「女子大だからできる教育」とは何か。お茶大の新学長が示したダイバーシティーへの期待
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女子大や男子高は、性差が無いという点で多様性は低い。そもそも多様性が低い日本の中でも、さらに多様性が低い。しかし、だからこそ、宮台真司さんの言う「閉ざされの開かれ」というものになるのかもしれない。つまり、日本に住んでいると、多様性が低いことに何の違和感も感じず問題点に気づけないが、女子大では、多様性の大切さ、多様性の低いことで発生する弊害を身にしみてわかっている人材が育っているのではないだろうか。閉ざされてみて初めて、「開かれへの希求」が生まれるという面があるような気がする。
記事内容とは外れてしまっていますが、そういう意味では女子大が示すダイバージェンスのあり方、というのは期待が持てるものかもしれない、と思いました。娘たちの中学受験の時に女子校を見学した。女子校の方が、男子がいないから、女子のリーダーシップが育つという。
うちの娘たちは共学に入れ、その共学ではだいたい女子の方が強く、生徒会長になるのはだいたい男女半々。男女がいる場合、女子の方が発達が早く、まじめに頑張るので女子優勢。
お茶大の新学長が言われることもわかるが、いつか女子大がなくてもよい時代が早くこないかな。男子大学がないのだから。
私自身はなるべく女性が少ないところにいって活躍することを目指している。