも靴を履いている人は少ないが、リビングなどで履いたままの人は多い。英国だけでなくこれらの国で、靴を脱いで生活する人が増えている。ちなみに、ドイツや北欧、東欧ではもともと家の中で靴を脱ぐ人が多いという。
マクロン仏大統領のぎこちないお辞儀
家の中で靴を脱ぐことは、日本をはじめとするアジアでは一般的な生活習慣だ。欧州ではその他にも、生活習慣の「アジア化」が広がっている。その1つが、お辞儀だ。日本やアジアの一部ではあいさつの際に、腰をかがめてお辞儀をする。欧州では宗教上の儀式や式典でお辞儀をすることはあるが、普段の生活やビジネスのあいさつでお辞儀をすることはほとんどいない。
欧州で一般的なあいさつは、握手や抱擁だ。特にフランスでは相手の頬と自分の頬を重ねて、口でキスの音を鳴らす「ビズ」と呼ばれるあいさつの習慣がある。こうしたあいさつは、人同士が密着し感染リスクが高いとされ、回避される動きが広がっている。
代替手段として、肘と肘を軽くぶつけたり、「グータッチ」のように拳同士を合わせたりするあいさつが試されているが、その1つとしてお辞儀がある。これまで日本人同士が交わすようなお辞儀によるあいさつは奇異に見られていたが、欧州の人々の間でも試され始めている。
象徴的な場面があった。6月に英国を訪問したフランスのマクロン大統領は、英首相官邸の前で英国のジョンソン首相と対面した際に、お辞儀であいさつをした。そのしぐさがぎこちなかったためか、ジョンソン首相は笑みを浮かべていた。
アジア化の極め付きは、冒頭でも触れたマスク着用だろう。新型コロナの感染拡大前は、欧州の街中でアジアからの観光客とみられる人がマスクを着用していると、欧州の人々は眉をひそめていた。マスク着用はかなり珍しく、外出すべきではない病気を患っているというイメージがあったからだ。
ところが、である。新型コロナの感染が拡大すると、欧州の国々が公共交通機関などでのマスク着用を義務化。最近は義務化されていない場所でもマスクをしている人が増えている。また、食べ物を素手で触るのを避けるために、欧州でも箸の利用が増えているとの指摘もある。
こうした生活習慣の変化はどこまで定着するのだろうか。新型コロナの感染拡大が抑制された後も、家の中で靴を脱ぐ習慣や、アレルギーの症状がある人がマスクを着用する習慣は、ある程度定着するように思える。こうした生活習慣の変化は、ビジネスチャンスにもつながるだろう。
今後は、欧州でも清潔な生活に対する需要が高まりそうだ。日本には清潔に暮らすための生活用品がそろっている。LIXILグループは20年4~9月期決算で、欧米で家への投資が増え、タッチレスの水栓やトイレなどの販売が伸びたと指摘している。欧州人の生活習慣の変化は、日本企業にビジネスチャンスをもたらすのではないだろうか。
(日経BPロンドン支局長 大西孝弘)
[日経ビジネス電子版 2020年12月21日の記事を再構成]
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