田んぼの真ん中に10億円 社長がスタジアム建てた理由

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藤木健
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 田んぼに畑、ビニールハウスが居並ぶ、のどかな田園に突如、サッカー専用スタジアムができた。

 人口約1万7千人、野菜づくりが盛んな宮崎県新富町。近所の80代の女性は言う。

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 「10年前まではぜーんぶ田んぼ。それが、えらいこっちゃ」

 サッカーJ3に今季から参入したテゲバジャーロ宮崎の本拠、ユニリーバスタジアム新富だ。土地は町が用意。そこにクラブオーナーの小林稔が社長を務める通信販売や飲食業を手がける「エモテント」(福岡市)が、約10億円を投じて完成させた。

 道楽なのか、サッカーの素人が――。冷ややかな声も聞こえるが、小林は本気でこう思っている。

 「スタジオジブリに負けないエンターテインメントを作る」

 「宮崎からアジアへ」

 埼玉出身の46歳。大手証券会社を経て、福岡で起業。イチゴのあまおうを使ったどら焼き「どらきんぐ」など、福岡土産の新定番になった人気商品を生んだ。そんなやり手の男を、破綻(はたん)寸前だったクラブの経営に導いたのは、シンプルで、実に爽快な理由だ。

 約7年前、ソチ五輪フィギュアスケート浅田真央の演技に涙し、テニス全米選手権で錦織圭が決勝へ進む姿に身震いした。「スポーツは筋書きのないドラマ。感動と、夢がある!」

 どうせならば、夢はでっかく。世界への広がりを見据え、プロサッカークラブの経営を考えた。タイへ渡り、2クラブと交渉の席を持ったこともあった。

 「やる以上は、意義のあることをしたい」。たどり着いたのが、当時九州で唯一、Jクラブのなかった宮崎。プロスポーツがない「陸の孤島」から、世界へ。そんな物語で「明日への勇気を届けられる」

 祖父が医師という小林。天才心臓外科医や特効薬開発者といった、多くの命を救う存在に憧れる。「エンターテインメントも人を救える。会社や学校に行きたくない、生きるのがつらいという方が、『もう少し、頑張ってみよう』と思ってもらえたら」

 スタジアム投資は当初、4億円程度を見込んだ。オリンピックによる資材高騰などで10億円規模になりながらも、巨費を投じる姿に、「アホ社長と言われ、監査法人からもご心配を頂いた」。今も年間3億円程度の運営費を捻出する。

 ゼロから何かを生み出すのは得意分野だったが、2016年にクラブ運営を担ったときは、アマチュア最高峰のJFLよりも下部の九州リーグを戦っていた。練習は河川敷の土のグラウンド。J参入の目標も、選手の間で温度差があった。

 それを、熱意で変えた。自らの思いを、選手に直接伝えるミーティングを何度も開いた。Jで600試合以上を指揮した石崎信弘監督を招き、Jリーグ経験のある選手も獲得。現場の環境も整えた。芝の上で練習できるようにし、スタジアム建設もその延長線上だ。

 チーム名の「テゲバジャーロ」は、宮崎弁で「すごく(テゲ)」の意に、スペイン語の牛(バカ)と鳥(パジャーロ)を組み合わせた造語。「手羽毛?」「てじゃば?」と間違えられたことは多々ある。スローガンは「真摯(しんし)」。茶髪・ヒゲを禁じ、審判への見苦しい抗議は御法度だ。そして対戦相手もリスペクト。「日本の精神性を体現した上で、強い、となりたい」

 スタジアムへの主な交通手段は車か、2両編成のローカル線。さらに駅から歩いて約10分。それでも3月14日のJ3開幕戦、新スタジアムのこけら落としは入場制限がある中、1786人のファンが見届けた。「もっとお客さんも呼びたかった。まだまだ改善ばかりだけど、選手もスタッフも頑張ってくれている」

 いずれはスタジアムを拡張し、15年後にJ1優勝争い、そしてアジアを代表するクラブへ。今はまだ夢物語でも、田舎にぽつんとたたずむサッカー場から世界への挑戦が始まっている。=敬称略藤木健

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