TuneCore Japan代表・野田威一郎に聞く、海外向け配信の可能性 日本の音楽は世界のリスナーにどう届く?

TuneCore代表インタビュー

 音楽文化を取り巻く環境についてフォーカスし、キーパーソンに今後のあり方を聞くインタビューシリーズ。第15回目に登場するのは、チューンコアジャパン株式会社 代表取締役・野田威一郎氏。

 TuneCore Japanは、アーティスト・レーベルのための音楽配信流通サービスとして2012年に設立。日本で音楽配信への関心がまだ薄かった当時から“音楽配信の民主化”を掲げ、インディーズ中心に多くのアーティストの音源を預かり、各プラットフォームを通して世界中のリスナーに届けてきた。今や配信を通したアーティスト・レーベルへの累計還元額は100億円を突破。昨年、TuneCore Japanを通じて配信された瑛人「香水」がビッグヒットを記録したことも記憶に新しい。

 今年3月より、中国の大手配信サービス・TencentとNetEaseへの楽曲提供もスタートし、さらなるサービス拡大が期待されている同社。今回のインタビューでは、その成長の要因となった「アーティストへの100%収益還元」と「海外配信」という設立当初からの理念を掘り下げつつ、TuneCore Japanが目指す音楽業界の活性化について聞いた。(編集部)

Tencentと、NetEaseへの楽曲提供の可能性

ーー3月4日、TuneCore Japanが、中国の大手配信サービスであるTencentとNetEaseへの楽曲提供をスタートさせたというニュースが報じられました。いつ頃から準備を進めてきたのですか。

野田威一郎(以下、野田):今後、中国での配信市場が伸びていくことを考えると、TencentとNetEaseへの楽曲提供はきっと必要になると思い、2018年の夏ごろから徐々に話を進めていました。当時、TENCENT MUSIC ENTERTAINMENTはまだ上場もしていませんでしたし、世界の音楽ストリーミング市場で7位くらいだったと思います(2020では4位、日本は5位)。それでも確実に伸びるだろうと考えて交渉を進めてきたのですが、言語や慣習の違いという問題もあって、途中で内容がコロッと変わってしまうこともあり、また根本的に以前より日本の音楽にそれほどニーズがなかったこともあって、想定より時間がかかってしまいました。

ーーなるほど。中国では、音楽の著作権など権利に関する意識はどの程度浸透していますか。

野田:中国にも著作権管理団体はあり、TuneCore Japanとの契約においてもTencentが責任を持って権利処理をしてくれる、座組みはできています。これまでは中国側のエージェントが日本のレーベル、事務所などの間に入っていたことで収益の一部が取られていたり、直接楽曲をプッシュできないという問題がありましたが、今回のTuneCore Japanとの取り組みできちんと収益を還元することもできるようになりました。

 また、中国では「海賊版」が勝手にアップロードされている、というイメージがあると思いますが、向こう側の“言い分”は「これまではオフィシャルの配信がなかったからだ」と(笑)。いずれにしても今回、TuneCore Japanを通じてオフィシャルな権利者が配信を行うことになるので、これまでの状況も整理できて、アーティストにしっかり還元できるようになっていくと考えています。

ーー中国での有料のストリーミング配信はどの程度ユーザーに根付いていますか。

野田:人口自体が多いので有料ユーザー数も世界で2番目に多いのですが、中国のサービスは基本的にはフリーミアムモデルが強かったので、有料ストリーミングサービスの収益も2020年は前年比約55%増と急増してきています(全体は約33%増)。その上で、中国でのストリーミングサービスは独自進化を遂げており、月額料金を払っているプレミアム会員が、チケットの優先購入や楽曲ダウンロードなど、付随するさまざまなサービスを受けられるようになっています。つまり日本で馴染みのある聴き放題サービスよりも、360度、アーティストに寄り添ったものになっている。そのような中国の市場に日本のアーティストの楽曲を配信して、果たしてどんな効果が出てくるのか、期待しているところです。

ーー中国市場での新たな可能性が開けたということですね。

野田:中国にはすでにApple Musicもありましたが、やはり独自の文化があり、本当の意味で音楽ファンに浸透しているとは言い難いところでした。そのなかで、中国国内で8割強の市場を押さえているTencent、NetEaseに楽曲を配信できるというのは、アジア圏全体で考えても大きなことだと思います。

ーー日本の楽曲にそれほどニーズがなかった、というお話がありましたが、どんな楽曲が今後伸びていくと考えますか。

野田:以前から言われているように、アニメやゲームに関連する楽曲は、海外からの要望が比較的強い。またYouTuberだったり、ニコニコ動画系のオンライン上を主軸に活躍されているようなアーティストも期待できると思います。最近ではYouTuberがbilibiliでも配信をしていたり、動画配信プラットフォームの間でシナジーが生まれています。例えば、Tohjiというラッパーはアジアのアーティストとコラボをしていて、Tencentからも楽曲配信の要望があってうれしかったですね。これからが本格的なキックオフで、中国側の編成チームなどと毎月の打ち合わせを始めて、プッシュしていきたいと思っています。

どんなアーティストでも配信できるようにしたかった

ーー野田さんはTuneCore Japanを立ち上げた2012年頃から海外配信について言及していました。あらためて、TuneCore Japanの成り立ちを振り返っていただけますか。

野田:大きなきっかけは、学生時代、クラブでアルバイトをしていたときに、インディペンデントのアーティストたちや音楽と出会ったことです。そこでイベントブッキング、企画やライブハウスの立上げも経験させてもらい、音楽の楽しさ、そこにいる“人”の面白さを感じたことです。学生時代に並行で行っていた、デザイン、印刷代行の事業で失敗をしたのを糧に、IT業界に一度就職して、ITサービスを作ったり、デジタルマーケティング、ビジネス全般の知識を勉強させてもらいました。アドウェイズという会社に2年間在籍させてもらい、上場もしていい経験をさせてもらいましたが、やはりどうしても音楽の仕事がしたかったので、ここで学んだIT技術を使って、何か世の中に還元できないか、ということを考え始めWanoという会社を起業しました。

 日本国内のCD市場がシュリンクしていくなかで、アーティストがオンラインで楽曲をリリースする方法がない。その問題を解決できるのがネット、ITだと思い、本格的に調べていくうちに、流通という仕組みに行きつき、それがTuneCore Japan設立につながっていきました。

ーーいまや「ディストリビューター」という役割が音楽業界で存在を増していますが、当時はどんな機能なのか周知されていない時代でした。

野田:TuneCore Japanは2012年に設立しましたが、当時の日本の音楽市場では、デジタル自体の認知、関心がほぼゼロだったんです。ダウンロードにおいては、AppleのiTunesとAmazonのMP3ダウンロードの2つしかなく、「ストリーミング」というワードもほぼ出ていない時期で。ただ、世界的にはそうなっていくであろうという予感が徐々に出てきており、Spotifyもごくわずかなリテラシーの高い人は知っているというくらいだったと思います。

 もっともその中で、国内にはレコチョクやmusic.jpなど、配信ストアがデジタル上に存在はしており、そこを日本独自に切り開いていくことが必要かなと思っていました。ただその時点で、楽曲をデジタル配信したいというアーティストが山ほどいたわけでもありませんし、配信ストアも限られていたので、レーベル、法人からの反応は芳しくなく、かなり苦労しました。一方で、僕がクラブ時代から見てきたようなインディペンデントで活動しているアーティストは、iTunesに楽曲を出したいと思っても出せなかったんです。民主化が進んでおらず、インターネットを介してデジタルへの間口がオープンになったと思いきや、YouTubeみたいに誰でもアップできたわけじゃないし、アプリメーカーみたいに、誰でも作れたわけじゃなかった。そこが業界のゲートウェイになっており、やはりレーベルに所属するか、委託してリリースしてもらうという選択肢しかなく、結局、売れるか売れないかわからない音楽に手間をかけるということがなかった。その状況を変えて、どんなアーティストでも配信できるようにしたかったんですよね。

ーーその理念は、TuneCore Japanを運営していく中で生まれたものですか?

野田:いえ、最初からそういうコンセプトでした。「誰かに気に入られないと楽曲を配信できない」ということがまず変で、自由であるはずのネットっぽくないなと思っていて。AppleとAmazonが先陣を切っていた海外では比較的、受け入れられやすかったのですが、日本ではじめから大開放をコンセプトにそこを切り開くのは大変で、その後1年半くらいはかかったと思います。

 また、TuneCore Japanでデジタル配信を民主化できたことでもうひとつ良かったのは、リリースまでの速度が上がったことです。それまでは、登録、審査というフローで3週間ぐらいかかっていたものが、最短で翌日にはリリースできるようになった。世界共通の規格としてDDEX(Digital Data Exchange)というものがあるのですが、おそらく日本国内でそれを普及させたのが僕らです。

ーー2015年にはApple Music、2016年にはSpotifyが日本でも正式にスタートし、ストリーミングが徐々に普及していきますが、「ゲートウェイを突破する」という考えは当初から一貫していたのですね。

野田:そうですね。もっとストリーミングは増えていくと思っていたので、配信ストアを増やしていくということは、当時からのミッションでした。

ーーただ、実際にストリーミングサービスが始まっても、人気アーティストの音源が解禁されなかったり、なかなかユーザーへの認知、利用は増えていきませんでした。

野田:実はApple Musicなどの前に、KKBOXが最初にあって、その後に、DNAがGroovyというサービスをやったり、GMOがTapnowというサービスをはじめていて、ITベンチャーのデジタル側の人たちが、先にストリーミングブームを作っていたんです。僕はそれを見て、やはりデジタルの流れが来たなと思ったのですが、それでも今の状況になるまでには時間がかかりました。2016年の年間チャートに入っている楽曲で、ストリーミングに出しているのが2割くらい。2019年終わりから2020年にかけてようやく、チャートインしたものがストリーミングにも反映されるようになりました。

ーーまさにこの1年くらいで、配信からヒットを飛ばすアーティストが増えていきましたが、その激変というのは、野田さんからすると来るべきものが来たという感じだったと。

野田:そうですね。まったく驚きはなくて、むしろ3年分くらい遅れていると思っています。僕らはこれまで7~8年間かけてコンテンツを増やしてきて、ストリーミングサービスを利用して音楽を聴く側も増えてきた。そのなかでようやく、インパクトを与えられるだけの規模感が生まれてきたということです。さらに、TikTokのようなバズメディアが揃ったことによって、音楽においてもデジタルマーケットのバランスが整ったと考えています。TikTokなどの動画配信プラットフォーム、SNSによって若年層が手軽に音楽を知ることができるようになり、「音楽を使う」という点で自分事になっていった。例えばt-AceやBAD HOPたちが広まったのが、環境が整ったことの証明だと思っていて。こうした例は、これからさらに増えるだろうなと。デジタルでもそれなりの収益になったり、音楽で食べていけるひとつの手法になるんだと、意識がだいぶ変わってきているのではないかと思いますね。

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