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ミャンマーは、インドと中国に挟まれた国、というのがまず重要なポイントでしょう。琉球や朝鮮半島が日本と中国に挟まれていた、とか、ポーランドがドイツとロシアと挟まれていた、といったことと似ていて、2大国に挟まれていたことが、ミャンマーの歴史を常に左右してきました。
 中国とインドを陸路で結ぶ西南シルクロードというのがあり、「茶馬古道」とも呼ばれました。中国の雲南省やチベットを一方の出発点として、茶をはじめとする産物をインドやネパールへ運んできた歴史的な交易ルートでした。
 このルートはまた、様々な民族の征服軍が進軍したルートでもあります。現在のミャンマーの最大民族であるビルマ人は、11世紀にこのルートを通って侵入してきてミャンマー北部に王朝を建てました。19世紀には英国がインドから東に進んでミャンマーを征服し、結果的にインドからヒンドゥー教徒やムスリムの人々の大規模な移住がありました。
 20世紀には日本軍もこのルートを通って英領ビルマを占領し、さらにインドへ進もうとしました。その後、中国共産党との内戦に敗れた中国国民党がこのルートから入って来て、住みついたりもしました。
 ミャンマーが多民族国家であり、言語、宗教、文化が多様であるのは、地理的な背景があってのことです。川の多い平野部が多く、米が多くとれて、多くの民族がここを支配しようと移動してきました。
 結果的に、現在まで、ミャンマーの多様な諸民族の間の争いは止まったことがりません。ロヒンギャのように、おまえたちはこの国の人間ではない、とかいったことを互いに言い合うことも昔から続いています。
 今は、英国時代とは違って、インドではなく中国の影響が大きい時期です。インドと中国を結ぶ要路に位置するミャンマーが、そのポテンシャルを生かして自立した豊かな国へと発展するのが、最も望ましいことでしょうが、これまで実現されていません。
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「多くの国ではふつう、外国を想定した防衛の重要性が意識されますが、国軍の場合、国内の武装勢力の制圧が最重要視されてきました。国内だけに目を向けた軍隊は、一般的に政治に関与しやすい傾向があります。関与することが国内の安全保障上、重要だと考えるからです。その結果、ミャンマーでは軍事政権が50年も続きました。司法や行政の仕組みがあまり機能せずに国軍だけが重要な権限を握り続けたこともあり、現在も国軍が力を持ち続けているのです。」