人生思い通りにはならなかったけど「おもしろかった」を目指す!40代からの生き方戦略
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フランクル氏の「夜と霧」を読み直そう。。
以下はナチスの強制収容所へ収監された時のお話で、
いかにヒトに無駄な時間が必要なのかを考えさせられます。
「ひとつのバラックがそのときだけ空にされ、木のベンチが並べられ、「プログラム」が作られ、「演芸会」が催されることがあったそうです。夕方になると、囚人たちやカポー(囚人を監視する人)が集まり、彼らは少しばかり笑い、あるいは泣き、厳しく悲惨な現実を忘れました。歌の上手い囚人は拍手喝采を受け、歌に感謝したカポーが夕飯時にいつもより多めにスープをよそってくれたり、おもわぬ「報酬」を受けたといいます」
注目のコメント
何者って何?
何だかわからないものを目指して人生思い通りにならないなんて考えるのをやめる。何が起こるかわからないから人生は面白い。
いろいろ面白がって、どんな時間も楽しむ。自分ならではの生き様になりますよ。そもそも何者かになるって悩むことが本当に無駄。「何者にかならなければならない」という強迫観念があるように思えました。そういう方には、モンテーニュの言葉はいかがでしょうか。
「それにしてもわれわれは大変な愚か者である。だって、「彼は、人生を無為にすごした」とか、「今日は、なにもしなかった」などというではないか。とんでもない言いぐさだ。あなたは生きてきたではないか。それこそが、あなたの仕事の基本であるばかりか、もっとも輝かしい仕事なのに。「もっと大きな仕事でもまかせてくれたら、自分の能力のほどを発揮できたのに」だって?あなたは生活のことに思いをめぐらせて、それをうまく導いたではないか。それならば、きわめつけの大仕事を成就したことになるのである。」
― 第三巻第13章「経験について」(久保田剛史編、宮下志朗訳『モンテーニュの言葉 ― 人生を豊かにする365の名言』pp.67-68)
「人間にとっての名誉ある傑作とは、適切な生き方をすることにほかなりません。 統治すること、蓄財すること、建物を築くことといった、それ以外のすべては、せいぜいが、ちっぽけな付属物とか添え物にすぎないのです。」
― 第三巻第13章「経験について」(久保田剛史編、宮下志朗訳『モンテーニュの言葉 ― 人生を豊かにする365の名言』p.68)実は「死ぬ事を目標」として「義務」として生きて来た半生。決行を総がかり(正に人海戦術)で止められ、その数年後に原因でもあった人物(親)が他界して、ようやく自分の人生が始まりました。その時なんと51才。
今までの人生は虚構に近いので、今から人生構築して行きます。生活保護で貯蓄ほぼ無し。向精神薬服薬中。守りたいのはニャゴと知人友人の繋がり位。資格は簿記2級だけなのでこれからボチボチ。夢はビリオネアになってエンジェル投資家&未来の芽の開拓育成。←本気だぜ!
普通に当たり前の人生歩めた方が羨ましいです。キラキラでなくても手応えある生き方出来ていたなら尚更に。
40代の方々へのエールとしたら、力抜きながら、深呼吸する余裕持って、まだまだ続く道の先を付加価値付けながら進んで行って頂きたいです。
とりあえず5年後の自分は「シャカリキに働いて人生を明るくする!」「仕事 : ご縁あったトコロの多分経理」「家庭 : ニャゴまみれ」であろうかと。笑。