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「過疎地に国力を注ぐ必要はない」って、本当ですか? 反論に続々と思い出が集まった【能登半島地震】

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  • フリーランスの翻訳家

    「過疎地に国力を注ぐ必要はない」か… 。

    同じ日本人なのに、こんなことをいう不埒な輩がいる事実に、私はただ愕然とするほかないが、この種の人間はまず十中八九以下のような思考しかアタマの中にないのだろう。

    1. 悪い意味での経済一辺倒
    2. 過度の効率性重視
    3. 金とモノが 価値判断の殆んど全て
    4. 大都市、とりわけ東京偏重
    5. 上記の基準に合わないものは 一切切り捨てる
     そして
    6. 他者の痛みがまるでわからない

    幸い私の周囲にも、知っている範囲内にも、こうした手合いは誰一人いない。 能登地震に対しては義援金を送る以外何も出来なかった私だが、こんな人にあるまじき考えを持つような人間でなかったことは、本当に何よりだったと思う。


注目のコメント

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    京都大学大学院地球環境学舎 第4期Student Picker

    農村にある限界集落に住んでいる大学生です。確かに、生産性、合理性にかけた労働が、都市の方からすると農村には多いと思います。
    都市の方と話すと、「地方って社会課題先進地域だよね、不便だね、大変だね」というスタンスで話しかけてくる人がいます。個人的には都市よりよっぽど地方の方が人間らしい生活ができ豊かだと思いますが。
    都市に覆っている規範は、経済、人間中心主義、科学主義といった合理性重視の規範です。この規範からすると地方は切り捨てられていきます。しかし、この合理性の追求が私たちを人間性、自然との関係性から疎外させます。
    また都市は農村からの資源に依存しています、水、食料など(顕著な例は、東京。東京は食料自給率0%)。農村、森林には水源涵養など多面的な機能があり、これらは私たちの生活を根本から支えています。
    地方と都市をつなぎ直すこと、それもオンラインではなく、実際に都市から地方にきて、暮らし、文化を体験していただきたいと思っています。


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    A.T. Marketing Solution 代表 VISOLAB(株)CMO マーケティング、ブランディング

    GDPでドイツに抜かれたことを記念して、資本主義以外の体制を考え始めた方がいいような気がします。

    新しい資本主義ではなく「新しい日本主義」です。


  • 農村では、人はコストでは無く生産力として捉えられるため、出生率が高い。農村は人の畑である。

    工業では、人は利益を減らすコストとして捉えられる。
    都市部では、人を再生産せずに、低コストで人を集めることで、狭い場所で局所的に豊かなGDPを実現している。

    愚かな政治家は簡単に国を消してしまう。自公政権は罪深い。


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