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中西前会長のご逝去の報に接し、心よりお悔やみを申し上げます。
当社アルー株式会社は、本年4月1日に日本経済団体連合会に加入させていただきましたが、その最終ご承認をいただいたのが中西前会長と伺っております。
直接お目にかかる機会はございませんでしたが、ご縁をいただいたことを深く感謝いたしております。ご冥福を心よりお祈り申し上げます。
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中西さん、私にとってもリーダーシップを体現されたグローバルで活躍できる日本人としてロールモデルです。前職でも大変お世話になっており、私の知っていることを記しておきます。

1970年日立製作所入社、当時の日立はすでに日本を代表する総合電機メーカーだったと思います。まだJapan as a No.1になる前で技術力を武器にグローバル展開を成功させ、日本を今のグローバルでの存在感に引き上げた時代を牽引された世代。

1979年にスタンフォード大学でコンピュータエンジニアリング学修士号をとられる。早くして海外で勉強されグローバル感覚を身につけられたのだと思います。

1990年には数々の実績を提げ、日立の制御系の本丸である「大みか工場」にて計算制御システム開発部長を務められています。日立を知る人にとって「大みか工場」と「日立中央研究所」が技術の日立にとって、日本にとって別格の存在感なのですが、そこの歴史を作られた方の一人。

バブル崩壊後、2000年に入り徐々に日本製造業にも暗雲が立ち込めました。2002年にIBDのHDD事業を買収。$20bnと当時の日本企業の海外M&Aとしては破格の規模で、グローバルに挑戦されました。数々の海外経験と実績を提げ、2005年に買収後暗雲が立ち込めていた日立GSTの社長に就任。

その後もグローバルのストレージ市場は競争激化、SDD化の進行、日本の半導体業界の苦戦と重なるように、日立GSTも苦境に立たされ続けました。そのを諦めず、立て直しを図りました。

金融危機後、日立が8000億円近い赤字を計上した2009年に大型の公募増資を実施し、翌年2010年に日立再生に向け投資家と約束したコミットメントを実行するトップとして公募増資をリードした川村会長に指名され、社長に就任されました。ここを任せられるのは「中西さんしかいない」という人選だったと思います。

その後の様々な聖域なき事業再編は投資家への約束を果たすため、協力な中西さんのリーダーシップあってのことだと強く感じます。

理系として最先端の技術を国内外で学び、日本の技術のトップを務め、グローバルの事業のリーダーとして、立て直しを図り、M&Aを駆使し、技術者、執行者、経営者とあらゆるフェーズで最大のパフォーマンスを発揮された先人とて深く尊敬をしております。

心よりご冥福をお祈りします。
経団連前会長である中西宏明さんの突然の訃報に接し、深い哀悼の意を表します。

中西前会長は、日本の経済社会の発展のため、卓越した見識を持って経済界の諸課題解決や日本の将来を牽引する人材の育成への取組みを推し進められました。中西前会長のリーダーシップで、産業界と大学との対話も大きく前進しました。

また、本学の産学連携についてご助言いただくとともに、新たな組織対組織の連携である「産学協創」の第1号として「日立東大ラボ」の立ち上げにも、ご尽力いただきました。

中西前会長の我が国の経済社会全体に対する多大なご貢献に感謝申し上げるとともに、ご冥福を心よりお祈り申し上げます。
ご逝去の報に接し、心より哀悼の意を捧げます。
中西会長には、今年4月のグローバル・テクノロジー・ガバナンス・サミット(GTGS)で共同議長をしていただきました。

セッションでも、セールスフォースのベニオフCEO、ユーチューブのウォシッキーCEO、シンガポールのバラクリシュナン外務大臣と共にオンライン登壇され、素晴らしいご議論を展開いただいたことが記憶が新しく、驚いています。

グローバルでも稀有なリーダーのお一人であり、中西会長がいなければ、GTGSは成り立ちえなかったと思います。これまでのご貢献ご厚情に感謝し、謹んでお悔やみ申し上げます。
あのいつも前向きな声が、今も聞こえてくる気がします。
 下記のインタビューでこんなことをおっしゃっていますが、まさに、このような形で、20年半導体技術者だった私は、新たな、そして、もっと大きな活躍の機会をいただいた気がします。
 ありがとうございました。ご冥福をお祈りします。

「例えば、半導体の技術者で「自分は半導体を開発するために日立に入社し、これで20年も仕事をしてきた」というような誇りを持っている人が、半導体開発という仕事に固執すると不幸になるんです。
 一方、半導体の歩留まり向上というと一見地味に見えますが、見方を変えるとプロセスの特徴点・変化点から弱点を見い出すビッグデータ解析の仕事です。こうした仕事をしている人に実際にビッグデータ解析を担当してもらうと、たちどころに顧客の製造プロセスの弱点を指摘してくれたりします。つまり、このような配置転換をしてあげると人材はどんどん生きるんです。」(日経クロステック)

https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column/18/00134/012800195/?P=3
惜しい。悲しい。
中西さんは日立の構造改革や人材育成などでリーダーシップを発揮し、経団連でも歯に衣着せぬ直言を貫き改革を先導しました。ITによる社会課題解決を「Society5.0」という日本発のコンセプトとして体系化し、ダボス会議などの場でグローバルに提唱したのも中西さんでした。
一方で、社長や会長になっても私たちに対してフランクに話しかけてくれる身近な偉人として尊敬していました。
心よりご冥福をお祈りします。
以下記事を読んだときに、経団連のイメージが変わったのを覚えています。
ご冥福をお祈りします。

【熱弁1万字】経団連中西会長、おっさんなんて、いない

https://newspicks.com/news/3904589/body?invoker=np_urlshare_uid100420&utm_source=newspicks&utm_medium=urlshare&utm_campaign=np_urlshare
そんなギリギリの状態で最近まで会長を務められていたのですね。
大変なご活躍だったと、多くの人の記憶に残りそうです。
ご冥福をお祈りいたします。
直言でこれまでの典型的な大企業の在り方に一石を投じて、大きな流れを生み出した功績は、経済史に刻まれる業績です。
御冥福をお祈りします。
相当状況は悪かったのですね。中西さんが道半ばで去られたことで大企業(特に経団連)の経営改革がまた先延ばしになってしまうかもしれません。残念です。心からご冥福をお祈りいたします。
日立は、まだNewsPicksが黎明期で、大企業にはあまり知られておらず、トップ取材がほとんど入らなかった時代に、いきなり思い切って歴代3トップの単独インタビューに応じてくれた進取の気風のある会社です(https://newspicks.com/book/572)。

当時、中西さんは会長で、グローバルで進むデジタル時代を強烈に意識したビジネス、社内システムについて、自己変革を常に続けていくミッションを、豪快な笑い声とともに発されていました。その後、経団連の会長に就任されてからも、少しでも若い世代へのメッセージを増やすためか、幾度にもわたってNPの取材に応じてくださいました。

普通のサラリーマン社長とは決定的に違う、あの豪快な笑い声と、それでも繊細かつ地道に改革を進めていかれる姿をもう拝見できないのかと思うと、寂しくてなりません。

ご冥福をお祈りします。