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「一流の専門家のはずなのに」なぜ大学教授の話はわかりづらく感じるのか
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マツキ トシノリ電気通信大学 特任准教授(キャリア教育・教育工学)
この記事の筆者の方と同じく、私も駿台で講師をしていたことがあります。自分の話がわかりやすいかどうかはわからんです。 一流の専門家というのは研究分野での専門家なわけで、教育の専門家ではありません、ということが大前提。研究室での研究の過程でのOJT的な教育で育てているので、座学で学ばせる手法に長けているわけではありません。この筆者の方も予備校で化学を教える専門家でありますが、化学の研究の専門家ではないように。 自然科学工学の分野の先生であれば言い切りはほぼしないので、その点で、言ってること明確じゃないなあ、とは感じられるかもしれません。昨今のコロナの話というのはわかりやすさ優先による影響もあるのではないかと思いますけど。 翻って、私は研究の専門家ではなく、教育主体で勤務している大学教員なので(一応教育工学を専門分野としていますが)、学生による授業評価はじめとした教育効果についてはものすごく気にしています。また、その成果を紀要や学会発表などにして公開するようにしております。教育専門だから、研究ぽいことはしなくてもいいと思ってたのですが、学内でも「やれやれ」いわれるので、研究ぽいこともしております。 一応、学生による授業評価で、月曜1限にある超不人気科目だったのが、かなり改善したのが誇れることではありますが、自分の話がわかりやすいかどうかはわからんです。 <追記> 荘司さんのコメントに 「大学教授は、説明が下手くそでもクビにならないからです。」 とありましたが、なんとか任期が延長されているのは、まだマシってことだと思って前向きになりたいと思います。
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