pp_中室牧子_教育&子育て相談

データを通して「子育て」のナゾに迫る

ゲームは子どもに悪い影響を与えるのですか?

2015/5/23
今日、さまざまな教育論があふれているが、その多くは個人の経験に基づいたものであり、科学的な論拠に乏しい。では、教育には確たるエビデンスはないのか。そのひとつのヒントを与えてくれるのが、教育と経済を融合させた「教育経済学」だ。教育経済学の専門家である、プロピッカーの中室牧子・慶應義塾大学准教授が、データを駆使した科学的根拠に基づく独自の教育論を、全5回の連載でお届けする。初回は「ゲームが及ぼす教育の影響」について。

科学的な論拠に乏しい「教育論」

「子どもがゲームに夢中になっているんだけど、ゲームは子どもに悪影響なの?」

これは、私が子をもつ親である友人から受けた相談です。厚生労働省の「21世紀出生児縦断調査」によると、小学6年生の子どもは平日に1.1時間、休日には1.8時間をゲームに費やしているそうです。

これは少なからぬ時間ですから、お子さんをお持ちのご両親が心配されるのも当然のような気がします。

ゲームが子どもにもたらす悪影響を心配する声は尽きません。たとえば、米放送局のCNNは「暴力的なゲームをすると、子どもの問題行動が顕在化する」と報道し、ゲームの内容によっては子どもに悪影響があると警鐘を鳴らしています(2008年11月3日)。

では、ゲームは本当に子どもに悪い影響を与えるのでしょうか。

実は、私自身には子どもがおりません。現在は大学で経済学を教えていますが、教員としてのキャリアも浅く、前職は銀行員ですから、お恥ずかしながらこれといった教育哲学もありません。しかし、子を持つ親である友人たちが、私にいろいろなことを相談してくれるのは、私の専門が「教育経済学」だからです。

教育経済学とは、教育を経済学の理論や手法によって分析する応用経済学の一分野です。教育経済学の分析で最も大事なのは「データ」です。そして、私が教育や子育てを議論するときに絶対的な信頼を置いているのも「データ」です。

大規模なデータを用いて、教育を経済学的に分析することをなりわいとしている私には、時に子育て中のご両親にわからないことがわかるときがあります。

教育や子育ては、個人の経験に基づく俗説が衆目を集めがちな分野です。ちまたで言われる教育や子育ての「定石」の中には、科学的な根拠に乏しいものもあります。個人の経験に基づいているため、なぜそうした教育法や子育て法が正しいのかという説明が十分になされていないものも少なくありません。

中には、経済学の理論と大規模なデータを用いて実証的に分析してみると、必ずしも正しいとはいえないものもあります。そうした事例のひとつが、今回ご相談をいただいた「ゲームは子どもに悪影響を与える」という説です。

「因果関係」と「相関関係」の決定的な違い

CNNは「暴力的なゲームをすると、子どもの問題行動が顕在化する」との報道の中で、ゲームの使用時間と問題行動の間には強い相関関係が見られることを示す研究について紹介しています。この研究結果をもって「ゲームは子どもに悪影響を与える」と結論づけていいのでしょうか?

この問題を正しく考えるために、私たちが注意しなければならないことがあります。それは「相関関係は因果関係を意味しない」ということです。

「因果関係」と「相関関係」。これは、どちらも2つの出来事の関係を示すときに使われる言葉ですが、決定的な違いがあります。因果関係は「Aという原因によってBという結果が生じた」ことを意味します。

しかし、相関関係は単に「AとBが同時に起こっている」ことを意味しているにすぎません。相関関係は、2つの出来事のうちどちらが「原因」で、どちらが「結果」であるかを明らかにするものではないのです。

実は、ゲームが子どもの問題行動に与える影響を分析した過去の実証研究は、相関関係があることは明らかにできていても、因果関係があることを証明できているものは多くありません。

つまり、「ゲームをするから問題行動が増える」(因果関係)のか、それとも「もともと問題行動をおこすような子どもがゲームを好む」(相関関係)のかははっきりしないのです。

因果関係を明らかにすることができていないにもかかわらず、相関関係を因果関係と勘違いしてしまうと、誤った判断のもとになってしまいます。

そして、今なお、ゲームそのものが子どもの問題行動に因果的な効果をもつことを明らかにした研究は決して多くはありません。むしろ、ハーバード大学のクトナー教授らは、中学生を対象にした大規模な研究によって、ゲームが必ずしも有害ではないことを明らかにしています。

それどころか、17歳以上の子どもが対象になるようなロールプレーイングなどの複雑なゲームは、子どものストレス発散につながり、創造性や忍耐力を培うのに良い影響があるとさえ主張しています。

ゲームの中で暴力的な行為が行われていたとしても、それを学校や隣近所でやってやろうと考えるほど、子どもは愚かではないということです。

ゲームを1時間やめても、1.86分しか勉強時間は増えない

私自身も、学習院大の乾教授らとともに、日本のデータを用いてゲームが子どもの問題行動や学習時間に与える因果効果を実証的に明らかにするため、前出の「21世紀出生児縦断調査」の個票データを用いた分析を行ったことがあります。

「21世紀出生児縦断調査」は厚生労働省が収集している統計で、2001年の1月と7月の第2週に生まれた約5万人の子どもを10年以上にわたって追跡した大規模なデータです。この10年以上の間に、子どもの心身や、子どもを取り巻く家庭環境がどう変化したかがよくわかります。

私たちの研究を通してわかったのは、ゲームをやめさせても、子どもの問題行動や学習時間にはほとんど影響がない、ということです。もう少し正確に言うと、ゲームは子どもの問題行動や学習時間に負の因果効果をもつことはもつのですが、その効果は極めて小さいのです。

たとえば、1時間のテレビやゲームをやめさせたとしても、男子については最大1.86分、女子については最大2.70分しか学習時間が増加するにすぎないことが明らかになりました。

子どもに対してゲームの時間を制限しても、子どもは自ら机に向かって勉強するような子どもにはなりません。

子どもが勉強に取り組む姿勢や本質が変わらないのに、テレビやゲームの時間を制限したら、それに類似すること(スマートフォンでのチャットやインターネットでの動画視聴など)に時間を費やすだけでしょう。少なくとも、子どもを勉強させるためにゲームの時間を制限するのは、あまり有効な方法とは言えないのです。

1日1時間程度のゲームなら問題はない

ゲームが子どもの問題行動や学習時間にもたらす因果効果が小さいのは事実です。

ただし、これは「ゲームを無制限にやらせても問題ない」ということを意味しているのではありません。私たちの研究では、ゲーム使用の時間が長くなりすぎると、子どもの発達や学習への悪影響が飛躍的に大きくなることが示されています。

それでは、どれくらいのテレビ視聴やゲーム使用だったら無害なのでしょうか。私たちの推計によると、1日に1時間程度のゲーム使用が子どもの発達に与える影響は、まったくゲームをしないのと変わらないことが示されています。

一方、1日2時間を超えると、発達や学習への負の影響が飛躍的に大きくなることも示されています。

つまり、子どもが、1日1時間程度、ゲームをすることで息抜きをすることに罪悪感をもつ必要はありません。「ゲームは悪影響だ」というのは、その昔「ロックンロールを聴くと不良になる」と言われたのと同様、単に人々の直感的な思い込みを強く反映したにすぎません。時代遅れのドグマです。

ゲームをidiot box(愚か者の箱)にするかどうかは、時間や内容を決める本人の使い方次第です。テレビやゲームを見ると直ちに問題が起こるというわけではないのです。

(構成:長山清子)

※来週土曜日掲載の第2回目は「ご褒美で子どもを釣ってもいいのでしょうか」という相談に答えます。
 著書プロフ_中室牧子

『「学力」の経済学』を6月18日ディスカヴァー・トゥエンティワンより発売予定。