「ホリエモンロケット」は成功するか? 世界が競う"民間ロケットビジネス"の全貌[緊急企画]

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初試験打ち上げに臨む「MOMO」のイメージ。微小重力環境での実験や高層大気の観測、企業プロモーションなどの用途を目指す。

User’s Guide of Sounding Rocket MOMO/Interstellar Technologies Inc.

ホリエモンこと堀江貴文氏が創業した国内の宇宙開発ベンチャー、インターステラ・テクノロジズ(IST)は7月29日、高度100km越えの観測ロケット「MOMO」を打ち上げる。MOMOは、「ホリエモンロケット」とも呼ばれ、これまでテストを繰り返してきた。科学実験機器などの貨物(ペイロード)を最大20kgまで搭載し、高度120kmへ到達できるロケットを目指している。今回の打ち上げが成功すれば、約6分20秒の微小重力環境を実現し、サイエンス分野の実験や観測、機体面への広告掲載などのサービスを提供できるようになる。

ホリエモンロケットでにわかに注目を集めているのが、「民間ロケット」というビジネスだ。この世界はいま、どんなプレイヤーがいて、ISTはどこを目指しているのだろうか。

一筋縄ではない「超小型衛星」の打ち上げビジネス

ISTが狙っているビジネスは、宇宙開発の分野では、ナノサットやマイクロサット、ミニサットと呼ばれる、重量1~500kg程度の小型人工衛星の打ち上げだ。このサイズの人工衛星は、研究分野でも商業分野でも急増しており、打ち上げ需要が高まっている。ISTでは、2020年ごろまでにロケットをさらに発展させ、超小型衛星を打ち上げる衛星打ち上げロケット(ローンチ・ヴィークル)としての運用開始を目指している。

2016年に行われたエンジン燃焼試験の様子。

超小型衛星のビジネス上の難しさは、需要は多くとも「開発コストの安い小型衛星では打ち上げに多額の費用をかけられない」という点にある。そこで、これまでは大型ロケットに大型の人工衛星を搭載する際の余剰能力を利用して、「相乗り打ち上げ」形式で打ち上げ費用を抑える方法がとられてきた。

ただし、相乗り打ち上げでは主衛星と呼ばれる大型衛星の目的の軌道の近辺にしか小型衛星を投入できないという難点がある。地球を取り巻く衛星網を展開して、地球観測や通信といったサービスを展開する「衛星コンステレーション」ビジネスを狙うには、相乗り打ち上げだけではダメなのだ。そこで、小型衛星専用の低価格で打ち上げ自由度の高いロケットを開発し、需要に応えようというのが近年の民間ロケット業界の動きだ。ISTは、この分野を狙っている。

ただし、打ち上げ技術があればビジネスが成功する、というほどこの分野は簡単ではなさそうだ。世界には、ISTのライバルとなる民間ロケット企業が複数あるが、既にこのビジネスから撤退する企業も現れている。

例えば、NASAからの出資を受けた「ファイアフライ・スペースシステムズ社」は、2016年に財政上の問題から開発拠点などの資産を売却している。NASAからの出資は、後ほど紹介するアメリカのロケット・ラボ社、フランスのバージン・オービット社(いずれも現役)も同様に受けている。

また、宇宙開発において旧ソ連時代からの豊富な実績を持つウクライナが開発した「ツィクロン4」ロケットは、度重なる延期の末に、合弁会社を設立したブラジル政府が撤退し、打ち上げができなくなっている。

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Arianespace

撤退に追い込まれることなくビジネスとして立ち上がるには、いち早く技術を確立し、衛星コンステレーションや打ち上げコーディネイターなどの顧客を捕まえることが必要になるだろう。米露との競争の中で長年打ち上げサービス企業として活動してきたフランスのアリアンスペース社の社内にある言葉は、この業界を象徴するキャッチコピーだ。

『ガタガタ言う前に打ち上げろ(Launches speak louder than words)』

ホリエモンロケットの競合はスタートアップ4社+1

アメリカ ベクター・スペース・システムズ社「Vector-R」

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2018年の運用開始を目指すVector-Rロケット。Rは「Rapid(高速)」の頭文字だという。

Vector Space Systems

ベクター・スペース・システムズ社(Vector Space Systems)は、スペースXの創業メンバーであったジム・カントレル(Jim Cantrel)lが、ガーベイ・スペースクラフト(Garvey Spacecraft)というロケット開発スタートアップを吸収して2016年に設立したばかりの企業。アリゾナ州ツーソンを本拠とする。カントレルCEOは15年以上ロケット業界での経験を持ち、日本からは今年2月に総合商社の兼松が出資を発表している。

2018年、2019年に相次いで「Vector-R」「Vector-H」という小型衛星打ち上げロケットを運用開始する予定だ。オプションをつけない最低打ち上げ価格は150万ドル(約1億6000万円)からとしている。

Vectorロケットが計画している高度250kmの領域は、人工衛星が飛行する中でも比較的低い高度で、用途開発がまだされていない領域だ。日本ではJAXAのSLATS(つばめ)などがこれから運用技術の実証を行う予定。利用できるようになれば超小型の衛星でも高い解像度で地球観測が可能になるなど、超小型衛星によるビジネスの幅が広がる。より高高度へ衛星を投入する場合は、電気推進による第3段をオプションとして追加できるという。

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Vector-R、Vector-Hの搭載性能の違い。打ち上げ能力は高度250kmを目指す場合だ。

Vector Space Systems

アメリカ ロケット・ラボ社「Electron」

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5月に初試験機打ち上げを行ったElectronロケット。地球観測衛星などに需要がある高度500km付近の軌道の中でも、相乗り打ち上げでは対応できない領域を狙うという。予定では高度300~500kmを目指したものの、実際には高度250km程度の打ち上げとなった。第2段の切り離しには成功し、今後も試験打ち上げを続けるとしている。

Rocket Labs

ロケット・ラボ(Rocket Labs)は2017年5月に初の試験機打ち上げを行い、期待を集めているロサンゼルス本拠の小型ロケット開発企業だ。2006年、小型衛星専用の衛星打ち上げロケット市場を切り開くとして、ピーター・ベック(Peter Beck)CEOが設立。2015年にはNASAから新型ロケット開発支援金690万ドルを受けている。NASAはキューブサットなど超小型人工衛星向けの専用打ち上げロケット開発を推進しており、3社が選ばれた中でロケット・ラボは最高額の資金を受け取った。

ロケット・ラボはすでに超小型衛星を多数運用している企業を顧客リストに含んでおり、ビジネスで一歩先んじている。グーグルによる月探査コンテスト「GLXP」に参加するアメリカのMoon Express社、超小型衛星による自動船舶識別装置(AIS)を運用するSpire社、100機以上の「使い捨て」超小型地球観測衛星「Dove」シリーズと解像度1m級の高精細地球観測衛星Skysatを運用するPlanet社、超小型衛星の打ち上げコーディネイトを行うSpaceflight社などがロケット・ラボとの契約を発表している。

5月にニュージーランドで行われた試験打ち上げの模様。

アメリカ バージン・オービット社「Launcher One(ローンチャー・ワン)」

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ボーイング747型機の翼の下から小型ロケットを打ち上げる空中発射形式のLauncherOneロケット。

LauncherOne Service Guide/ Virgin Orbit

ロケット・ラボと同様にNASAの小型衛星打ち上げロケット打ち上げ資金を得たのが、バージン・ギャラクティック社だ。リチャード・ブランソン氏率いるこの企業は弾道宇宙旅行を目指していることでも有名だが、空中発射による衛星打ち上げサービスの開発も進めている。NASAの資金を得た2015年の時点ではバージン・ギャラクティックの一部門だったが、2017年3月に衛星打ち上げサービスをバージン・オービット(Virgin Orbit)として切り離し、元ボーイングのダン・ハート(Dan Hart)氏を社長として迎えた。

同社の衛星打ち上げシステムLauncher Oneはヴァージン・アトランティック航空で使用されていたボーイング747の機体に小型ロケットを取り付け、地球低軌道に400kgまでの衛星を投入できるというもの。小型衛星打ち上げ市場の中では比較的大型の衛星に対応する。2017年後半にニューメキシコ州のスペースポート・アメリカから試験機打ち上げを計画している。

Launcher Oneもすでに打ち上げ予定の顧客を掴んでいるが、中でも最も大規模なのが900機の通信衛星による大規模コンステレーションを計画しているOne Web社だ。ソフトバンクが出資を表明したOne Webはすでに衛星の製造を進めており、今年6月にはFCCからの認可を得たことを発表している。One Webの衛星の打ち上げは2018年に始まる予定だが、当初はフランスの打ち上げサービス企業アリアンスペースがソユーズロケットで行う。Launcher Oneはソユーズに続いて39機の通信衛星を打ち上げる予定だ。

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地球低軌道への打ち上げ能力は400kg。1回打ち上げ当たりの価格は1000万ドルと推定されている。

LauncherOne Service Guide/ Virgin Orbit

スペイン PLD Space「Arion」

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スペインで独自のロケット開発を続けるPLD Space。観測ロケットの運用を始め、衛星打ち上げロケットに発展させる構想はISTとも共通する。

PLD Space

ここまで紹介してきた小型ロケット打ち上げ企業3社はアメリカに本拠を置いているが、欧州で独自の開発を続けているのが、2011年に設立されたスペインのスタートアップPLD Space社だ。ESA(欧州宇宙機関)、欧州委員会、スペイン政府からの支援を受け、現在はスペイン国内でロケットエンジン燃焼試験などの開発を進め「Arion 1」「Arion 2」と名付けられた再利用型の小型ロケット開発を行っている。

2018年に打ち上げを開始する「Arion 1」は、高度250kmまでの弾道飛行を行うロケットで、200kgまでのペイロードを搭載して最大7分間の微小重力環境による科学実験の場を提供することが目的だ。また再利用型ロケットの技術実証機と位置づけられ、機体の回収を計画している。科学実験を行う顧客にとっても実験機器の回収ができるため、実験データを通信で送るよりも多く集められるというメリットがある。

より大型の「Arion 2」は、最大150kgまでの人工衛星を高度400~1200km、軌道傾斜角116~140度と幅広い軌道に投入できる衛星打ち上げロケットだ。2021年から試験機打ち上げを開始し、年間10機程度の打ち上げが可能だという。2023年には月軌道に5kgまでの衛星を送る野心的な計画も持っている。打ち上げ射場は南欧を予定しており、年間300日は気象条件がよいことも打ち出している。

ラウル・トレスCEOによると、投資家はどうしてもアメリカの企業に関心が向きがちで、PLD Spaceのような「アメリカ以外」の宇宙スタートアップは資金集めで非常な苦労があるという。2016年11月に発表されたESAからの資金は再使用技術に限定された少額なものであったが、公的な組織からの資金を得ることで次の投資に繋げることができる点で重要となる。

エンジン燃焼試験など開発の様子を紹介するPLD Spaceの動画。

小型衛星専用ロケットのライバル、インド「PSLV」

ここまで取り上げた4社は、小型衛星専用ロケットビジネスを狙う民間企業だが、その強力なライバルともいえるのは、インド宇宙機関ISROが運営するロケットだ。2017年2月に、同時に104機の衛星を軌道投入し、打ち上げ記録を塗り替えたインドの「PSLV」ロケットの存在もある。

PSLVの打ち上げは、非常に低価格かつ、幅広い軌道に対応できる衛星放出ディスペンサーも利用でき、すでに30回以上も失敗なく打ち上げた信頼性を備えている。しかもこのPSLVロケットは、大型の「PSLV-XL」に加え、第2段や補助ブースターを取り去って低軌道550kgまでの打ち上げ専用となる「PSLV-3S」を開発中だという。

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地球低軌道への打ち上げ能力550kgとなるPSLV-3Sの開発計画。

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このように、超小型衛星によるビジネス需要は高まっている。専用の打ち上げロケット開発で先行する企業間の熾烈な競争を、「ホリエモンロケット」のインターステラ・テクノロジズがどう戦いぬいていくのか。まずは7月29日の打ち上げを成功に導くことが、その第一歩になる。


秋山文野:IT実用書から宇宙開発までカバーする編集者/ライター。各国宇宙機関のレポートを読み込むことが日課。著書に電子書籍『「はやぶさ」7年60億kmのミッション完全解説』、書籍『図解ビジネス情報源 入門から業界動向までひと目でわかる 宇宙ビジネス』(共著)など。

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