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企業レベルで考えると「AI」を「コンサルタント」と入れ替えてもそのまま通用しそうです。「失敗の主体は自分ではなく、誤った判定を下したAI」というのはまさにそう。これは明日のテーマかもしれませんが、使う側に主体性があるかどうかがカギと思います。
「わたしはこれをやりたい」と言い切る力が、AIと共存する前提。
AIの活躍する領域が増えることは間違いないので、どの領域でAIの力を借りるかを判断して、任せるところは任せたらよいと思います。

誰でもAIを「部下」にできる、と考えると前向きな気持ちになります。
なんでもかんでも「部下任せ」にするなら、「上司」は不要ということでしょう。
大変面白い問題提起だと思う。がこの記事の造りはややミスリーディングに見える。ゆえにコメントがAIが人間の思考に置き換わる、いや道具として使えば大丈夫だみたいな話に偏る。その議論も無くはないがご著書が世に問うているイシューはAIが主ではない。

思考の外部化という人類が歴史的にずっと行ってきた事にコンピューティングテクノロジが極まった結果近年それに極端に拍車がかかっている社会状況である。分かりやすいからAIという単語が使われているがAI前史より検索エンジンも食べログももっと言えばテレビだって紙の本だってある種の思考の外部化である。
意思決定においては美意識が大事だと思います。山口周さんが『世界のエリートは、なぜ美意識を鍛えるのか』でも書かれていましたが、論理的・理性的な情報処理のスキルは差別化の消失をもたらし、正解をコモディティ化します。だからこそ真善美や直感が大事になってくる。

かなり先の未来を夢想したときに、やはりユヴァル・ノア・ハラリの『ホモ・デウス』における重要な問いを想起させられます。それらの問いとは、「人間の自由意思とは何か?」「生き物は本当にアルゴリズムなのか?」「知能と意識はどちらが大事か?」というもの。

知能の外部化は一定進むでしょうが、意識の外部化は大変危険な世界に近づくことを意味すると思います。それこそイーロン・マスクが警鐘を鳴らす世界。究極的には、アニメ『攻殻機動隊』の「擬体」と「電脳」と「ゴースト」の最後の部分。極度に「私のゴーストがささやいているのよ」というセリフの「ゴースト」とはまさに知能というより意識の部分。

生命科学が進んで何にせよ深淵なテーマ。意思決定はアルゴリズムで割り切れるほど単純なものではないと考えていますが、一度易きに流れ出すとその流れはもう止まらない、という観点では、少し早いタイミングでこの種の議論を尽くしておくべきなのかもしれませんね。
気をつけなくてはいけないのは、AIに効率の判断をさせるときに、アルゴリズムを設計した人たちの意図やバイアスが入る可能性は否めないですし、AIの判断で人が全員動くほど社会は単純ではないと言う事です。前者で言うと、AIが選ぶ良い会社の基準は、そもそも基準軸やそこに入るデータの精度のバイアスがかかっています。例えばスポンサー企業がより多くの人にとって志望すべき会社として表示される可能性だってあり得るわけです。後者でいうと、ワクチンを接種した方が良いと効率主義としては結論が出たとしても、宗教上、政治的なスタンス上など様々な理由で接種しないことを選ぶ人もいます。

AIが意思決定や生活をシンプルにしてくれる魅力は理解できる一方で、社会の複雑さや非論理性も受け止める胆力をもたないといけないですね。正解なんてないことの方が人生は多いという厳しい現実に目を背けたい心理もあるでしょうが、自分の人生を生きるために、外部知能を活用する人になって欲しいですね。
AIに頼り切るのではなく、AIを上手く使うことが大切。そのためには、自分で考えることを忘れてはなりません。というか、考える力、判断力を磨くことが重要です。

ナビが推奨する道を選ばず、今日は緑のきれいな道にしようとか、子供の通学時間帯なので、別に道にしよう、ということは日常だと思います。知らない場所に行った時はナビに任せる。その使い分けができるように、思考を止めてはなりません。
AIが脅威になるのはまだまだ先の話だと思います。まずは使えるところから使い少し生活が便利になるくらいではないでしょうか。
AIに考えることを外部に委託できるようになるのは良いことだと思います。
人間は想像して、やりたいことを思いつくことが重要なのではないでしょうか。
思考の外部化が進むと自分で考えなくなってマズい、ということですね。

つまらないことを考えなくて良いというのは、素晴らしい世界でもあります。大事なことに思考を集中できる訳ですから。ただし、完全に人任せ(AI任せ)、アルゴられる快感に溺れる人が増えることは懸念です。

仕事の中では、AI判断の登場で、問題解決はAI任せでもOKになってゆくでしょう。しかし、そもそも何を解くべきかという課題設定と、それをAIに解ける形に問題設定することは、当面人間の仕事として残りますね。

それから、AI判断の方が完璧だという大きな誤解は、AIに携わる我々が何度でも繰り返し伝えねばなりません。
 AIは統計的には正しい判断をしますが、一定確率で間違えます。美味しいレストランを選ぶなら、かなり当たるけど、たまにマズいだけです。しかし、結婚や就職など1回きりの大事な判断をAI任せにすると、一定確率で外すことは認識すべきです。
これは違うんじゃないかなと思います。
AI=正解という決めつけは危険ということには一定の理解はできますが、そもそも人間は色々な情報を参考にして生活してきた生物ではないでしょうか?
かつてはそれが家族や新聞であり、現代ではGoogleで正解を検索する人がほとんどだと思います。これがAIに置き換わり、それを採用するか採用しないかは人間が判断する。そこには思考があると思いますが。。。
AIはカーナビのようなもの。

カーナビは道順を示してくれます。
ただ、その人がその道順で行くのか、
別の道で行くのか、人の意思決定と運転次第。

思考の外部化というよりも、
(道順の)探索の外部化の方がしっくりきます。
この連載について
まるで預言者(プロフェット)のように、新しい時代のうねりをいち早く紹介するNewsPicksのインタビュー集。本質を見抜く視点を毎週つむいでゆくことで、ちょっと先の未来を覗こう。