「みんな凡人なのに『成功できる』と勘違いしないほうがいい」24歳無職が人生を諦めた理由
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共感できる部分もありますが、「すでにあきらめてる」人の中には、本当は10畳に住んでるんだけど4畳半だと思い込んでいる人も居るんじゃないですかね。
ジェンダーや家族関係などに悩んで、自分の為の人生を踏み出せないでいる人には、簡単に『あきらめたほうが楽』とは言えない場合もありますよね。
注目のコメント
凡人であることを誇る私からすれば、この記事の真意が掴みきれず、解釈が分かれる記事だと感じました。
『何者かになれるのは一握り』はその通りで、頑張って全員が何者かになれたら、それは単なるボトムアップに過ぎません。
結構重要だと感じるのが、安息を得るための『あきらめ』の解釈。
これを、単に『だから頑張らなくて良い』と読み、できる範囲での努力をしない言い訳にしてしまうと、生活は荒むと思う。
逆に『何者かになるのは無理だけど、社会の一員として前向きに取り組む』と考え、自分と向き合い強みを活かしながら他者と協働して生きれば、そこに楽しさや自尊心は育める。そこで成功や失敗を他者と共有することで、仲間や安心できる場を持つことができる。
つまり、高い地位や名誉や高収入などは他者に認めてもらうための手段でしかなく、その承認は、別に何者かにならなくとも、いくらでも得られる方法があることに気づけるかどうかだと感じました。この方は世の中がゼロサムの勝ち負けだと思っているようですが、世の中はゼロサムではなく自分らしく世の中で価値を発揮できれば全員が豊かで幸せになることだって充分可能だと思います。
必要なのは諦めではなく、自分にふさわしくない土俵からおりて自分の土俵を探したり作ったりすることではないでしょうか。土俵からおりることだけを勧めても幸せな人は増えないと思います。これに似た話。
私も何者か(笑)になりたくてNewPicksにコメントし続けて6年。
凡人では成功はおぼつかないようです。
「何者かになりたい人々」が、ビジネスと政治の「食い物」にされまくっている悲しい現実
https://newspicks.com/news/5930237