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役に立つかどうか、という点で研究や学問を論じる時点で、すでに問題の立て方が間違っている。産業界でそういうことを言う人は、学校というものを受験勉強を勝ち抜く場としてしか経験してこなかったのだろう。世界のエリートのように深い教養を身につける場として学校が機能するような論議であれば、それこそこそすべきと思うが。
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役に立たないブラックホールの研究をしているものです。より正確には経済的メリットがない研究をしているものです。とはいえ、好奇心のみでドライブされる好きな研究をして何が悪いと開き直るわけにもいかないですし、またそれが許される時代でもないので、一つお話しさせてください。

今この文章を書いている携帯電話や普段作業で使用しているPCは、今から約140年も前にマクスウェルが発見した古典電磁気学の基礎方程式(マクスウェル方程式)がないと生み出されなかったでしょう。実はマクスウェル方程式は、マクスウェル一人で成し遂げたわけではなくそのさらに数十年前にガウス、アンペール、ファラデー、レンツなど歴史的な物理学者が電磁気に関する法則を発見してないと成立していないのです。また、おのおのがそれらの法則を見つけるまでにも歴史に埋もれた多くの失敗や無名の物理学者の業績があったことは想像に難くありません。マクスウェル方程式を含む電磁気学はやがて電信技術を生み出し加速させ今の無線技術やインターネットの隆盛に至るのです。基礎科学研究から無線技術の開発と普及に至るまでに生みだされた・将来に渡って生み出されるであろう経済的メリットや人類が享受してきた・するであろう価値は、インターネット一つとっても無限大です。

マクスウェル方程式は、その数十年後ローレンツを経由してアインシュタインの特殊相対性理論の創出に大きな影響を与えます。そして特殊相対性理論はあのGPS技術を生み出した一般相対性理論の基礎になります。このように、基礎研究がもたらす価値は経済的メリットだけでなく学術的なメリットにおいてもとても大きいのです。ただ惜しむらくは私たち研究者は事前にそれらのメリットを想定してテーマを決めて研究することは不可能に近いのです。また経済的メリットが生み出される時間スケールも数十年から数百年必要です。

私自身は研究者として(マクスウェルのような偉大な存在は言うに及ばず)無名なまま終わるかもしれませんが、しかしマクスウェル方程式やアインシュタイン方程式の重要性を学生に伝えたり社会と共有する努力は続けていきたいと考えています。
研究には「役に立つ・立たない」という軸と「面白い・面白くない」という軸があると思っています。「役に立ち、かつ面白い」は当然大事で、「役に立たず面白くない」は研究としての意義がないということでしょう。

そこで問題は「役に立つけど面白くない」と「役に立たないが面白い」をどう評価するかですが、まず、前者はむしろ実証フェーズに入っているので研究と言っていないでどんどん社会実装していけばいいと思います(が、「選択と集中」の予算が集まりがちなのもここ)。

ということで「役に立たないけれども面白い」をどう評価するかが重要で、アカデミアの存在意義はほぼここにあると思います。そこでの面白さとは「今は直接役にたちそうな応用がみつからないが、発想や現象として新しい・面白い・深い」「ひょっとしたら大化けしそう」みたいな価値で、ここの目利きができるかどうかが未来のイノベーションにつながっていきます。

ただ、気をつけなければならないのが、「役に立つ立たないだけで研究を評価するな」という議論のときに、「役にたたずかつ面白くない」ものを押してくる人がいることですね。面白くないものは勘弁ですね。
「役に立たない」と見向きもされなかった研究を長く続けていたことで、大きな成果が得られたということはよく聞く話です。その裏には、本当に「役に立たなかった」研究の屍があり、そうした多様性があってこそ、結果的に「役に立つ」研究が出てくるというは、他の方々もおっしゃられている通りだと思います。

頭では上記のことをわかっていても、進路として(経済的な面を中心に)厳しすぎるので、日本では博士課程に進学する学生が激減してしまっています。

今の時点で明らかに「役に立ちそう」なのであれば、事業化する可能性も高いでしょうし、それはそれで夢があり、さまざまな人を惹きつけることができるのは確かです。うまく棲み分けができるといいのですが。
「イノベーション」は好きなくせに、学問に対しては厳しい目が向けられ続けています。
イノベーションとは「いまここにない何か」を実現することです。
そして、学問とは、あるいは科学とは、「いまここにない何か」を追求するものであり、イノベーションの源泉です。

一方で、「いまここにないもの」は、「役に立たない」とみなされるようになってしまった。財政的困難が続く日本では、その傾向が顕著。「2番目ではダメなんですか」の事業仕分けは象徴的な出来事でした。  

「役に立つ」研究にしか金を出さない国では、研究者は確実に成果の出る研究、失敗しない研究しかできません。そうすると小粒な研究しか育ちません。

研究を道楽とみなすような理解では、イノベーションの芽が摘まれてしまう。伸び悩む国だからこそ、学問を育てねばならないのではないでしょうか。
「研究」や「学問」って、役に立つか立たないかという視点で見るべきではないですね。

好奇心や情熱から始まると思うんですが、その好奇心や情熱を徹底的に探究すれば、それがいつかは社会の実利に繋がると思います。

当時は「そんなの役に立たない」と言われているものでも、Crazyな人たちが情熱と好奇心を大切にしてやりきって生まれているイノベーションがたくさんある。

役に立たない研究や学問に没頭する人が増え、そこに投資できる社会になると良いですね。
隠岐さや香教授へのインタビュー記事.いろいろ示唆に富んでいると思います.研究の重要性については他のコメントにもありますので,割愛するとして,重要なポイントを引用します.

『ただ、今の日本はお金がない。それが変化に対するネックになります。効率化や切り詰めを言い出す組織はそもそも余裕がなく衰退局面にあることが多い。 国も同様で、衰退局面にあるほど「何の役に立つんだ」と声高に言うようになる。それが避けられないとしても、ダメージをいかに最低限に留め、変えていけるかを社会的に議論していく必要があります。』

イノベーションが好きなのに,学問に厳しいのは,積み立ては嫌いだけどバクチで一発当てて大金持ちに!という感情に近い気もします.
お叱りを覚悟でいいますと、この記事もそうですが、学者が公共ではあまり言いたがらない (特にニホンで、でもメリケンでも結構そうですよ)、クオリティの軸が抜けていますねぇ 本質的に主観である面白い/面白くない、とは無関係に、(直ぐに)役に立たないかつ低品質の研究は、まずカット対象にせざるを得ませんねぇ、公共のお金が限られている時は 研究(者)の品質は、研究内容が(遠い将来)役に立つかを見極めるよりはカンタンですし、それが面白いかどうかの判断よりは客観的ですしねぇ

ナマイキイッテスミマセン
役に立つ学問を求めること自体、国に力がなくなっていることの証左である気がします。

戦後は金がないけど時間はありました。バブル期は金はあるが時間が少なくなりました。いまや金も時間もなく、目先の成果ばかりです。

方や、役に立つ学問はこれだ、と主張したがる人がいますが、それもまた怪しい気がします。結局は太鼓持ち的であることが少なくないからです。経済学は役に立つ、と声高に言い過ぎることに、私はややアレルギーがあります。

理論と現実は一種の緊張関係にあるわけで、であるからこそ発展していく事実があるように思います。基礎研究に潤沢な金を出すかはさておき、時間を認める方向に舵を切らなければならないようには思います。
日本の学問は丸暗記と猿真似が多い。
・知識でなく、考え方を鍛え、教養に基づいた人間力を磨く
・形式知に加え、暗黙知の存在を知り、形式知の限界を認識、実践知、特別解を知る
・一般解でなく、特別解(境界条件)、特別解、多様解
・丸暗記一夜漬けの知識はやがて消える
・AIどころか、電卓や辞書があれば、答えは出る
・自分の頭で考えて得た学び方、方法論は忘れない
・大学の勉強は役に立たない、という人間は、そこを間違っている
・最近の有名大、予備校では、ノウハウだけで、肝心な意味が抜けている
・物理化学は、公式や周期律表でなく、モデル化
・数学も、公式でなく、論理思考と解法
・歴史は、年号ではなく、人の生き様と社会のありよう
・自然科学系は、現実の自然界を対象とするため、特別解が必要。
・丸暗記でなく、理論を導くプロセスを体得しないと、特別解は出せない
・当然、理論は近似だから、成立条件も知る
・ゆえに、実験や演習で、体得する
・理論導出プロセスがわかっているから、新しい理論を再生産できる
・学問を学ぶことは、知識とフレームワーク
・フレームワークがあれば、それが、土壌となり、知の再生産を生む