コラム:「ユーロ高」長期化シナリオの死角=唐鎌大輔氏

コラム:ユーロ高継続シナリオの死角=唐鎌大輔氏
本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。写真は著者提供。
唐鎌大輔 みずほ銀行 チーフマーケット・エコノミスト
[東京 5日] - ここ2カ月余りの為替市場の主役と言えば、上昇を続けるユーロだろう。大方の見方では、欧州中銀(ECB)の政策正常化プロセス着手がユーロ買いの契機をもたらしたとの理解のようだが、正確には違う。
実はユーロドルの反転は4月半ばから本格化しており、これはフランス大統領選挙の第1回投票(4月23日)への期待と結果を受けたものだった。その後の上離れも決選投票(5月7日)におけるマクロン氏の大勝に影響された面がある。
IMM通貨先物取引において投機筋のポジションがネットでユーロ買いに転じたのも5月初旬だ。今回のユーロ高がマクロン・フィーバーを起点としていることは思い出しておきたい。
また、マクロン氏が、9月のドイツ連邦議会選挙で4選が確実視されるメルケル独首相と親和性の高い政策観を持つため、両者を総称して「ダブルM」「メルクロン」と呼ばれていたことも記憶に新しい。ユーロ高が誘発された背景には、米英政権基盤の脆弱性が伝えられる中、欧州連合(EU)の2大国の政治安定が前向きに評価されていたことがあったのだ。
足元、ユーロ高のドライバーとして指摘されるECBの正常化プロセスを多くの市場参加者が意識し始めたのは6月8日の政策理事会でのフォワードガイダンス修正前後からであり、本格的に材料視され始めたのは6月27日にドラギECB総裁がポルトガルのシントラで行った講演以降である。
こうした経緯を考えれば、フランス大統領選の結果と欧州政治安定への期待が、4月の1.05ドル台から8月下旬の1.20ドル台へのユーロドル上昇に寄与した面は小さくないようにみえる。
<マクロン大統領支持率は半減の様相>
だが、ここにきてマクロン仏大統領の支持率が急落している。ユーロ買いの契機となった「マクロン大勝、メルケル4選確実、EU政治安定」という一連のロジックにはすでに綻(ほころ)びが生じている。
8月27日公表の世論調査において、マクロン大統領の仕事ぶりに不満を表明した有権者の割合が7月の43%から57%に大幅上昇したことが報じられている(仏世論研究所がジュルナル・デュ・ディマンシュ紙のために実施した調査)。
当選直後、70%弱という高水準から始まったマクロン大統領への支持率は今や40%を割り込んでおり、半減の様相を呈している。就任直後から足元に至るまでの支持率下落幅としてはオランド前大統領よりも大きいという。もとより政策への具体的イメージが乏しいにもかかわらず華々しく就任したことに関し、その持続性を疑念視する向きが多かったが、想定よりも早く失望が大きくなってきた印象だ。
緊縮路線や労働市場改革を巡って世論からの反感が生じている上、軍部との軋轢が表面化していることも一因と思われる。もちろん、今後上向くこともあり得るが、マクロン・フィーバー当時とは状況は一変している。「リベラル復調」という論陣も今やすっかり耳にしなくなった。
<いかんともしがたい独仏経済格差>
そもそもマクロン大統領がメルケル首相と共同歩調を取るからといって、フランス経済の地力がドイツ経済のそれに劣後している事実が変わるはずがない。経済協力開発機構(OECD)の推計値などを参照すれば、ユーロ圏で唯一プラスの国内総生産(GDP)ギャップを拡大し続けるドイツと、唯一デフレギャップを拡大し続けるフランスとの間に、いかんともしがたい地力の格差があることは明白だ。
ドイツが好む緊縮路線や構造改革、金融政策の正常化といったテーマはこれまでフランスが忌避してきたものであり、マクロン大統領の好みではあってもフランス国民の大勢の好みではなかった。過去を振り返ればユーロ高に真っ先に苦情を申し立てる傾向が強いのがフランスそしてイタリアだったはずだ。実際、ここにきてマクロン政権の閣僚がユーロ高への懸念を口にしたとの報道も流れるなど、雲行きが怪しくなり始めている。
英国のEU離脱が決まった今、フランスができることはドイツの傍らに立つことで「域内の大国っぽく」振る舞い、これにより何とかEUの勢力均衡を図ろうとすることぐらいだろう。若くて新鮮な指導者が現れたからといって、一夜にしてフランスがドイツと対等になり、ドイツのようにユーロ高を歓迎できる体質になるはずがない。
8月下旬の米ジャクソンホール会議では「言及がなかったからユーロ高容認」という無理筋としか言いようがないレッテルを貼られたドラギ総裁だが、今後はフランスを筆頭に、金利と通貨の上昇に耐えられない(ドイツ以外の)加盟国に配慮し、その払拭に努める場面が多くなってくる可能性が高い。
<先走るECB政策正常化期待>
もちろん、2014年6月のマイナス金利導入以降、中銀や政府系ファンドなどを筆頭としてユーロ建て資産をポートフォリオから削ぎ落す動きが続いてきた経緯があるため、ユーロ買いは息の長い動きになるという見方もある。
例えば、債務危機の影響も相まって、世界の外貨準備におけるユーロ比率はピークの28.0%(2009年9月末)から19.3%(2017年3月末)まで約9ポイントも低下している。比率の復元を図るのは当然という考え方は相応に説得力がある。
だが、現実問題としてECBが量的緩和策である拡大資産購入プログラムの段階的縮小(テーパリング)を決断し、これが順当に進んだとしても、利上げに着手できるのは最短で1年後、金利がプラス圏に復帰するのは2019年以降だ。
仮に2018年1月から月100億ユーロずつ減額し、6月にゼロ(拡大資産購入プログラムは廃止)、9月以降、3カ月ごとに預金ファシリティー金利の10ベーシスポイント(bp)ずつの引き上げを実施したとしても、同金利がゼロ%に戻るのは2019年6月だ。
それまでドイツ以外の加盟国(含むフランス)が何事もなく金利・通貨の上昇を受け入れ続けるのだろうか。無理がある想定に思えてならない。
<1.30ドル台への険しい道のり>
ユーロ相場の水準に関して言えば、マイナス金利導入時、対ドルでは1.30ドル以上にあったが、今後単純に預金ファシリティー金利がゼロ%に回帰したからといって、その水準に戻るという話にはなるまい。
当時、米連邦準備理事会(FRB)の政策金利であるフェデラルファンド(FF)金利の誘導目標は「0―0.25%」だったが、今や「1.00―1.25%」まで引き上げられた。欧米金利差が解消されるにはかなりの時間がかかるはずだ。
ユーロドルの今年の最高値圏である1.20ドル付近は購買力平価(PPP)におおむね合致する水準であり、節目として達成感を指摘する向きは多い。ここからの続伸は難易度が高いように感じられる。
前述の通り、ユーロ買いの契機を与えたフランスの政治安定は揺らぎ始めた。また、金利と通貨の上昇に対する反意は域内で今後強まることが予想される。そうした環境下でECBの正常化プロセスはせいぜいテーパリング止まりであり、その先にある利上げにはたどり着けないというのが筆者の基本認識だ。
いや、実際は月間購入額の縮小と期間延長を繰り返すだけで、量的緩和からの撤収すらままならないという可能性も十分ある。それは市場想定よりもかなりハト派な展開だろう。今や為替市場において最も人気のある取引となっているユーロ買いだが、相応の死角があることにも留意したい。
*唐鎌大輔氏は、みずほ銀行国際為替部のチーフマーケット・エコノミスト。日本貿易振興機構(ジェトロ)入構後、日本経済研究センター、ベルギーの欧州委員会経済金融総局への出向を経て、2008年10月より、みずほコーポレート銀行(現みずほ銀行)。欧州委員会出向時には、日本人唯一のエコノミストとしてEU経済見通しの作成などに携わった。2012年J-money第22回東京外国為替市場調査ファンダメンタルズ分析部門では1位、13年は2位。著書に「欧州リスク:日本化・円化・日銀化」(東洋経済新報社、2014年7月)
*本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの外国為替フォーラムに掲載されたものです。(here
(編集:麻生祐司)
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