パナソニック、電通、KDDI、トヨタ自動車、朝日新聞社、JR西日本......国内企業の利益剰余金、いわゆる内部留保が史上最高水準に達する中、事業会社が経営戦略を目的としてスタートアップに投資を行うコーポレートベンチャーキャピタル(CVC=Corporate Venture Capital)が増え続けている。潤沢な資金を後ろ盾に、日本のCVCは今後さらにベンチャー企業への投資を加速していく。
人工知能、ロボティクス、自動運転・モビリティサービス、データクラウド技術分野で、ベンチャー投資を行うToyota AI Ventures。
REUTERS/Yuya Shino
4月、パナソニックがベンチャーキャピタリストを外部から採用しカリフォルニア州でCVCを設立すると、トヨタの米トヨタ・リサーチ・インスティチュート(TRI)は7月、1億ドル(約110億円)を投じて、「トヨタAIベンチャーズ(Toyota AI Ventures)を創設することを明らかにした。
新聞社やテレビ局、鉄道、製薬、不動産開発と、ありとあらゆる企業において、CVC創設ラッシュが続いている。リーマン・ショックで知られる2008年の世界金融危機後、日本やアメリカ、イギリス、フランス、中国などの大企業は内部留保を積み上げてきた。
世界を震撼させた金融危機から約10年が過ぎ、主要国の中央銀行が大量の資金を供給するなどした結果、金融市場は今、安定を保っている。そして、米トランプ政権が大掛かりな規制緩和を計画すると、企業は設備投資や成長への投資のアクセルを踏み、大量の資金は株式市場にも集まった。
企業が積み上げてきたキャッシュ(内部留保)は、次世代のイノベーションへの投資に回りやすくなっている。言い換えると、溢れたキャッシュを手元に、CVCを含むベンチャーキャピタルは、有望なスタートアップ企業を求めて競い合うことにもなる。
CVC投資件数は4年で3倍弱
企業のリスクマネーの供給手段として、CVC投資は日本では2011年頃から目立ち始めた。M&A(合併・買収)助言のレコフによると、その後、NTTドコモやKDDI、ヤフーなどの通信・IT分野を中心に活発化し、CVCによる投資件数は2013年の50件から2016年には134件に拡大した。
「CVCや大学などが運営するファンドの増加で、VC業界におけるプレーヤーは多くなってきた。特にIT企業は早くからCVCを創設して、ベンチャー企業のアーリーステージにおける投資に注力してきた」と語るのは、医療情報専門サイト「m3.com」を運営するエムスリーのCVC、エムスリーアイ(M3i)で代表取締役社長を務める梅田和宏氏。「今では、AI、ロボティクス、再生医療、FintechやEdtech(教育Xテクノロジー:EducationXTechnology)などを中心に、VCの投資意欲は依然として強い」と話す。
CVC投資は当然、世界でもその勢いは止まらない。CVCが関与した投資案件は、2017年上半期で798件、2016年下半期から10%以上増加した(「CB Insights」調べ)。金額ベースでは、今年1月〜6月までにCVCが投下した資本は133億ドル(約1兆4600億円)で、2016年の総額258億ドルを上回るペースだ。
以前まで事業会社の経営企画部に配属されていた社員が、今ではCVCの担当者となり投資先となるベンチャー企業の発掘に奔走しているケースが見られるようになった。
一方、CVCを含めて資金の出し手の増加と日銀の金融緩和は、潤沢な資金をベンチャー企業を取り囲む市場に送り込んでいる。「地方都市に拠点を置くベンチャーキャピタルが突然、東京にあるITベンチャー企業を訪れ、資金調達ラウンドに参加するために、営業攻勢をかけるようになっている」(東京・渋谷のベンチャー企業・経営幹部)という。
【主なコーポレートベンチャーキャピタル】
- Toyota AI Ventures(米Toyota Research Institute Inc)
- ソフトバンク・ビジョン・ファンド(ソフトバンク・グループ・英国子会社)
- NTTドコモ・ベンチャーズ(NTT DoCoMo)
- 電通ベンチャーズ(電通)
- 伊藤忠テクノロジーベンチャーズ(伊藤忠)
- JR西日本イノベーションズ(JR西日本)
- KDDI Open Innovation Fund(KDDI)
- TBSイノベーションパートナーズ(東京放送ホールディングス)
- 朝日メディアラボベンチャーズ(朝日新聞社)
- 名古屋テレビ・ベンチャーズ(名古屋テレビ)
- ABCドリームベンチャーズ(ABC朝日放送)
- フジ・スタートアップ・ベンチャーズ(フジテレビジョン)
- 楽天キャピタル(楽天)
- Rakuten Ventures(楽天)
武田は、数千億円規模の海外企業の買収を行う一方、武田ベンチャーを通じてスタートアップへの投資も強化している。
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- YJ Capital(Yahoo! Japan)
- Takeda Ventures(武田薬品)
- Taiho Ventures(大鵬薬品工業)
- 31 VENTURES(三井不動産)
- RGIP(リクルートホールディングス)
- パナソニックベンチャーズ(パナソニック)
- 日立CVCファンド(日立製作所)
- キャナルベンチャーズ(日本ユニシス)
- TEL Venture Capital(東京エレクトロン)
- オムロンベンチャーズ(オムロン)
- 富士通コーポレートベンチャーファンド(富士通)
- M3i(エムスリー)
- グリーベンチャーズ(グリー)
- サイバーエージェント・ベンチャーズ(サイバーエージェント)
拡大するM&A戦略とCVC投資のコンビネーション
「自動車や通信・IT業界では、従来のビジネスモデルを揺さぶるほどのイノベーションが世界で起きており、これらの業界におけるCVCの役割はより大きくなっている」とニッセイ基礎研究所・チーフエコノミストの矢嶋康次氏は言う。
企業自らが事業会社やベンチャー企業を買収するのと同時に、自社のCVCは世界のスタートアップ企業の潮流を察知しながら、有望な投資先を今まで以上に積極的に探索していると、矢嶋氏は話す。
4月に設立したパナソニックベンチャーズの当初の投資規模は1億ドル(約110億円)。
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代表格が、ソフトバンクの英子会社が設立したSoftBank Vision Fund(ソフトバンク・ビジョン・ファンド)だろう。他の日本企業が持つCVCのファンドは数十億円規模が多いが、ビジョン・ファンドはそれをはるかに上回り、案件あたりの投資規模も数千億円に及ぶほどのものだ。
ビジョン・ファンドは7月、屋内で野菜を効率良く生産する手法を開発しているシリコンバレーのベンチャー企業、プレンティ(Plenty)に2億ドル(約220億円)を投下する投資ラウンドを主導した。同ファンドは5月に、930億ドル(約10兆円)の出資コミットメントを終了し、ソフトバンクも最大280億ドル(約3.1兆円)を出資するとしている。
武田はパロアルトで「武田ベンチャー」
武田薬品工業は2000年代初めに、カリフォルニア州・パロアルトに、投資会社の武田リサーチ・インベストメント(Takeda Research Investment, Inc.)を設立した。そして、2010年に社名を「武田ベンチャー投資株式会社(Takeda Ventures, Inc.)」に変え、バイオベンチャーへの投資拡大を狙った。
製薬業界において、画期的な新薬を創り続けるためには、独自の研究開発だけではグローバル競争には勝てない。武田は、自社の企業買収を強化しながら、武田ベンチャーによるベンチャー投資も拡大している。武田は2017年2月、がん治療薬に強い米アリアド・ファーマシューティカルズを54億ドル(約6100億円)で買収している。
国と地方を合わせた借金が1000兆円を超え、GDP(国内総生産)の2倍近い借金を抱える日本だが、企業の懐は暖かい。
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JR西日本は2016年12月、「JR西日本イノベーションズ」を設立した。出資枠は30億円で、投資の重点領域には、高齢化社会を見据えたヘルスケア分野や、eコマース(EC)などのテクノロジー、地域経済に深く入り込んだベンチャー企業をあげている。
GDPの7割に相当する460兆円
日本企業の利益剰余金(内部留保)の総額は460兆6122億円(2017年3月31日現在)で、過去最高額となった。財務省が9月に発表した企業統計調査によると、金融業や保険業を除いた総額は前年度から7.5%増え、ここ数年の増加トレンドは止まらない。
資本金10億円以上の企業の蓄えは196兆円で、全体の5割近くを占める。一方、増加率が一番高かったのは、資本金1000万円未満の零細企業で、2015年度から43%増加した。国と地方を合わせた借金が1000兆円を超え、GDP(国内総生産)の2倍近い借金を抱える日本だが、企業の懐は暖かい。
日本企業による海外での買収・投資は、1990年代後半から増加傾向を続け、2012年には1000億ドルを突破した。今後、成長への投資スピードを速めるため、より多くのリスクマネーはCVCを通じてスタートアップ企業に流れ込んできそうだ。
【主要企業の利益剰余金】
2016年度 | 2015年度 | |
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トヨタ | 17兆6011億円 | 16兆7942億円 |
NTTドコモ | 4兆6561億円 | 4兆4130億円 |
ソフトバンク | 2兆9583億円 | 2兆1666億円 |
KDDI | 3兆3541億円 | 2兆9958億円 |
JT | 2兆3671億円 | 2兆1967億円 |
キーエンス | 1兆1209億円 | 1兆32億円 |
日本郵政 | 3兆2941億円 | 3兆5259億円 |
ホンダ | 6兆7129億円 | 6兆1943億円 |
ソニー | 9844億円 | 9363億円 |
任天堂 | 1兆4895億円 | 1兆4014億円 |
キヤノン | 1兆9725億円 | 2兆32億円 |
武田薬品 | 1兆5118億円 | 1兆5231億円 |
日産自動車 | 4兆3491億円 | 4兆1507億円 |
ファナック | 1兆3073億円 | 1兆2695億円 |
デンソー | 2兆4360億円 | 2兆4928億円 |
出所:各社決算短信より