「戦争ができない国」として制度設計された国家・日本の、コロナ対応の黄昏
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注目のコメント
菅総理に忖度しての見解ではなく、本気で言ってるならマジこえーわ。
民主主義社会では、可能な限り権力を分散しなければならないのは歴史から得られた知見。
今回のコロナ対策が後手後手の上に、収束に向けた効果が殆ど出ていないのは、単に財政支出をケチっているからに他ならず、国民の行動を規制するための権力の集中が無かったからではない。
世界で見たら感染者率は非常に低いにも関わらず医療崩壊しており、更に1年以上経過しているのに医療体制は殆ど強化されていないし、特効薬やワクチンも外国頼み。
これらは権力の集中の問題では全くない。今まで散々と財政支出をケチってきたツケに他ならない。
権力強化で可能になるのは、「財政支出をせずに」人の行動を抑制しようとする場合だけだ。
ケチっているが問題なのに、権力強化を訴えるのは、明らかに問題点のすり替えだ。
確かに「戦争できなくするために設けられたトンチンカンな法律」である財政法4条が足枷になってケチってきた側面もあるだろうが、これだって特にコロナ禍においては特例国債により解消できるだろう。
問題は「政府の借金は、将来世代へのツケ!」と言うデタラメが広く信じられているオカルト政治なのであって、権力の集中の問題ではない。
むしろこんなオカルト政治に権力強化させる方が大問題。
そもそも、この時期に感染者数が増えるのは季節変動的なものであり、予想可能だったはずであって、「国民の行動抑制に関する気の緩み」等では断じてない。
その意味からも、音喜多議員の見解は色々と誤っていると思う。やるべきは私権の制限ではなく、根本対策。コロナ対応病床数確保、医療機関、医療従事者へのサポート(金銭的サポート含め)、換気設備の改善(+補助金)とか。
対処療法だけしていては、この先もっと怖い感染症が来たらどうするのだ?他の国の様にもっと感染拡大していたらと思うと物凄く怖い。
これでこの国が何とか乗り切ってしまったとしたら、何の学びもなく、何の変革も起こせないかもしれない。ただ国民が疲弊しただけのパンデミック。それは悲しい。アフターコロナは一皮剥けた日本人、日本国であって欲しい。これだけの犠牲を出しているのだから。