nanapi_古川インタビュー (3)

古川健介氏、緊急インタビュー

なぜ僕は、nanapiをKDDIに売ったのか

2014/10/16
10月16日にKDDIによって発表されたネットサービス連合「Syn.(シンドット)」。16日の会見では、12社、13サービスを束ねる巨大な構想が明らかになった。中でも最大の目玉が生活に関するハウトゥーサイトを運営するnanapiを子会社化したことだ。その評価額は77億円、買収額は40億円とも言われている。2007年の創業から7年、なぜ、このタイミングでの売却に踏み切ったのか。水面下で、KDDIとどのようなやり取りがあったのかーー。
買収の裏側を聞くとともに、めまぐるしく変化するウェブメディアの未来について、nanapiの創業者であり、代表取締役を務める古川健介氏に緊急インタビューを行った。
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雑誌並のクオリティを目指すメディアが生き残る可能性があると語る古川氏

nanapiから持ちかけた売却案

——買収の経緯は

実は3月からKDDIと増資や事業提携レベルでの話は持ち上がっていた。だが、中途半端に組むくらいくらいなら本気でやりたい、と5月にKDDI新規ビジネス推進本部の森岡康一氏に売却を持ちかけた。

——なぜ、nanapiを売却しようと思ったのですか?

今のnanapiに、停滞感を感じていたからだ。現在、nanapiのユニークユーザーは約2200万人、単月黒字も出している。現在のサービスを続けていても、持続性はあると考えている。だが、3年後を見据えた時にひとつのコンテンツメーカーに埋もれているだろうという危機感があった。だがら、ここで「大きな勝負」、世の中にインパクトを与えることのできるような段階に進みたいと思ったのが大きな理由だ。

——nanapi側から持ちかけたんですね?上場という手段はなかったのですか?

もちろんIPOという選択肢はあった。だが、IPOでできることに限界があると思っている。急いで上場して、仮に売り上げ10億円、利益2億円という会社規模でくすぶっていても、できることは少ないし、世間へのインパクトは知れている。むしろ大企業の中に入って大きな土俵で勝負する方がインパクトのある事業展開ができると考えている。

——評価額や買収額は? 一部では評価額が77億円、買収額が40億円とも言われていますが?

値段に関しては非公開となっているので言えない。

ソフトバンクの中のヤフーを目指す

——なぜKDDIを選んだのですか?

まず「風土」が合ったというのが大きい。彼らはコンテンツのことはわからないが、理解はある。ナタリーの買収、グノシーへの出資を見てもわかる通り、ネット事業をなんとか強化したいという思いがあった。ソフトバンクの中における、ヤフーのような強いネット事業をつくろうとしているのだろう。もはやキャリア同士の争いも、ハードからコンテンツを中心としたソフトに移っているのは明らかだ。

KDDIは現在、auスマートパスというポータルサイトを運営しているが、スマホでは、画面が小さく、ポータルサイトという形態はあまりマッチしていないように感じる。アプリはそれぞれ独立しており、一機能に対して一アプリ、サービスという世界観のほうが使いやすいのではないか。それを解決するのがsyn.だ。今後、ユーザーが、キャリアのトップページを利用する頻度は減る一方だろう。これからは、強いメディアを集めていって、KDDIの世界観のもとに集結させていくことが必要だ。これから、森岡氏の指揮のもと、私をはじめ、nanapiが中心点として関わりたいと思っている。ただ、今のところ人材の行き来についても具体的な合意はないし、当面はオフィスも離れたままだ。

——人材面、資金面以外でのシナジーは?

まずはトラフィックの面。KDDI、ナタリー、nanapi、などすべてのサービスで相互に顧客を流入させることができる。KDDIが出資しているグノシーが本格的に絡めば、さらに強いトラフィックが期待できそうだ。同じことが広告面でも言える。各媒体でアドテクをやっていくよりも、共同で取り組んだ方がいい。また、将来的に課金を見据えたときにも、キャリアであるKDDIと組むことで課金しやすくなるとも考えている。

——創業して愛着もあるnanapiを売るということについてはどう思いますか?

私自身、このままnanapiの経営に携わるので、大きな変化はない。特に私たち、「81世代」には会社を売る、ということに抵抗がないのかもしれない。例えば、ヤフーに事業を売却したコミュニティファクトリー松本龍祐氏やクックパッドに売却したコーチ・ユナイテッドの有安伸宏氏が代表例だ。その点では「76世代」とは対照的かもしれない。

——なるほど、ですが、スタートアップと大企業が融合することで摩擦も生まれると思います。

この買収の話を社員にしても大きな抵抗はなく、むしろポジティブな評価の方が多かった。それに、nanapiもKDDIも変化が必要であることは確実だ。共同して新しい会社を設立することもありえるだろう。これからお互いの知見をどのように掛け合わせていくのか、考えている。

イグジット新時代、IPOからM&Aへ

——1人の起業家として今回の買収が何を象徴すると考えていますか。

今回の買収がきっかけで、「ネットメディアがネットの大企業に移っていく」という潮目にかわるだろう。どういうことかと言うと、ネット企業が上場して小粒にやるよりも、大企業に買収されて、大きな事業シナジーを発揮していく時代になるだろう。

かつてIPO全盛だったアメリカでも目を向けてもビッグ4(Facebook、アマゾン、グーグル、アップル)のもとに集結しつつある。日本もIPOからM&Aの転換になるだろう。

——これからの買い手としてどこが考えられますか?

それを買おうとしているのはヤフー、GREE、DeNA、などのメガベンチャーの他に、KDDIなどの通信キャリア、あとはリクルートもありえる。こうしてメディア・プラットフォーム双方で合従連衡が進み、コンテンツとプラットフォームの両方を兼ね備えた勢力が台頭していく。これが私の考えるメディア業界の新たな勢力図だ。

大企業側の閉塞感、メディア側の危機感が合致

——今回の買収で、KDDIはnanapiの何をほしがったのでしょうか。

もちろん、nanapiについている、ユーザーということもあるし、サービスもかも知れない。ただ、「企業文化」そのものではないだろうか。nanapiにはエンジニア・デザイナーがいて、コンテンツもあるという点で、ある程度完成されている企業。仮に新事業を始めるときは、そうした組織を取り込むことが手っ取り早い。

なぜなら大企業には新事業なんて生まれないと思っているから。グーグルだって検索機能以降、社内でできた新事業で有名なものと言えば、Gmailくらい。それだってマネタイズできてない。究極を言えば、検索の一発屋。でもその資金でYouTubeやAndroidを買収して今のグーグルがある。

あのDeNAでさえ、キュレーションプラットフォーム事業を立ち上げるのに、iemoと「MERY」を運営するペロリの2社を約50億円で買収した。その上、村田マリさんという強力な人材を執行役員として招き入れた。これは象徴的だと思う。新事業をやるにはそれくらいの覚悟が必要。

現在、リクルートもIT事業とかを強くしようと意気込んでいるが、社内だけでは多分無理。先日の転職・求人情報検索サイト、Indeed買収のようにすでに成功したものを買っていくしかない、要するにオープンイノベーションということ。

メディアの未来をどう見る?

——一方のメディア側はどうですか?長らく土着化が進んできていますがここにきてようやく変革というところでしょうか。

メディア側はグローバル化の波に間違いなくさらされていく。例えばnanapiと同様のHow to サイトを展開している海外サイトを見ると、PV単価がうちの4倍でユーザーが20倍もいる。そうなると80倍の収益効率の開きがあることになる。彼らが資金を使ってコンテンツを作り込んできたら勝てない。そうした恐怖感は前から持っていた。おそらくニッチなものは残るだろうが、スタンダードなものはつぶされていくだろう。そうなるとメディア側もプラットフォームに寄っていくしかなくなる。

今のメディアを見渡すと、二極化している。とにかく安いコストで大量生産されるバイラルメディアと、ターゲットを明確化して、雑誌並のクオリティを目指そうとするメディアだ。

私は後者の方がこれから収益化という面で生き残る可能性があると思う。ただし、今は、収益は追いつかないだろう。まずはコストが先行するからだ。ただ、これに関しては「時代待ち」だと思っている。クライアントとアドテクノロジーの向上を待てば、3年以内に収益化すると思っている。

また、コンテンツ面だけに注目すると、「ネットでもいい情報がある」という認知は徐々に進んでいるのではないか。そういうクオリティメディアが多く登場してくることが今後のネットメディアの行く末を左右するだろう。
(撮影:福田 俊介)