かかりやすい人が多くいる一方で、かかりにくい人もまた一定数いる。これを“体質の違い”と言ってしまえばそれまでだが、感染のしやすさを左右する「個人差」とは何なのか。
花王の研究チームは一要因として、かかりやすい人とかかりにくい人では「唾液」の量に違いがあることを発見した。さらに被験者から採取した唾液を調べた結果、「インフルエンザウイルスの感染をほとんど起こさない唾液」と「多くの細胞が感染してしまう唾液」がある、すなわち唾液の質に個人差がある可能性が見出されたのだ。
唾液中に「抗インフルエンザ効果」をもたらす成分が含まれている──その正体とは。どうしたらインフルエンザにかかりにくい“質の良い唾液”を手に入れることができるのか。
花王 パーソナルヘルスケア研究所 山本真士氏へのインタビューをもとに、日常生活の中で実践できる新たなインフルエンザ対策の可能性を見出すまでの軌跡に迫った。
唾液にみる大きな差
「今日も、いつものやっていますね」
ある時期の花王の研究所では毎日のように社員が他の社員の唾液を採取するという、ちょっと異様な光景が繰り広げられていた。
顔見知りを相手にちょっと気まずかったのではないかと想像するが、こうした地道なサンプリングを経て、唾液のインフルエンザウイルスに対する個人差が解析された。
実験では91名の社員から提供された唾液をもとに「抗インフルエンザ活性」に関する実験が行われた。まず採取した唾液をインフルエンザウイルスと一定の比率で混ぜ、これを培養細胞に感染させる。その後、インフルエンザウイルスに特有の「ノイラミニダーゼ活性」(詳しくは後述)を利用して培養細胞への感染の程度を調べた。
その結果、同じ唾液量を混合したとしても、唾液をまったく加えない状態に等しいほど感染が広がった場合がある一方で、ほとんどといって良いほど感染が抑えられた場合もあった。
つまり、抗インフルエンザ活性の低い唾液と、活性が高い「質のよい唾液」がある。唾液のインフルエンザウイルス感染抑制効果に「個人差」があることが見出されたのだ。
この実験はA型インフルエンザの異なるウイルス株で行われ、両方のウイルス株で感染の抑制効果に差があることが確認された(ただし、この実験で用いた細胞は、ヒト由来のものでなく研究用途に広く用いられているイヌ由来のMDCK細胞であるため、ヒトにおけるインフルエンザの罹りやすさを定量的に示すとは言い切れない)。
「興味深いのは、この差が何に依存するのかという点です。そこで続いて生物科学研究所のメンバーが唾液の成分について解析を進めてくれました」(山本氏)
活性成分をついに特定!
生物科学研では、先に記した91名の唾液中に含まれる約40種類の成分について測定。具体的には、30種類のタンパク質のほか、粘膜免疫で重要な役割を果たす分泌型IgAという抗体(前編参照)や抗菌ペプチドなどについて、その含有量を測定した。
そして各唾液の抗インフルエンザ活性との相関関係を解析し、感染の抑制にはたらく成分の特定を行った。