「なぜ」は使う場面によっては、共感できていない、ということを示しているように受け取られる言葉なのだと思います。たとえば「なぜそんなことをしたのか」というのは、あなたがやっていることの理由がわからない、共感できない、というメッセージとして受け取られる可能性がある。共感できていません、という相手の態度が見えてしまうことで、問われた側の心理的負担は上がってしまう。特にこれが上司と部下など社会関係の高低が絡んでいるとなおさらなのだと思います。 一方で「なぜ」を考えてもらうことが必要な場面もあります。問題について深堀する必要がある場合などです。「なぜ今これが必要なのか」などを考えよう、というときの「なぜ」ですが、これは「why」ではなく「あなたはどう思う?(what do you think?)」に近いのではと思います。
一方で「なぜ」を考えてもらうことが必要な場面もあります。問題について深堀する必要がある場合などです。「なぜ今これが必要なのか」などを考えよう、というときの「なぜ」ですが、これは「why」ではなく「あなたはどう思う?(what do you think?)」に近いのではと思います。
でも、それが良くないんでしょうね。これからは「どんなときもそうかな?」「何があったらできるかな?」こう質問してみることにします。先生、ありがとうございました。
一緒に考える姿勢こそ大事なんですね。
「どんなときに」や「どんなきっかけで」もなぜを分解して掘り下げるための問いなので、「なぜ」で全ての説明を求めるのではなく、「どんなときに」や「どんなきっかけで」と問うことで、相手への寄り添いが生まれるように感じました。
日頃のコミュニケーションでも心がけたいです。
ゴールが決まっている業務でうまくいっていない時にはHowがよいと思う。一方でゴールを定めること自体から始まる業務は、Whyが重要。なぜそのゴールを目指すか。そしてそのあとにHowが来る。
ゴールを自分で定めていくことは、責任をより持つ、任せられるということ。Howのほうが心理的負荷が低いというのは共感する一方で、Whyを自分で問うことや、みんなで問いて磨き上げていくことも重要だと思う(決して本記事はそれを否定しているわけではないが、Whyを聞くのが常にダメではないという点で)。
お客さんに対しては、「なぜ」を聞くより、「こういう認識で良いか」を聞く方がスムーズです。