記者クラブの外から見る

芦屋学園リポート第3回

高野連は「イノベーター球児」に手を差し伸べろ

2015/2/27
あえて高校野球連盟に所属しない――。そんな規格外の挑戦をしているのが兵庫県の芦屋学園だ。彼らは絶対に甲子園に出場することができない。だが目標のひとつはプロ選手を生み出すことだ。いったい芦屋学園は何を目指しているのか? スポーツライターの中島大輔がレポートする。
第1回:絶対に甲子園に出場できない高校の挑戦
第2回:芦屋学園はプロよりも高レベルの指導を目指す
昨秋、大学2年でドラフト候補に上がった山川和大投手。永山英成育成軍監督は「向上心が高く、典型的アスリートのハートの持ち主」と太鼓判。(提供:芦屋学園)

昨秋、大学2年でドラフト候補に上がった山川和大投手。永山英成育成軍監督は「向上心が高く、典型的アスリートのハートの持ち主」と太鼓判。(提供:芦屋学園)

芦屋学園の理想と現実

祖父の勧めで小学1年生の頃に野球を始めた木谷鎮也は、2014年春、芦屋学園中学に入学した。志望動機は文武両道をできること、元プロ野球選手から指導を受けられること、そして3歳上の高校生と一緒に野球をできることに魅力を感じたからだ。ソフトバンクの松田宣浩に憧れ、いつか同じ舞台に立ちたいと夢見ている。

「僕らは高野連(高校野球連盟)に入っていないので、大学や高校を卒業する前でもプロに入れます。中学から頑張って、高校を卒業するまでにプロになりたいと思います」

芦屋学園ベースボールクラブの設立が発表された際、既存のレールを歩む高校生や大学生と異なり、いつでもプロに挑戦できることがメリットのひとつとして挙げられた。ところが現状、その大志はあくまで絵空事になっている。

元プロの指導者が才能を見抜いた

昨年秋、芦屋大学の2年生投手として独立リーグの兵庫ブルーサンダーズでプレーする山川和大は、ドラフト候補として一部で注目を集めた。

芦屋学園高校で軟式野球部に所属していた山川がプロの視線を浴びるようになったのは、ブルーサンダーズ2軍(芦屋大学生が所属)の監督を務める池内豊との出会いによるところが大きい。大学から硬式球に握り変えた山川を初めて見たとき、池内はスピンの効いたボールを投げられることに可能性を見出した。

池内豊投手コーチは「私がプロでした経験を早い時期から伝えたい」と語る。(撮影:山本仁志)

池内豊投手コーチは「私がプロでした経験を早い時期から伝えたい」と語る。(撮影:山本仁志)

そこで池内は、高校時代から投手を務めていた山川にセカンド兼投手としてプレーするよう命じる。1年後、その狙いは見事に的中した。

「バットでスイングをしたり、野手でノックを受けて早い一歩目を切ったり、ピッチャーではできないような練習をしたことが、山川にとってプラスになっていますね。例えば、瞬発力がついてきました」

168cmの山川は、優れたバランス感覚を持ち味としている。投手としては小柄な一方、「190cmを超えてバランスのいい子は少ないけど、山川は小さいので逆にバランスがとれている」と池内は言う。その身体から最大限に力を発揮すべく、体幹を強化することで、躍動感のあるピッチングフォームを身につけた。

ドラフト指名を阻んだNPB規約

2013年秋からセカンド兼リリーフ投手として試合に出始め、翌年春から急成長を遂げる。同年4月に行われたオリックス2軍との交流戦で球速146kmを計測して注目を集めると、5月の楽天2軍戦では147kmをマーク。一躍ドラフト候補に躍り出た。

芦屋大学は全日本大学野球連盟の傘下に入らず、ブルーサンダーズと提携して独自で活動している。独立リーグの選手は所属1年目からプロ野球(NPB)のドラフト指名対象になり得るため、各球団やメディアは山川にプロ入りの可能性があると見ていた。

しかし同時に、NPBの規約では大学生の指名について、「翌年3月卒業見込みに限って」可能としている。結局この規約が優先され、山川の指名は不可能と解釈された。

個人的な見解を言わせてもらえば、NPBは“グレーゾーン”の山川を白と判定するわけにはいかなかったのだと思う。仮に山川のドラフト指名を認めると、次の“例外”が出てアマチュア側とのあつれきが生まれる可能性もある。さらに言えば、大学生はドラフト指名できないという規約の解釈にも筋が通っている。

池谷投手コーチが教え子にかけた言葉

山川の指名を認めるべきだったかという議論はさておき、考えるべきは、“プロアマの壁”は何のために存在するかということだ。強引な契約手法や裏金が飛び交っていた過去を振り返ると、壁をつくって一定の保護をもうけるという方策も必要だったのだろう。

しかし現在、“プロアマの壁”は“慣習”という理由だけで存在してはいないだろうか。プロが学生を教えることに一体何の問題があるのか、筆者にはまるで理解できない。技能が高く、プロの世界を経験してきた者に教えてもらうことで、可能性を引き出される学生は数多く存在するはずだ。現在、元プロ選手は計3日間の講習を受け、日本学生野球協会の承認を受ければ指導資格を得られるようになっているが、“プロアマの壁”の撤廃を議論するタイミングが来ているのではないだろうか。

昨年秋、ドラフト指名が見送られた山川に対し、池内はこう伝えている。

「今回プロに行けていたとしても、結局、君はレベルを上げなければいけない。それをこの場所で上げるのか、プロでやるのか。その違いだけだ」

山川が昨秋に注目を集めたのは、あくまで好素材としての評価だった。プロで活躍できる可能性を秘めているが、現実に近づけていくためにはまだまだ進むべき道のりがある。池内が続ける。

「山川はまだ荒削りで、スカウトは伸びしろを見ています。でも2年経ったとき、求められるレベルが上がってくる。それに山川がどれだけ応えられるか、ということです」

2年後に山川はドラフト指名されるか?

2016年秋、順調に成長した山川がドラフトで指名されれば、日本球界では“異色”の経歴にスポットライトが当たるだろう。ダイヤの原石を発掘し、磨いた池内の手腕も賞賛されるはずだ。そうなったとき、山川の育った環境で野球をしたいと考える中高生も出てくるのではないだろうか。

池内は芦屋学園ベースボールクラブ育成軍のビジョンについて、こう描いている。

「今は県大会で1、2回戦レベル。そこにベスト4、甲子園に出られるようなトップクラスの子が何人か入ってきてくれれば、プロや海外に羽ばたいていけるような道が開けてくると思います。プロだった選手も今は高校野球で指導できるようになってきているし、我々も含めてさまざまな選択肢が増えれば面白いな、と。誰もやっていない取り組みを行っているので、これが波及していけばいいですね」

今回の取材で話を聞いた高校1年生の下條玲央奈と大塚凱斗、そして中学1年生の木谷は、「高校卒業後にプロに行きたい」と口をそろえた。育成軍監督の永山英成は下條と大塚について「高卒ではまず無理」としたうえで、「大学2年までに1軍(=ブルーサンダーズのトップチーム)である程度レギュラーをつかめるようになったら、そこから自分の努力次第で可能性がどこまで行くかなというところですね」としている。

永山英成育成軍監督は「高い壁を登ろうとしている子を応援して、何とかいいものを引き出してあげたい」と語る。(撮影:山本仁志)

永山英成育成軍監督は「高い壁を登ろうとしている子を応援して、何とかいいものを引き出してあげたい」と語る。(撮影:山本仁志)

異質な者たちを排除すべきではない

一方、芦屋学園にとっての課題は明確だ。池内は「試合でしか起こり得ないことがいっぱいあると思います。逆に言うと、どこで試合数を増やすかが、2015年の課題になります」と話している。

だからこそ高野連や全日本野球協会は、前例のない挑戦に自ら踏み出した子どもたちの障壁となるのではなく、可能な範囲でサポートしてくれないだろうか。甲子園に出られないのは仕方ないとして、高校や大学、社会人チームと練習試合を行うことにさしたる害はないはずだ。芦屋学園を「異質な者たち」と排除するのではなく、「イノベーター」に手を差し伸べる。そうして度量の広さを見せることは、野球界にもメリットがある。

果たして、芦屋学園ベースボールクラブに可能性はあるのか――。何人かに聞かれたが、筆者はあると思っている。

その根拠は、選手たちが本気で夢を目指していると自身の目で確認したこと。そしてもうひとつ、山川という原石がプロの目利きによって見出されたことにある。仮に芦屋学園でなければ、山川の可能性は見逃されていたかもしれない。そうした宝を見つけられる眼力は、芦屋学園にとって何より大きな武器だ。

衝撃だった花巻東高校の指導

彼らの未来をポジティブに考える理由は、西宮市のビーコンパークスタジアムを訪れた1週間前、吹雪の岩手で聞いた話も関係している。2014年12月17日、筆者は花巻東高校野球部の監督を務める佐々木洋に会いに行った。西武の菊池雄星、日本ハムの大谷翔平という大物を輩出した花巻東は今でこそ全国の強豪として名を馳せているものの、強者としての歴史は少し前に始まったばかりだ。

菊池を擁して準優勝を果たした2009年春の甲子園が始まる前、「目標は日本一」と宣言した佐々木は地元でたたかれたという。実績もないのに大言壮語するな、ということだ。しかし、その後のサクセスストーリーは広く知られている。この花巻東と芦屋学園に、いくつかの共通項を見出すことができたのだ。

次回から、花巻東野球部がなぜ大物選手を輩出できるのかについて描いていく。野球監督のマネジメント法をテーマに取材を続ける筆者にとって、佐々木の手腕は衝撃的だった。(敬称略)

※本連載は毎週金曜日に掲載する予定です。