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マックの「PUFFY風」CMはなぜ叩かれたのか 元ネタへの愛不足?過去事例に見た不評のワケ

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コメント


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  • マネジメントを世界に伝えたい人

    コンテンツへの愛がないと、ファンは怒る。
    これは難しい問題ですね。
    比較としてマックのCMとシティハンターが挙げられていますが、そもそもマックはテレビCMであり、マックをPRすることが主であるのに対して、シティハンターは映画ですのでシティハンターという作品自体へのオマージュ感や作り込みを行うのが当然というかむしろ商品価値だと思います。
    (マックの方は、CMのオマージュ度や作り込みを完璧にしても、ハンバーガーの味が変わるわけではありませんからね)

    しかし、ファンの方は見ていて良い気持ちにはならなかったのも事実なのだと思います。
    こう考えると、時間制限のある商業作品をオマージュとして作るには、今話題のAIに作品を学習させ(AIへの学習ビジネスはAI業界で最もホットな分野で成長著しく、学習に対する時間的コストも金銭的コストも急激に下がりつつある)、AIを使ってAIと対話しながら、真の作り込みとは何か、もっと愛を表現して、作品を知るにはどうすれば良いかを会話しながらAIと共にコンテンツを作る時代が来るのかなと思います。
    そして、それが可能ということは、原作の1番のファンであり、原作を知り尽くしているのはそのAIということになりますので、むしろ人が介さずAIが作った方がファンへの訴求度が高いコンテンツが作れそうですね!
    (映画と違って、CMにファンへの過剰な訴求度が必要かは議論の余地がありますが)

    そうなった時、そのAIは「作品を愛している」と、ファンも認めて仲間意識が湧くのかなと思います。
    同じものを愛していることが理解できると、たとえAIでも仲間意識を感じる、この部分は人間の素晴らしい能力の一つですね!


注目のコメント

  • 中小企業 末端管理職

    先週にも他で同じような記事見ましたが、ネットでは批判アンチの方が目立ちやすいというだけのことではないでしょうか。
    コンプラ違反だったり差別を助長するようなものでもない。
    一部のコアファンの中でさらに一部のかたが「こうあるべき」を主張しただけのように思います。
    PUFFY好きですしその世代ですが、そんな違和感感じませんでした。
    簡単に切り取ってまとめられるのがインターネット時代の良いところでありつつ、リテラシーが求められる部分なんだと思います。
    こう言った記事は話半分どころか十分の一くらいでもお釣りが来るくらい。
    後半のシティハンターやうしおととらの話も、あまり参考になりません。
    これらは作品として見せることが目的ですし、どう見せるかという表現も、一定のところ映画化する側に委ねられてますよね。
    マックはオマージュとは言っても、元々のPUFFYをそこまで強く意識してる訳でもないと思います。
    ハンバーガーを売るのが目的で、映画やアニメとは違いますし。

    そういえばシャイニングという小説、キューブリックが映画化したものは有名ですし人気もあります。
    しかしスティーブンキングが原作と異なることに怒って自身で作り直した方は、ほとんど存在も知られていないのでは?
    商業を尺度にするならばキューブリックが正解とも言えますし、原作を改竄している訳ではなく、映画版として再解釈しているだけなので特に問題ないはず。
    だからシティハンターやうしおととらの例も、元ネタリスペクトの度合いが問題なんじゃないと思いますよ。
    元ネタリスペクトがあるほど、原作ファンをスムーズに取り込めて商業的成功にも結びつく面はあると思いますが。


  • 中小企業雇われ役員

    ふとんがふっとんだ


  • 専修大学・経済学部(国際経済) 専任教員

    物真似、パクリとオマージュ、リスペクトは違うということを理解する必要があるように思う。
    再現性を問われる類のモノマネ選手権であれば似せていないことへの批判は分かる。
    しかし、オマージュ、リスペクトは違う。その違いにアーティストの考えが現れる。

    全く同じものが求められるなら当時の映像をデジタルリマスターなどすれば良い話。実際に三井のリハウスとかはそうした要素を取り入れたCMが作られている。
    人が違うんだから、その違いは当然に起きてくる。顔貌も違うわけだし、背景思想や育ってきた環境・時代ももちろん異なる。
    (政治じゃないんだから)21世紀の今ならストレートヘアーを採用する、という発想を持ったとしてもそれで外野から非難されるいわれは本来無い。
    強いて言うなら、Puffyの本人や所属事務所が言うならともかく、外野がどうこういう筋合いでも無いようには思う。

    そもそも時代が違えば、完全に再現することが妥当かどうかを考える必要もある。再現しないことが妥当な場合ももちろんある。
    例えばコンプラ的なものにより再現しない場合。ダイの大冒険が再現されたとき、スケベなキャラクターが女性の胸を揉むシーンはカットされている。
    例えばパクリにおける著作権など知的財産権への配慮の場合。恋ダンス踊ってみたなどはこの配慮により現在はかなりカットされている。
    例えば時代的にそぐわないとされる場合。タバコを吸うシーン等は昔に比べてかなりカットされているが、それはそうしたシーンによってタバコ助長に繋がることが知られているから。あの明石家さんまさんでさえ、吉田拓郎さんのタバコを吸うシーンに影響されて愛煙家になったことが知られていて、そうすると敢えて見せる必要が無い場合はカットとするのは別に不思議ではない。
    例えば時代背景にそぐわないからと言う場合。金田一少年の事件簿の佐木は本来ビデオカメラを持つが、近年の再現では自撮り棒によるスマホでの撮影となっていた。
    そして原案者判断による場合。大河ドラマの多くにはそうしたシーンがある。

    今回はストレートヘアーを選択した原案者のセンスと理解すべきだろう。
    別にそれでバーガーのイメージが大きく損なわれるならともかく、そうでない以上、そこまで問われなければならない案件とは思えない。


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