20150513_トムバイヤー

アメリカ人指導者が語る現実

中国のサッカービジネスが日本より優れている3つの点

2015/5/13
中国は習近平国家主席の方針により、国策としてサッカーの強化に取り組み始めた。その一貫として雇われたのが、アメリカ人指導者のトム・バイヤー氏だ。バイヤー氏は日立FC(現柏レイソル)でプレーしたのち、約20年間、日本での草の根の指導を続けてきた。その実績が認められ、中国サッカー協会からオファーが届いたのである。日本人の妻をもつアメリカ人指導者が、中国で目にしたものとは──。

220万人の子どもたちが指導の対象

──トム・バイヤーさんは、中国サッカー協会から「草の根大使」と小中学生年代の技術顧問に任命されました。また、北京国安というクラブとも契約されていますね。

トム:2012年の8月、中国サッカー協会から依頼があって契約しました。中国サッカー協会は「チャイニーズ・スクール・フットボール・プログラム」と銘打ち、126都市の約6200学校、およそ220万人の子どもを対象にしたサッカーの育成プログラムを、2009年に立ち上げていたからです。

目標はサッカーの普及。面白いのは、スポーツ省と教育省、2つの省が省庁の壁を越えて協力してプログラムを作ったことです。

──なぜトムさんが選ばれたのでしょうか。

トム:日本で育成に携わって約20年、指導した子どもは50万人以上になります。そこから、プロ選手やなでしこジャパンで世界一になった選手も出ています。

そういったグラスルーツ(草の根)の活動を中国は評価してくれました。最初はプロチーム・北京国安のトップが日本に来てミーティングをしました。その後、北京で中国サッカー協会の幹部と話し合って決まりました。

──北京国安は中国超級(中国スーパーリーグ)でも、常に上位に位置する強豪クラブですが、そこでは何をされているのですか。

トム:北京国安では、アカデミーのコーチをしています。子ども向けのキャンプなどで指導しています。私は現在U-6(6歳以下)のオリジナルメソッドの普及に努めています。

手のひらでつかめるくらいの小さなボールでタッチの練習をするものです。特に6歳以下ではボールを蹴るのではなく、マニピュレーション(操作)を身に付けたほうがいいと思い、私が考案しました。

──動画を見せてもらいましたが、部屋の中でも練習できて面白いですね。これを中国は評価してくれたと。

トム:はい。実はその前にJリーグの関係者にもプレゼンしていたのですが、中国はすぐに反応がありました。

彼らはハングリーです。いいものがあればすぐ取り入れる。日本はある程度目標を達成して満足しているところがあります。このU-6のプログラムは現代のサッカーで一番大事なものです。

トム・バイヤー、1960年アメリカ合衆国生まれ。アメリカ、イギリスでプレーしたのち、来日して日立FCでプレー。約20年間、日本全国でサッカー教室を実施し、子ども時代の香川真司や宮間あやが参加していた。2012年8月、中国サッカー協会からの依頼により、中国学校サッカー事務局の主任テクニカルアドバイザーに就任。同学校のオフィシャル・グラスルーツ・アンバサダー(草の根大使)も兼任している。(写真:福田俊介)

トム・バイヤー
1960年アメリカ合衆国生まれ。アメリカ、イギリスでプレーしたのち、来日して日立FCでプレー。約20年間、日本全国でサッカー教室を実施し、子ども時代の香川真司や宮間あやが参加していた。2012年8月、中国サッカー協会からの依頼により、中国学校サッカー事務局の主任テクニカルアドバイザーに就任。同学校のオフィシャル・グラスルーツ・アンバサダー(草の根大使)も兼任している。(写真:福田俊介)

なぜ習近平はサッカー改革を進めるのか

──習近平がサッカー改革を進めていますが、現場ではどういった成果が表れていますか。

トム:改革は以前から進められていました。ただ習さんが国家主席に就任してから、一気にスピードアップした。彼はサッカーだけじゃなく、スポーツ全体の改革を押し進めています。

それには2つ問題が関係しています。中国では小学生でも糖尿病や心臓病が多いこと。もう1つは中国の一人っ子政策です。

「教育とスポーツのどちらが大事か」という選択を迫られ、多くの人が教育を選んだ。その影響でコミュニケーションが取れなかったり、組織的な行動ができない子どもがたくさん出てきたんです。

中国はサッカーに大きな投資をしています。2025年まで8170億ドルをスポーツ産業に投じるというニュースも流れました。日本円に換算すると、約98兆円です。政治家のバックアップや教育省の協力もあります。私は絶対中国のサッカーは強くなると思っています。

20年くらい前、日本のサッカーは育成に力を入れていて、私は必ず強くなると言っていましたが、それと同じ。当時そう言っても信じない指導者が多かったですが。

──指導をされていて、変化のスピードは。

トム:どんどん早まっています。2027年にはプログラムを2万校に広げるのが目標なんです。

とても私一人では指導できませんね(笑)。そこで秋から毎朝地上波のテレビで、私のサッカー番組が始まる予定です。

「その国のサッカーを進化させたかったら、グラスルーツから変えるべき」というのが私の持論なんです。日本でもそう思って指導してきましたが、中国側はその点も評価してくれました。習さんの改革というのはスピードを重視し、とてもファンダメンタルなもの。

今まで中国サッカーは「カンフーサッカー」などと言われ評判が悪い部分もありましたが、グラスルーツから変化させようとしています。

日本より中国のビジネスが優れている3つの点

──中国でビジネスをされていて日本より優れていると思う点は。

トム:3つあります。1つはとてもオープン。ビジネスに関して何でも話せます。日本の社会はややクローズです。フレッシュなアイデアがなかなか出てきません。「オープンマインドで話しましょう」と言っている人ほど隠し事があったり。

2つ目はフレキシビリティ。日本は一旦決めたことをなかなか変更しない。中国では方向が間違っているとすぐに変えていきます。今みたいなスピードのある時代に、これはものすごく大事です。

3つ目はコミュニケーション。これは意外に思われるかもしれませんが人間関係がフラット。日本人だったら先輩後輩があります。中国もあるけど、いざビジネスになると結構フリーで話し合って、アイデアを出します。

──逆に、ここは厳しいと思う面は。

トム:中国でビジネスやっていると言うと、多くの日本人から「え、大丈夫ですか?」と聞かれます。でも今まで大きな問題点が起きたことはありません。

約束を守るし、指定した日に必ず振込みがされています。契約も約束もすべて守られています。一昔前は知りませんが、トム・バイヤー個人や会社では、全くそういった問題はありませんでした。

ベイジン・マッチ・モア・インターナショナル・トウキョウ

──中国と日本の往復です。生活の面で感じることは。

トム:ベイジン(北京)・マッチ・モア・インターナショナル・トウキョウ。東京より北京や上海のほうが国際的です。世界中からそう思われているんです。これは間違いありません。

バーやレストレランでも外国からの客の受け入れや対応ができています。アメリカやヨーロッパにいるのと全然変わらず、リラックスできます。

私は日本に20年以上住み、妻も日本人です。日本が大好きです。でもいまだに東京では「外国人」扱いです。多くの外国人も同じように思っていて、これが少なからずビジネスに影響しているんです。中国との差はここでも生まれていると思います。

※本連載は毎週水曜日に掲載予定です。