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文化に従事する人が少なくなる中で、茶の湯は広告/メディアであると発言することがとても貴重であると感じました。広告との共通点を見出し、興味を喚起することで、茶の裾野が広がってくれることを祈っています。

最近ではトラクションが発生するもの全てがメディアと言われている印象で、スーパーもコンビニもメディアと例えられます。その文脈で解釈すれば「お茶しよう〜」で人が集まり、様々な事象のコミュニケーションが為されている時点で、茶(特に茶会)は広義のメディアとも呼べるかと思います。
広告代理店はもちろんテレビもない時代、同朋衆とい、何かの専門家である人たちをつなげていったのが、茶人だと思います。そう思えば、利休のみならず、茶人は総合プロデューサーのような役割を果たしていたんでしょうね。

今の時代にあった形で、人と人をつないでいく、社会に良い変化をもたらしていける、そんな役割を果たしていけたらなと、毎朝、一服の抹茶を通して目標を忘れぬようにしています。
茶の湯における「型」の存在は大きな意味を持ちます。
それは時にアイコンとなって人を集める「目印」になり(献茶や大寄せの茶会)、「型」があることで逆に創意がかきたてられ、季節やさまざまなオケージョンに応じた取り合わせ(道具を含めた空間のセッティング)が可能になり、「型」を学ぶことを通じて建築や書画、陶磁器、金工、着物、能楽、日本料理などさまざまな「日本文化を構成する要素」をたどり、その教養を身につけることができます。それは、他者とのコミュニケーションの契機にもなると考えています。茶の湯は、広い意味でのメディアであり、コミュニケーションのツールを提供するという意味で、広告に近いと言えるのかもしれません。
「茶会を頻繁に催し、家臣や交渉相手を招いて人心掌握や交渉にも活用」。特別感のある接待で相手の心を掴み仕事に活かす、というのはいつの時代も変わらないのですねえ。