【新】知の巨人が暴く「イノベーションのウソ」
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とても痺れた段落
抑圧型の規制は問題解決に役立たない
山形 となると、「イノベーションは起こるかどうかもわからないし、それが問題を解決するのに間に合うかもわからない。ならもっと確実なことをすべきでは?」という反論がありそうですね。
確実なことというのは、各種の規制の強化などになるのが常です。「温暖化なら自動車をなくせ、経済活動を潰しても排出削減させろ」といった話です。実際、そうした動きは様々な面で見られますよね。
リドレー たしかに、テクノロジーが課題を解決してくれるかどうかは誰にもわかりません。でもそれは、問題を解決できないと見なされたテクノロジーが、別の問題を解決できる可能性を持っているということでもあります。
そして同時に、そういった抑圧型の規制の方が問題を解決したためしはほぼない、ということも言えます。
おっしゃるような批判に対して、私なら「どの時代においても、そんなことをしたらえらいことになっていたでしょう」と答えますね。
例えば、1900年、作物を育てるために必要な硝酸塩肥料(グアノ)が枯渇しました。同時にチリの硝酸塩も不足して、価格が高騰しました。その結果、食糧生産が大きな課題になりました。肥料が足りなければ、全世界の人々を養う持続的な食糧生産はできないからです。
そんな時、一部のドイツ人が「この問題を解決する方法は、空気中の窒素を固定することだ。その方法を見つけるべきだ。テクノロジーをもってすれば、この問題を解決できる」と言い始めました。
そして、この発想は大きな成果を生みました。50年前に30億人を養っていたときよりも少ない土地で、70億人を養うのに十分な窒素を簡単に固定できるようになったんです。
もし、そのドイツ人が「わかった。これ以上人類を繁栄させず、人口増加を食い止めれば食糧問題は解決できる。そうすれば20億人が今ある土地だけで生活できるようになる!」と言ったらどうなっていたでしょう。
いま世界が抱える問題に対して、多くの人が言っているのはこれと同じです。どちらの選択肢も難しいことには変わりありませんが、「テクノロジーで解決できないことが、政治で解決できる」と考えるのは間違いです。
注目のコメント
話が大局的だからか、言葉の定義の問題なのか企業レベルを見ている側からするとちょっとピンとこないところがありました。例えばプロセス・イノベーションが漸進的であるという点。これは大企業内であればそうかもしれませんが、新しいビジネスモデルをスタートアップが取り入れ、できない大企業は淘汰されていくという意味では結構短期間で進行する、気が付いたときにはあっという間に逆転ということはままあると思います(Netflixとブロックバスターとか)。規制に関してもホンダのCVCCはマスキー法があったから生まれたようなことも考えたほうがいいのではとか。
素晴らしい、大事な視点が盛り沢山です。
1)イノベーションは爆発的ではなく徐々に(=小さな積み重ね)生まれる
2)テクノロジーはなにか違うもので成果が生まれることがある
3)テクノロジーはイノベーションの必要十分条件ではない(それ以外の変化が重要)
4)抑圧/抑制からイノベーションは生まれない
最後の抑制はイノベーションを阻害する要因というのは同意ではありますが、制約条件があったからこそ生まれるイノベーションもあります。重量の制約、スペースの制約など、技術革新の原動力として多くの事例が挙げられます。むしろ工学技術は制約条件から生まれている部分が大きい(※ここでは抑圧型の規制が問題だといっているので趣旨から少しずれているかもしれませんが)
暗闇で見えないから、可視光に頼らないセンシング技術が発達したり、画像情報が使えないから他のセンシング情報からAIで推定し制御したり、スペースや電力が足りないから他の原動力を発明したりなど。
iPhoneだって、物理ボタンと画面が別々だと画面が小さくなるので、タッチパネルというインターフェースでイノベーションが生まれた。ただ、タッチパネル自体の技術はここで言われるように少しずつの技術の積み重ねで生まれたイノベーション。
基礎技術に注目するのか、それを組み合わせた新しいコンセプトやプロダクトに注目するのかで、イノベーションの見え方や制約条件の寄与の仕方は変わってくる側面もあると思います。
いずれにせよ、イノベーションをいかにして生み出していくか、それを社会にどのように活用していくのか、というプロセス自体が今まさに科学しようとされています。個人的にも大変注目している領域です。マット・リドレー×山形浩生さんの対談をお届けします。リドレーは名著『繁栄』で知られ(ちなみに編集担当はぼくでした)、ゲイツやザッカーバーグを愛読者に抱えるイギリス屈指の科学経済啓蒙家。イギリス貴族院議員でもあり、先日のフィリップ殿下の逝去に際しては議会で弔辞を読む姿が報じられました。
新刊『人類とイノベーション』(https://www.amazon.co.jp/dp/4910063153/)は日本でもベストセラーになりつつあります。
今回のzoom対談、予定の1時間をオーバーした、非常に白熱したものになりました。「人類のイノベーションは生物進化とパラレルである」と説くリドレーの真意に迫ります。