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マイナースポーツ異競技対談「世界で戦うために、何が必要か」(前編)

平野貴也スポーツライター
ラクロス選手の森松達(左)×アイスホッケー選手の平野裕志朗【著者撮影】

 マイナースポーツで世界を目指すには、何が必要か。日本の競技環境改善のために、選手は何をすべきか。多くの競技に共通する課題を、世界に挑戦している2人の日本のトップ選手が率直に語り合った(両選手のプロフィールは、ページ下部でも紹介)。

 アイスホッケー選手の平野裕志朗(横浜GRITS)は、高校を卒業した後、日本の社会人チームに所属しながら海外挑戦を繰り返し、2018-19年シーズンから北米3部相当のECHLに本格挑戦。同シーズン終盤には、2部相当のAHLでデビューを果たした。スケーター(GK以外の選手)としては初となるNHL(北米プロリーグ)日本人プロ選手誕生の期待を受けている(20年11月現在は、アジアリーグに新加入した横浜GRITSに期限付き移籍中。北米の新シーズン再開に合わせて再渡米の予定)。

 ラクロス選手の森松達(スティーラーズ)は、早稲田大学で競技を始めて大学日本一に輝き、全国強化指定選手となるまでに成長。国内の社会人リーグでプレーを続けているが、昨冬に会社を辞めて本場カナダへ競技留学。トッププロリーグへの挑戦を目指している(現在は、コロナ禍で帰国中)。

 アイスホッケーは、2030年に冬季五輪が札幌開催になる可能性があり、98年長野大会以来の五輪出場のチャンスが浮上。ラクロスは、2028年のロス五輪で公式競技に採用される可能性が伝えられている。大舞台に向けて進化が期待される両競技で世界を目指している2人だ。決して多くの支援を受けられるわけではないマイナースポーツで、彼らは、どのような思考で世界を目指しているか。また、日本のスポーツ環境を改善するためにどうするべきと考えているのか。世界の頂点を目指す25歳の2人の対談から、日本のマイナースポーツが世界を目指すためのヒントを探る。

前編:「個人として世界で戦うために」(当該記事)

後編:「日本が組織として世界で戦うために

世界最高峰の北米で戦う、アイスホッケー×ラクロス

――今回は、マイナースポーツと言われる競技で世界に挑戦しているお二人に来ていただきました。最初は、読者への自己紹介も兼ねて、国内に留まらず、世界に挑戦している理由を教えて下さい

アイスホッケー選手の平野裕志朗(左)は、米国3部相当のECHLに参戦。20年11月現在は、オフシーズンを利用して横浜GRITSに期限付き移籍し、国内でプレーしている【著者撮影】
アイスホッケー選手の平野裕志朗(左)は、米国3部相当のECHLに参戦。20年11月現在は、オフシーズンを利用して横浜GRITSに期限付き移籍し、国内でプレーしている【著者撮影】

平野  小学生のときは、野球とアイスホッケーをやっていたのですが、中学校の部活動では両立が許されませんでした。野球の方が夢があると感じていたので迷ったのですが、アイスホッケーを選びました。小さい頃からやってきたアイスホッケーを、国民全体が熱く応援できる競技にしたいという気持ちを当時から持ち続けています。まだ、日本にはアイスホッケーのことをよく知らない人が多いですけど、野球やサッカーは、海外のトップリーグに挑戦した選手がメジャーになって、スポーツニュースで特集されて、多くの人が情報を得ています。同じように、居酒屋にいるおじさんたちが「今日、アイスホッケーの試合どうだった? 平野は活躍したか?」と話してもらえるような世界にしたいです。簡単なことではないですけど、自分がそういう存在にならなければいけないと思っています。サッカーは、中田英寿さんが欧州で活躍してから、欧州に挑戦する選手が増えていって、今は日本代表の主力がほとんど海外組ですし、強くなっていますよね。良い見本があるのに、アイスホッケーではできないということはないと思っているので、日本のアイスホッケー界が変わるきっかけを作れるプレーヤーになれればいいなと思っています。

森松  私の原動力は、北米の選手への憧れでした。大学でラクロスを始めたときから、世界最高峰である北米のトッププロの所作を真似してきました。日本はラクロスでは後進国なので、北米の技術や戦術を学び続けて成長しています。その取り組みの一つに、北米トップ選手を日本に招待して行う「ワールドクロス」というイベントがあり、私は19年11月に参加し、彼らと対戦しただけではなく、通訳も務めて彼らに深く携わりました。その中で、自分たち日本人で通用する部分はあるなと感じました。また、プロリーグに挑戦するためのトライアウトのプロセスなどを北米の選手に聞いていくと、実力は当然ですが、語学力やコネクションも必要だということも分かりました。海外で活躍する日本人選手は、いずれ出てくるだろうと思っているのですが、誰がそうなるのかなと考えたときに、今の自分は、そこに近い立ち位置にいるのではないかと思いました。実力は日本で絶対的な1番という存在ではないのですが、トップの集団には入れていて(2019年度、全国強化指定選手)語学力やコネクションを考えたら、憧れの世界に一番近いのは、自分なのではないか?」と思ったら興奮してしまい(笑)、本気ですべてを投げ打ってでも挑戦しないと一生後悔すると思って、19年4月に入ったばかりの会社を同年12月末に辞めて迷惑をおかけしましたが、挑戦することにしました。

平野  大学で競技を始めて日本代表!? すごいですね。でも、なぜラクロス? 高校までやっていた野球から転向したきっかけは、何だったのですか。

ラクロス選手の森松(写真中央)は、早稲田大学で競技を始めて大学日本一を達成し、全国強化指定選手となるまでに成長。国内の社会人リーグでプレーを続けながら、本場カナダへの競技留学に挑戦【写真提供:Stealers Lacrosse Club】
ラクロス選手の森松(写真中央)は、早稲田大学で競技を始めて大学日本一を達成し、全国強化指定選手となるまでに成長。国内の社会人リーグでプレーを続けながら、本場カナダへの競技留学に挑戦【写真提供:Stealers Lacrosse Club】

森松  外部要因が大きいです(苦笑)。高校時代は、チームが弱小でしたし、当時の私の実力で言うと笑われるかもしれませんが、実は、東京大学に進学して、プロを目指したいと考えていました。東大は(強豪チームではないが、プロに進む選手も多い他の強豪大学と同じ)東京六大学野球で戦っているので、そこでエースとしてプレーすれば、ワンチャンスあるのではないかと。ただ一浪しても東大に合格できず、二浪する勇気はなくて、1年間の留学が義務付けられている早大の国際教養学部に入ることにしました。そこで、何か打ち込めるものがないかと彷徨っていて、最初は勉強系のサークルを考えていたのですが、ラクロスは、大学から競技を始める人が多く、早慶戦なら6000~7000人もの観客の方に観てもらえるし、部員が150人もいて本気で日本一を目指して競争できるということを知り、競技に出会いました。

平野  ラクロスで北米のプロリーグに参戦した日本人選手は、いるのですか?

森松  北米には、MLL(メジャーリーグラクロス)、NLL(ナショナルラクロスリーグ)、PLL(プレミアラクロスリーグ)という3つの男子プロリーグがあって、MLLに参戦した選手はいますが、シーズンを通して試合に出場し続けた選手はいません。NLLとPLLは、練習生になった選手もいません。

平野  じゃあ、行きましょう!

森松  そうですね(笑)。そこに食い込むことができれば、日本のラクロスの選手の見え方も変わって来るかなと思っています。1月からのカナダ留学が新型コロナウイルスのまん延によって一時中止という形になったのですが、実は、伝手を頼ってMLLチームのあるデンバーへ行きました。オープントライアウトはないと聞いていながらも何とかしてテストを受けようと交渉しましたが、今回はかないませんでした。

平野「海外挑戦は、リスクを負うだけの価値がある」

海外挑戦について「リスクを負うだけの価値があると示したい」と話した平野【著者撮影】
海外挑戦について「リスクを負うだけの価値があると示したい」と話した平野【著者撮影】

――マイナー競技の場合、競技面での報酬や、組織のバックアップ体制が十分とは言い難い側面があります。実業団チームが存在する、あるいは個人スポンサーを見つけやすい国内に留まらず、海外に出て行くリスクについては、どう考えましたか

平野  スポーツに限らず、仕事でも、成功している人は、挑戦して失敗を経験している人ではないでしょうか。高卒でプロになって、いろいろなスポンサー企業の方とお会いしますが、挑戦して苦労を味わっていると感じます。そういうところからも、リスクを負えないなら挑戦はできないと思います。国内のチームを辞めて米国に行ったときは、向こうでカット(解雇)されたら路頭に迷うことになるので、リスクは考えました。でも「そうなってはいけない」とか、「失敗して日本に帰ってきた」と思われるのは嫌だと思うから、絶対に成功してやるという気持ちになるので、リスクは良いですよ。ワクワクします(笑)。夢を見せられる、リスクを負うだけの価値があるということを示したいですしね。

森松  時代の変化があって、今はリスク管理が求められがちですけど「リスクを負わないことで負うリスク」もあると考えています。本当は競技に本気で打ち込みたいという思いを引きずりながら仕事をしても、二流のビジネスマンにしかなれないと思っています。私の競技留学は、基本的に自費ですし、リスクはありますけど、やってみたいことは、1回やってみた方がいいのではないかと思っています。特に、海外に出るということは競技面以外でも新しい価値観を知るチャンスなので、やりがいはあります。

森松「スポーツの本質は『教育の一環』だけではない」

森松は「スポーツの本質は、教育の一環であることではない」と指摘【著者撮影】
森松は「スポーツの本質は、教育の一環であることではない」と指摘【著者撮影】

――海外に出てみて感じたことは?

平野  海外でプレーして、日本との違いを強く感じます。日本は、教育(体育)的な観点が強過ぎると思います。礼儀は大事ですけど、年功序列や上下関係を悪い意味でスポーツに組み合わせてしまっていて、選手の育成や強化を考えると、すごくもったいないと感じます。例えば、中学3年生と中学1年生が1対1で勝負したとき、自然と「3年生が勝つべきで、1年生は勝ったらマズイ」という雰囲気になりませんか? でも、プロの世界を極端に例えるなら「負けた方はクビ、勝った方は1億円」です。遠慮していられないですよ。海外は、それに近い雰囲気でやっていると感じます。スポーツは、年齢に関係なく勝負するものだという感覚にしてあげないと、気持ちが弱いまま成長してしまい、大人になってもファイトをできない人間になってしまいます。日本は、変えていかないといけないところが、たくさんあると思っています。

森松  それは、すごく分かります。プレーの環境だけでなく、日本はスポーツの立ち位置が違います。部活動などが、教育の一環として行われている影響が大きいと思いますけど、それだけがスポーツの本質ではありません。日本は、教育の要素に縛られ過ぎていることが多分にあります。スポーツに経済的な価値を持たせることにも抵抗感が生まれがちです。ビジネス面の展開力が乏しいのは、そういう背景に起因していると思いますし、日本のスポーツ業界が抱えている問題点、課題ではないかなと感じています。米国などは上手に経済価値を持たせて、環境の充実を図っていて、スポーツビジネスが「イケてるビジネス」の一つとして捉えられているので、優秀なビジネスマンがスポーツ界に目を向ける、環境を改善する、注目度が高まり、ほかの人も関心を寄せるという良いサイクルがあります。もちろん(巨額ビジネス化など)経済的価値の方が大きく膨らみ過ぎていると指摘される部分も出てきていますけど(多方面と関わりを持って価値を高めるという点で)日本とは圧倒的な差があります。

平野  お金が発生することで生まれる問題はケアが必要ですけど、やっていくべきですよね。

後編「日本が組織として世界で戦うために」へ続く

■対談選手プロフィール

平野裕志朗(ひらの ゆうしろう)>

1995年生まれ。北海道苫小牧市出身。父や叔父が実業団でプレーするアイスホッケー家系で幼少期から競技を始める。北海道白樺高でインターハイ優勝。卒業後、スウェーデン、米国、日本でのプレーを経て、北米3部相当のECHLへ。2018-19年シーズンには、北米2部相当のAHLに出場。2020年9月から11月、期限付きでアジアリーグアイスホッケー新加入の横浜GRITSへ移籍して活躍中。今冬、再び米国へ渡る予定。

森松達(もりまつ とおる)>

1995年生まれ。東京都目黒区出身。幼少期に野球を始め、進学校として知られる麻布高校では、投手を務めた。早稲田大学に進学後「自分が今からでも本気で日本一を狙える競技」と捉えたラクロスへ転向。大学4年時に全日本大学選手権を優勝。19年に卒業後、大手都市銀行に就職し、社会人チームのスティーラーズでプレーを始めたが、退職をして今年1月からカナダへ競技留学。現在は、コロナ禍で一時帰国中。

スポーツライター

1979年生まれ。東京都出身。専修大学卒業後、スポーツ総合サイト「スポーツナビ」の編集記者を経て2008年からフリーライターとなる。サッカーを中心にバドミントン、バスケットボールなどスポーツ全般を取材。育成年代やマイナー大会の取材も多い。

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