ドワンゴ川上量生会長インタビュー【Vol.1】
ネット時代に最も重要なのは、プロモーション能力だ
2015/4/20
2014年10月に誕生したKADOKAWA・DWANGO。老舗出版社とIT企業という異色タッグのカギを握るのは、コンテンツを創る編集者、プロデューサーの存在である。出版業界とIT業界は似ていると語る川上会長。「なぜ編集者にプログラミングを学ばせるのか」「なぜ編集者はこれからいちばん食える仕事なのか」「これからの編集者にもっとも必要な能力は何か」。川上会長が「ネット時代の編集者像」を語り尽くす。
「セルフプロデュース」ができないと生き残れない
──はじめに、川上さんは「ネット時代の編集者像」を考えるにあたって、どこがポイントになると思いますか。
川上:本の出版ということにおけば、たとえば「Kindle」などで個人が本を出すことが可能な時代ですよね。堀江(貴文)さんみたいな人は、メルマガでビジネスをやっているわけで。そんな時代に「出版社の役割って何だろう、編集者の役割って何だろう」と考えるところが、最初のスタート地点になると思います。
──普通の人が作り手になる流れは加速しています。
川上:個人でも出版できる土壌はできつつありますが、実際には、たぶんうまくいかないんですよ。それは単純な話で、コンテンツの数って、限度があるから。誰でもクリエイターになってビジネスができるようになっても、コンテンツが増えすぎたら誰も買ってくれない。
活躍できるクリエイターの枠には、元々限度があるんです。その枠が絞られないと、クリエイター自体の価値だって下がるし、「内輪だけでウケる面白い冗談」と同じくらいの、ビジネスにならないコンテンツがあふれることになる。
──そこでは、コモディティ化が急速に進むということですね。
川上:はい。本当にフラットなコンテンツのマーケットというものがあり、誰でもビジネスができる状況が厳格に守られるとすると、そういうことが起きる。そんな有象無象のフラットの中で、フラットじゃない特別な人をつくるというのが出版社、編集者の役割だと思います。
──昔の出版社は、自分たちが出版できるという「ポジショニングパワー」で、かなり食えていましたが、それが消えていく中では、全く別の力が試されるわけですね。
川上:そうですね。そこで何が起きるかというと、基本的にフラットな世界では、「セルフプロデュース」ができないと生き残れないわけです。
でも、そんなに複数の才能を持つ人間はそうはいない。作品をつくる能力は優れているけれど、セルフプロデュース能力はゼロという人はたくさんいます。そういう人たちのために、編集者が必要だと思うんですよね。
プログラミングを研修として必須とした理由
──編集者に求められる能力も変わってきますね。
川上:ネット時代の編集者で求められているものは、プロデュース能力ですよ。作家にプロデュース機能を提供できない人は、ネット時代に役に立たない。
そして、ネット時代のプロデュース能力は、当然ネットでどう情報を発信すればいいのかについての能力も備えている人です。
──その情報発信の能力とは、具体的にどういうところをみていますか。
川上:現時点だと、単純にネットでの情報発信がうまいかどうかですよね。
──たとえば「Twitter」や「Facebook」を使いこなせるとか、そういうことですか。
川上:そうですね。
──今回の新卒採用ページでは、プログラミングを研修として必須としていますが、そこにも狙いがありますか。
川上:はい。僕は、たとえばTwitterなどでプロモーションをするのは、会話をするのと同じくらいの基礎技術だと思うんですよ。あまりにも基本的すぎて、そんなものでは最終的に戦えないと思っている。今はかなり特殊な能力だと思うので、価値があるかもしれないけれど、いずれある程度収束するでしょう。
そう考えた場合、きっとWebサービスそのものを作って、作家のプロモーションをするところまで踏み込まないといけない時代が来るんですよ。そのときは、Webで何ができるのかということをわかってないといけない。今、出版社にいる編集者やマーケティング担当者で、プログラミングができる人間は、ほぼ皆無ですよね。
その中で、プログラムの基礎知識や構造がわかって、何ができて、何ができないのか、何が難しいのか理解できていることは、やっぱり強みになると思います。
今の編集者は「個人技」に頼りすぎる
──それで言うと、川上さんは「ネットとリアルの融合」ということをよく話していますけれど、ネットだけではなく、リアルなイベントを含めたうえでのプロモーション力という意味ですか。
川上:そうですね。
──その意味だと、KADOKAWAは出版社のなかで非常にうまいですね。
川上:メディアミックスなどは、日本で一番長けていますよね。だからこそ、ネット時代の出版社としてKADOKAWAは非常に強みを持っていると思うんですよ。
──KADOKAWAの編集者の方と付き合うようになって発見したことってありますか。
川上:この前「若い人と1回会わせてくれ」と言って、入社数年目の編集者に仕事内容を聞いたんですけど、思ったより個人技過ぎるのかなと思いましたよね。
──「個人技」ですか
川上:たとえば、書籍の編集部は、それぞれの編集部員が勝手に作家を発掘して、勝手に依頼をして、それで今年は何々先生と何々先生に書いてもらって、これぐらい部数出せそうだから、売り上げはこれぐらいでしょう、みたいなものを計算しているだけなんですよね。
でもそれは、個人技に頼りすぎている。要するに、ネット時代というのは、個人技だけだと、競争相手が多すぎる世界。そこでは、もっと会社としてのパワーを利用する仕組みが必要なんですよ。
KADOKAWAも、たとえば、ライトノベルではメディアミックスなどで会社としてのパワーが生かされるけれど、普通の書籍においては現状では他の出版社と同じだと思います。だから、個人技も素晴らしい部分はあるけれど、もっと編集者をエンフォースする仕組みを提供できないと、これからの出版社は難しいと思いますよね。
会社の信用+プロモーション能力
──今までの出版社がもっている仕組みは、例えば「書店営業」などがあります。
川上:出版社として、どれくらいお店にポスターを貼れる場所をもっているか、良い棚をもっているか、そういうことだったと思うんですよね。もしくは本を出したとき、新聞などのメディアにどの程度の露出が可能な関係値があるかとか。ネットにおいて、それは何なのかということですよね。
──その点では、ネットはある種、平等です。
川上:平等に近いですけれど、実際にはあると思うんですよ。例えば「Yahoo! トピックス」がネットでは非常に強力な媒体ですが、そこで選ばれやすいコンテンツというのは、なんだかんだいってある。ヤフトピだけじゃなくて、最近だったらNewsPicksもそうです。それを、1個1個ちゃんとつくっていくことは、きっと必要だと思います。
──このコンテンツだと載りやすいという法則をつくってみんなで共有するイメージですね。
川上:はい。それも個人技なのか、共有可能なのか、わかりませんけれども、地道にやっていくのはやっぱり必要なんじゃないですかね。
──伝統的な出版社は、どうしても良いものをつくりたい、良いものをつくれば売れるという発想が強いですけど、それは誤りだということですよね。
川上:そうですね。やっぱり重要なのはプロモーション能力だと思います。もちろん、作品の質によってできる会社の信用力がプロモーションの力を形成する場合も当然あるわけですが、それは基本的なことですね。
──そこのプロデュース能力は、「発信」だけでなく「発掘」のような点も大きいのでしょうか。
川上:確かに、才能のある人を発掘するのはすごく重要なんだけれど、最終的にはやっぱり、プロモーション能力で決まるんですよ。それがおそらく編集者に必要とされる能力です。ただ、それは編集者一人じゃできないので、会社として彼らに力を提供するのが出版社という構造になるでしょうね。
もし、そうならないんだとしたら、要するに出版業界というものがなくなっちゃうということでしょうね。それは、正規のマーケットそのものがなくなってくることに等しい話だと思いますよ。
※続きは明日、掲載予定です。
(聞き手:佐々木紀彦、構成:菅原聖司、写真:福田俊介)