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アフラック生命保険は顧客や代理店の営業担当者、社内ユーザーにより良いサービスを提供するためにデジタルイノベーションを進めて、成果を出している。ITの側面からこれらの取り組みを指揮する同社の二見通上席常務執行役員CIO(最高情報責任者)に、成功の秘訣を聞いた。(聞き手は西村 崇=日経クロステック/日経コンピュータ)

 デジタルイノベーションを進めていくうえで重要な技術はAI(人工知能)や機械学習だろう。当社でも様々な場面に適用している。

 社員に向けては社内に蓄積した大量の情報を効率よく検索できる「AI検索付き電子マニュアル」とも言える「あひるーぺ」を稼働させている。特に営業担当者やコンタクトセンターの担当者に向けては、顧客とのやり取りに応じて適切なアドバイスや応対マニュアルを、AIを使って示すシステムを稼働させてきた。

 こうしたデジタルイノベーションを社内で進めていく際、デジタル技術に強い外部の会社と組んで進めていくことが、実現スピードなどの観点で重要だと考えている。そう強く確信した一例が、「AI検索付き電子マニュアル」だ。私が、優れたAI検索技術を持つ台湾のベンダーのCEO(最高経営責任者)と会ってから1カ月後には開発に着手。その後、段階的に稼働させていき、1年後の2019年12月に全社展開できた。社員が検索にかかっていた時間を6割減らすという期待以上の効果を出している。

アフラック生命保険上席常務執行役員CIO 二見 通(ふたみ・とおる)氏
アフラック生命保険上席常務執行役員CIO 二見 通(ふたみ・とおる)氏
2011年1月までAIGグループ会社でCIO常務執行役員としてシステム部門、オペレーション部門を担当。2011年4月、メットライフ生命に入社し、CIO執行役員常務としてシステム開発部門を担当。その後、三井生命保険(現在の大樹生命保険)を経て2015年1月、現在のアフラック生命保険に入社。現在、上席常務執行役員CIOとしてIT部門を担当。デジタルを駆使した変革や新たなビジネスモデルの構築に取り組んでいる。
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新しい挑戦ではスピード感を重視

 もし当社でデータアナリストやAI技術者を採用したり育成したりしたうえで開発を進めていたら、到底このスピードは実現できなかっただろう。ある技術にたけた外部の会社と組んで進めていくことはスピードの観点で有効だ。

 こうした取り組みは他社と組んで進めるオープンイノベーションとも言えるだろう。組む会社は1社にとどめず複数に広げることで、エコシステムを構築していくようにしている。今後もそうしていきたい。

 スピード感については、AIをはじめとするデジタル技術を駆使して新しいことに挑戦するときは特に大切だ。新しいことへの挑戦では、まず始めてみて結果を確認。駄目ならば別の策を考えて実践するという方向転換が必要になる。

 一連の流れにスピード感がなく、駄目な策を続けてしまったり、駄目なのかどうか見極めるのに時間をかけたりしていると、駄目ではない策に取り組めないといったことが起こってしまう。駄目な策を早く見極めて方向転換し、よりよい策を採用していくうえではスピード感は欠かせない。

オープンイノベーションの中でAI人材を育成

 外部の優れた会社と組むことは、社内人材を育成したり、AIをはじめとするデジタル技術のノウハウを社内に蓄積したりすることにもつなげられる。社内人材の育成については、「ぜひ取り組んでみたい」と強い意志を持っていれば若手でも登用して、プロジェクトのリーダーを任せている。

 一般的には「経験がない、技術力がない」という理由で若手をリーダーに登用しないことが多いのではないだろうか。しかし、そうではない。経験や技術力がない人材も登用して、仕事をしながら学んでいくようにすればよい。若手でもリーダーとしての取り組みの中で学んでいけば育つ。外部の会社との交渉も若手リーダーたちに任せている。

 こうした考えの下、2年ほど若手人材をリーダーに登用してきたところ、変化が見えてきた。それまで受け身だったのが能動的になって、自ら考えて行動できるようになってきた。これは当社が全社的に進めている働き方の変革にもミートした動きだ。当社の働き方の変革は「業務マニュアルや指示書に沿って進める従来の仕事のやり方から脱却して、自ら考えて判断したり行動したりしていく」ことを目指している。

 当社の働き方変革は、決められたルールの下で仕事を進めていく「マニュアルベース」の働き方から、細かなルールが決められていなくても原理原則に沿って適切な判断をして仕事を進めていく「プリンシプルベース」の働き方に切り替えていく取り組みとも言える。若手リーダーやメンバーはこれまで触れたことがない新しいデジタル技術を業務に適用していくプロジェクトの中でこの働き方を実践しているわけだ。全社的な働き方変革にも沿っていると言える。

PoCと先入観は禁物、社員に役員の視座を求める

 デジタルイノベーションを進めていく中で、徹底して禁じているのが、新技術を業務やサービスなどに適用できるかどうかを見極めるPoC(概念実証)だ。

 PoCを禁止しているのは机上の空論にとどまったり、適用した結果が見えなかったりするからだ。当社ではPoCの代わりに、議論は最低限にとどめたうえで、新技術を駆使して新たなサービスを開発していく「構築」に軸を置いている。

 構築の段階でプロジェクトのメンバーには、先入観にとらわれないことを求めている。保険業界に長くいる社員は特に、新しいことに取り組もうとしても、「これまでこういう慣習や制約があったのでできない」と言いがちだ。

 しかし、FinTech企業が金融業界に参入して、それまでは慣習や制約でできなかったサービスが実現可能になるケースが出てきている。そこでメンバーには「先入観にとらわれることなく、あるべき姿を考えていこう」と呼びかけている。

 こうした呼びかけによって、建設的な意見が出てきやすくなる。そこで一般の社員を中心としたメンバーが気兼ねなく意見を出してもらえるように、上下関係にとらわれないフラットな組織作りを進めてきた。

 その一方で、メンバーには役員レベルの視座を持ってあるべき姿などを考えてもらうようにしている。一般の社員の立場だと担当している業務のレベルで考えがちになるが、役員の視座に立てば、全体最適で物事を考えられる。ひいてはメンバーの成長にもつながる。